お盆が明けた。


お盆も働き通しだった私は、3日間の休みをもらっていた。そのため、この間に宿題をやっつけてしまわなければならないと稲葉と長谷に混じって宿題を片付けていた。長谷は超進学校に通っているだけあって頭もよく、わからないところは学校の先生よりもわかりやすいんじゃないかと思える説明で教えてくれたので、いつもよりも宿題が捗った。


そんなときにやって来たクリに、長谷がプレゼントしたのが子供用のビニールプールだった。


「家でみつけたんだ。俺がガキの時に使ってたやつ」


子供用のプールのはずなのに、その大きさたるや。長谷が金持ちだったと再確認した瞬間だった。


「水遊びしよーか、クリー」


徐々に空気が入ってもこもこと膨らんでくるビニールが面白いらしく、クリはその上で転げまわった。その騒ぎに詩人やまり子さん、秋音さんもやってきた。最初はクリが入ってぱしゃぱしゃするだけだった。


しかし、それに大喜びしたのは意外にも秋音さんとまり子さんで、ホースの先をシャワーにかけてお互いに掛け合いっこ。その水で私たちも濡れていたし、だんだん私も楽しくなって来てそれに参戦した。


「よし!稲葉も来い!」


渋る稲葉を、柔道の見よう見まねの要領で足払いをかけると、うまく尻餅をついた。その先がプールの中だったため、稲葉はびしょ濡れだ。


「こんの!田中!」

「あはははっ!びしょ濡れー!よし!クリ!水をかけてやれ!」


私の号令に、稲葉が尻餅をついたことにきょとんとしていたクリが小さな手で水をすくっては稲葉に水をかけだした。もちろん、私はそれを援護する。


「うわっ、お前ら!」


稲葉も負けじと参戦してきているところに、真打、明さん登場。


一緒に帰ってきたシガーは水たまりを見て興奮したらしく、そのでかい身体で飛び込んで来た。おかげで、プールの中に大波が起こり、プールがひっくり帰った。


小さなクリの体は水に乗って外へ投げ出され、それを追いかけようとした長谷は滑って転倒。


シガーは御構い無しに水の中を跳ね回るため私たちにも泥が飛び、大変なことになっていた。なんとか事が収まった頃にはみんなドロドロで即座に風呂行きとなった。





夕飯時、昼間のその大騒ぎの話を聞いて、骨董屋や佐藤さんも大笑いした。秋音さんやまり子さんは水着を買って再戦するつもりらしい。


「でも、楽しかったー。私、あんな風に遊んだ事なかったから、すっごい楽しかった」

「そうだな」

「ああいうプールに入ったのも初めて。意外と、頑丈なんだねー」

「次は田中も水着着てやれよ」

「そうだねー。この前海に言ったときの水着もあるし、それ着ればよかったかもね」


そんな会話をしながら終わった夕食。


食後、骨董屋の召し使が一人やってきた。召し使は木箱の中からレトロなデザインのランプのようなものを取り出し、テーブルの真ん中に置いた。


「これは何スか?」

「わかりやすく言うと、全方向型立体映写機・・・だな」

「立体映写機!?」

「全方向型・・・?」


みんなキョトンとしていた。言葉の意味としてはわかるのだが、よくわからなかった。


「何が始まるの〜?」

「秋音ちゃん、ちょっと居間の周りに結界を張ってくれんかね?」

「なんで?何かやばいことするつもりなの?」

「違う違う。やばいことじゃない。ただ念のために、ね」


念のためが必要なことは、やばいことに入らないのだろうかと頭の隅で思ったが、何が起こるのか楽しみなところがあったので、口に出すことはなかった。秋音ちゃんは疑いつつも、結界を張ったらしい。


「では、お集まりの皆様」


骨董屋は慇懃な態度で深々と一礼した。


「もったいぶんなー!」

「早くしろ!」


周りからヤジが飛ぶ。


「今夜おめにかけるのは、それはそれは素晴らしいもの。腰など抜かさないように」


骨董屋は小さな板のようなものを取り出した。それをランプのようなものに差し込んだ。そして骨董屋が指を鳴らすと、へやの 電気が消された。一瞬暗くなった居間。しかし、次の瞬間またぱあっと明るくなった。


