人生幸福論 | ナノ


15:嵐のクイディッチ  




「俺も連れて行ってくれ!!」


創設者の部屋に入った瞬間響いた声に急いで中に入り扉を閉めた。狭い室内で男が金髪の少年に詰め寄っている姿が目に飛び込んでくる。


「おいおい。シリウスはいつから少年趣味になったんだ?せめて少女にしておけよ。いや、それも問題だけど」

「気色悪い事言うな。祐希」

「美形同士だから、絵にはなるぜ?」


その筋のことが大好きな女子にはきっと鼻血ものだろうな。


「何を言っているんだ?」


シリウスが怪訝な顔を俺に向ける。少しだけ興奮も収まったようではあるが、未だにサラとの距離はとても近い。


「俺はただ、ハリーの試合を見たいと言っただけだ」

「この嵐の中、外に出たいなんて、酔狂な奴だな」

「祐希。ハリーのクイディッチだぞ!観に行かなくてどうする!しかも、ジェームズと同じシーカーだ!」

「わかってるって。三年間見てきたんだから」

「だから私も連れて行ってくれ!」

「さっきからずっとこの調子だ」


サラが疲れた声で言った。


ここに来てからずっと説得されていたのだろう。確かにこれを相手にするのは少々面倒だ。


シリウスはハリー溺愛者だからな。親友の忘れ形見だ。自分の息子同然に思っていることもわかっているが、しかし、シリウスをクイディッチ競技場へ連れて行くって言うのは、結構無謀だ。


あそこには全校生徒の目もあれば、教師陣の目もある。その目の大半がクイディッチに向けられるとはいえ、見つからないとは限らないのだ。


「…つってもなあ」

「頼む!」

「シリウス、忍びの地図は?」

「う…それは、もう少し…」

「もし見つかったらどうするつもりだ?俺たちまで危険にさらすのか」

「それは…、だが、この嵐ならみんな防水マントを羽織るし、顔なんて見えないはずだ。それに、俺はアニメーガスにもなれる!」

「アニメーガスを強制的に人間に戻す魔法もある」

「気づかれるはずがない」

「万が一がある」

「問題ない」

「シリウス」

「祐希、サラ、頼む」


哀願するように眉尻を下げるシリウスに、サラを見る。サラはため息をつき、肩を竦めて見せた。彼も、シリウスが何を言っても聞かないことを悟ったのだろう。


むしろ、このまま突っぱね続ければ、むりやりこの部屋から出てさらなる危険を冒しそうだ。今ここで、シリウスの目撃情報が出るのは非常にまずい。下手に刺激して、ネズミに逃げられるのは困るのだ。


「はあー…、仕方ないな」

「じゃあいいのか!?」

「条件がいくつかある。まず、アニメーガスになること。俺かサラのそばを離れない事。クイディッチは危険な競技であることは百も承知だと思うが、ハリーに何かあっても手出しをしないこと。これらを破った場合、俺たちはお前に一切協力をしないどころか、お前をディメンターに突き出すことにする。以上反論は?」

「ない!」

「なら、よし」

「今日の出来事、忘れてるわけじゃないよね?祐希?」


女性の声に驚き振り返ると、いつのまに入ってきていたのか、レイがいた。腰に手をあて、大げさにため息をつく彼女は厳しい視線を俺たちに向ける。


「今日は、嵐の日のクイディッチだよ!?覚えてる?」

「!!ああ、今日か!」

「そう!大丈夫だとは思うけど、用心しておいてほしいの」

「ああ、そのことで言うのを忘れていた。俺はディメンターには弱い」

「弱い?どういうこと?」

「ディメンターの影響を受けやすいんだ。実際にホグワーツ特急にディメンターが乗り込んできたときも、正直、一体だったからよかったと思う」

「だが、パトローナスは出せていただろう?」


サラの言葉にうなずく。


「そう。なんとかな。震えが止まらなかった。あの時のことを思い出しても…、ぞっとするな」


未だに手に震えが走る。情けないほどに冷や汗がにじみ出る。それほど、あれの存在は嫌な過去を思い起こさせる。


それを頭をふることで振り払う。


「だから、今回は役に立てないかもしれない」

「祐希…。無理しないで。なんだったら、応援だって無理にいかなくていいんだよ?」


よっぽど青白い顔をしていたのだろう。レイが心配げに覗き込んでくる。彼女の小さな手が俺の頬を包み込む。


「いや、グリフィンドールが戦うんだ。俺がみなくてどうする」

「まったく…。でも、貴方まで倒れるなんて困るんだからね?」

「大丈夫だろう。上空におびただしい数のディメンターが現れるだけだ。こちらに来るわけではない」

「そうれはそうだけど」

「何!?ディメンターが来るのか!?」

「シリウスは黙っていろ」


サラがシリウスを黙らせるためにチョップを彼の脇腹に繰り出したがために、シリウスは脇腹を抑えて力なく座り込んでしまった。ふるふる震えているシリウスを無視して、サラは、自分がいるから大丈夫だろう。と告げる。