しかも、ただ明るくなっただけじゃない。私たちは、全員空にいた。それはまるで空中に浮いているようだった。


上を見ても下を見ても、右も左もみんな空だった。雲まで漂っている。それなのに、お尻は何かについているという感覚があるのだからすごく不思議だった。


私たちはまるで飛んでいるようだった。眼下に広がる景色が刻々と過ぎていく。


視覚の効果だろう。内臓がひゅっと縮まるような気がする。


この事態にはさしものアパートのメンバーも面食らっているようだ。少しだけ。


「こりゃあ!まるで透明な飛行機にのっているみたいだな!」


私たちは広大な緑の森の上を飛んでいた。森の中には点々と、吸い込まれそうに真っ青な湖や、燃えるように真っ赤な湖が点在していた。森のはるか向こうには純白の大地があり、黄金の建物も見えた。


それは息をのむほどの美しさだった。


まるで本物をみているみたいだった。部屋の様子などどこにもない。プロジェクションマッピングなど、足元にも及ばない。まるで本当にその場にいるような臨場感があった。


「これ、この世じゃないなあ」


古本屋が苦笑した。


その時だった。大きな影が横切ったのは。それは巨大な翼竜だった。いや、この現代に恐竜がいるわけがないとか考えていられるわけもなく、本当にそれは恐竜だった。思わず近くにいた明さんの腕にすがりついてしまったほど驚いた。


森を抜けるときらめく純白の砂漠のような大地が広がり、そこに立っている黄金の建物はくねくねとしたデザインだった。私たちはその周りをゆっくりと飛んだ。


すると、金色の建物が純白の大地に沈み始めた。


白い砂煙を轟々と上げながら、建物は傾くように大地に沈んだ。そして完全に沈んでしまう前に、ちらりと尾びれのようなものが見えた。


「ええっ!ひょっとしてアレ、生き物!?」


骨董屋は私たちの反応が面白いようで、喉の奥で笑いながら説明してくれた。


「砂の海に棲む魚だよ」

「あそこ海なの!?」

「魚ってそばを飛んでた恐竜が蚊みたいだったぞ。どんだけでけえんだよ!?」

「すげー!!」


度肝の抜かれた。何がすごいって、これが、どこかの世界に現実にあるということだ。


その時、映像の向こうからぬるっと人影が現れた。コートのような長い黒服を着た、背の高い男だった。男は、メガネの向こうから秋音さんを見て言った。


「奇門遁甲か。やるね、お嬢ちゃん」

「結界が破られた!こんな簡単に!?」


何事かとあっけにとられている間に、骨董屋の召し使いが侵入者めがけて飛び出した。そのとたん、爆音と煙が立ちこめた。


「ではまた会おう!諸君!!」


息も吸えないような煙の中、骨董屋の声が遠のき、それを何かが追って行ったのがわかった。入れ替わりに、アパートの奥から一陣の風が居間を駆け抜け、煙を庭へと追い出した。


ようやく煙が晴れると、そこには骨董屋も立体映写機もなくなっていた。


「コングレッソ・ヴィエタート。ヴァチカンの”奇跡狩り”の連中さ」


古本屋の声でようやく我にかえった。私はずっと明さんの腕にしがみついていたらしい。


「わっ、ごめんなさい。明さん」

「こう言う時はありがとうって言うもんだぜ」

「あ、うん・・・。ありがとう」

「おう」


明さんに豪快に頭を撫でられた。


古本屋曰く、あの侵入者はヴァチカンの特務員といって、退魔や降霊など、霊や妖怪に直接関わる霊能力者がいるらしい。奇跡狩りと呼ばれ、奇跡を起こすと称して大衆を惑わしそうな別次元のブツを回収して回っているのだとか。そのブツの一つが骨董屋が持っていたあの立体映写機らしい。


別次元とか、奇跡狩りとか、ファンタジックすぎてすぐに飲み込むことなんてできなかったけれど、ただ一言、すごいしか言えない。


「本人もわかってたようだがね。あー、俺もヤバイの持ってたんだ。商売が済んでてよかったー」

「骨董屋さん、だから結界を張れって言ったんだわ。全然効かなかったけど」


すっかり元のアパートに戻った周りの景色に、どっと力が抜ける。興奮でまだ胸がドキドキと高鳴っていた。


「俺もいっぺん、奴らにしょっぴかれたことがあってさあ。ヴァチカンの地下ってすごいよ!」

「あんたも懲りん人だね」


大人たちはすっかり元の空気に戻っていて、いつもの酒盛りになっている。


私はさっきまで見ていた光景をもう一度思い出していた。


とても綺麗な景色だった。見たことがない景色だった。感動で、胸が震えた。


「あんな景色、見て見たい・・・」


ドキドキする胸を押さえながら、先ほど見た景色に思いを馳せた。


この世界のどこかにあんな景色があるのだとしたら、実際に目で見て見たい。そう強く思った夏の終わりだった。


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