「いざとなったら、俺やレイもいる。アリィは今回は来ないと言っていたがな」

「まあ、アリィだしね」

「レイ。頼むな」

「おい。お前ら、俺を無視していい雰囲気だすなよな」

「なんだ。もう復活したのか?シリウス」


ようやく痛みから回復したらしいシリウスが唇をとがらせて割入って来る。そんな彼ににやにやとした笑みを向ける。


「くそ、思いっきり突きやがって…」

「サラのチョップは痛いよな」


俺もよくされるからわかる。急所にピンポイントでえぐりこんでくるのだ。あれは痛い。


思わず遠い目をしていると、くすくすと笑うレイと、肩を竦めて呆れているサラが立ち上がった。


「ほら、そろそろ時間だ」

「本当ね。良い席を逃がしちゃう」

「いい席も何も、犬を連れている時点で前席には座れないだろ」

「クイディッチは空を駆け回るんだから、前が良い席とは限らないでしょ?」

「上も下も見られる分やはり前が一番いいんじゃないか?他の観客に遮られずに済む」

「うっ…」

「ハハッ、レイの負けだな」

「シリウス!連れて行かないよ!?」

「おっとそれは困る」


言うが早いか、シリウスはアニメーガスへと変化した。腰当たりまでになる大きな黒い犬が下をたらし、俺たちを見上げてくる。くりくりとした愛嬌ある瞳が俺たちを見上げてくる。


「…これが30過ぎたおっさんだと思うと複雑だな」

「まったくだ」

「シリウスかわいーっ!撫でまわしたい!」

「おいおい。外でシリウスって呼ぶなよ?」

「なら何て呼ぶ?」

「そうだな、セオリーならパッドフットか?」

「面白くないな」


犬がグウッとうなった。


「なら何がいいかな」

「ポチ」

「タマ」

「タマは猫の名前だぞ」

「もう桃太郎でいいんじゃないか?ジャパニーズで勇敢な男という意味だろう」

「おい、待て。それどこの知識だ。桃太郎は確かに勇敢だが、桃太郎という名前が勇敢な男を指すわけじゃないぞ」


誇らしげに体を反らしていたシリウスが明らさまに項垂れる。


「じゃあモモでいいんじゃない?可愛いし」

「モモはメスにつけるものだろう。ここはやはり太郎だ」

「お前ら一回桃太郎から離れろよ…」


シリウスが、同意するようにクゥンと鳴く。


ちなみにこの会話はクイディッチ競技場へ向かう道すがらで行われている。だいぶ遅くに出たおかげか、生徒と全くすれ違うことなく、不審がられることもなく外に出ることができた。


ちなみに、もし誰かにシリウスのことを聞かれたら、サラの動物好きのせいで拾ってきてしまったから捨てに行くところだと説明するつもりだった。


「面倒だな。もうなんでもいいんじゃないか?」

「そうだな。どうせ今だけだ」


俺の言葉にシリウスが俺を見上げてくる。


その目を見返して、俺は一つの言葉を思いついた。


「もうクロでいいんじゃないか?」

「クロか。日本語で黒色を差す意味だろう」

「見たまんまね」

「グリムよりましだろう?」


俺が冗談めかして言うと、シリウスが呻り声をあげた。さすがに、死神犬と同じ名前は嫌らしい。


「じゃあクロで」

「結局安易な名前になったな」

「思いつかなかったんだから仕方ないだろう」

「ならやはり太郎でいいだろうが」

「モモでもいいと思うんだけどなー」

「桃太郎は俺が嫌だ」

「なんでそんなにも嫌うの?モモタロウ!」

「だって、桃から生まれるんだぞ?ぱっかーんって!ありえないだろう!」

「あんなの、子供に聞かせるために話を変えられているんだろう。グリム童話と同じようにな」

「グリム童話って、結構グロイっていうか、えげつない話が多いよね。現代版はとても微笑ましくなっているけど」


外に出るとすごい風が襲ってくる。ともすれば吹き飛ばされそうなそれに、すぐさまレイが杖を振った。途端に雨も風も感じなくなる。


「まったく。こんな中で試合だなんて狂ってるわ」

「まったくだな」

「こんな中だからこそ楽しいんだぞ!スリルだ!」


俺にシリウスが同調するように吠える。


理解できない、とサラとレイに肩をすくめられる。


ようやく競技場にたどり着くころには、何人かの雨合羽が吹き飛ばされているのを目にした。


観客席の一番上。雨のおかげもあって、大きな黒い犬のことなど誰も気にしている暇はない。打ち付ける雨は、視界を遮り、まっすぐ立っていることさえ難しいだろう。


「こんな状態で飛べるのか?」


サラが空をにらみながら言う。


「飛べるんだろ。そもそも、クイディッチはスニッチが捕まるまで試合続行なんだろう?ロンが言うにはなかなかスニッチが捕まらなくて何日も続行された試合もあるらしいしな」

「下らない」


吐き捨てたサラに苦笑しつつ、選手が出てきた空を見上げる。両チームのチームカラーのユニフォームを着た選手が風に煽られながらも飛び交っている。試合開始が爆音で知らされる中、雷鳴が耳に届く。


「っていうか、レイは自分の寮なのに、こっち側に居てもいいのか?」


周りをみると、みんな赤いユニフォームを来て、自寮を応援しているグリフィンドール生だけだ。対する反対側には、カナリア・イエローのユニフォームを着たハッフルパフ生がいる。だいたい中間地点にいるとはいえ、いいのだろうかと首をかしげる。


まあ、俺たちはチームカラーはつけず、制服を着ているだけなんだけどな。


「いいでしょ。誰も他人なんて気にしてられないよ」


それは確かにそうだ。この豪雨の中でさえ、生徒はみな選手の勇士を見るために風雨に耐えて懸命に顔をあげ、飛び交う箒を追っている。もはや、ブラッジャーの姿も、ましてやスニッチの姿など見えるはずもない。


「これ、無謀だよな」

「スニッチ、飛ばされちゃいそうだよね」


俺の言葉にレイがうなずきながら言う。


確かに、あんなにも軽いスニッチなら風に煽られて、どこぞへと飛ばされてしまいそうだ。一応フィールド内からはあまり離れないようになっているのだろうが、スニッチが飛ばされてしまえばこの試合は迷宮入り、つまり、終わることができなくなってしまう。


試合状況も、実況すらも上手く聞き取れない中、懸命に空を見上げていると、突然それは起こった。


幸せがごっそり抜けていくような、まるで心臓を冷たい手でわしづかみにされているかのような、そんな緊迫感に身を固める。


頭の中を走馬灯のように駆け巡る、あの日の事。当たりを満たす淡い光。驚愕に見開かれたルビーの瞳。その唇が形作る俺の名前。


これは、俺の罪だ。


「エクスペクト・パトローナム!!」


耳元で聞こえた声。


同時に耳鳴りが止み、赤褐色の瞳が消える。


銀のヘビが宙を漂いながら、ディメンターへと向かっていく。


上空を覆い尽くさんばかりのディメンターがいた。奴らの視線の先には箒を手放しまっさかさまに堕ちようとする赤いユニフォーム。ハリーだ。


そう認識した時には杖を振っていた。俺の杖から飛び出た銀の獅子が空を駆けていく。続いて、隣からレイが違う呪文を叫んだ。ハリーの落下速度が遅くなる。


俺たちの守護霊がディメンターを蹴散らす間にハリーはゆっくりと地面へと降りていく。ふと、目をやると、セブルスの鋭い視線が向けられていた。


しかし、すぐに先生方がこぞってハリーのもとへ駆け寄る波に押され、俺たちから視線はそらされた。


「もういいだろう。戻ろう」


他の生徒もざわつきはじめている。これ以上長居しては、騒動の目がこちらに向けられかねない。今はそばにシリウスもいるのだ。


「お前も顔色が悪い」


サラの言葉に苦笑する。


さっきから指先の感覚がない。足元もどこか感覚がないような気がする。ひどく寒い。


「祐希…。お前は、何を背負っているんだ?」

「サラ…。いや、サラザール」


敢えて呼んだ前世の名。彼を示す名でもあり、彼ではない者でもある。


「お前は、俺を恨むか?」

「恨む必要がどこにある?」

「……サラザールは、サラザールだけは、知っているだろう?ゴドリックが何をしたのかを」


サラの目が見開かれる。澄んだ氷河を思わせる空色の瞳があの時のルビーと重なる。


「俺の、罪だ」

「ゴドリック、お前…」

「理を犯した。のうのうと幸福など味あわせるものかと言われているようだ」

「それはディメンターの生態によるものだ」

「違う。俺は犯してはならない罪を犯した。決して、曲げてはならない理を曲げた」

「祐希。いや、ゴドリック。聞け」

「俺は」

「はーいはい。難しい話は後でにして。押し問答も、こんな最悪の天気の中でしてたら、収拾がつかなくなっちゃうよ。サラも祐希も、今はディメンターの事があって気が立ってるだけだよ。ほら、チョコでも食べて」


無理やり口につっこまれたチョコレートのかけら。かけらというには大きすぎて噛み砕くのに少々手こずる。


「おいっ、レイ!」

「サラも言いたいことは山ほどあるだろうけど、それは部屋に戻ってからにしよう。だって、この嵐だよ?」


レイが言うと同時に俺たちを吹き飛ばさんとするほどの強風が吹き荒れる。軽く体が浮きそうになったレイを、俺とサラが腕をつかむことで押しとどめる。


「うっわ、今のやばいね!だから、帰ろう?」


レイの笑みに俺とサラは肩から力を抜く。確かに、ディメンターの影響で気が立っていたのだろう。余裕などなかった。


「ディメンターなんて、シリウスの件が片付いたら、ホグワーツからも出ていくだろうしね」

「それでなくても、今回の事でダンブルドア校長はカンカンだろう」


サラの言葉にシリウスがグウと呻り声をあげた。シリウスも怒っているらしい。


「祐希はこれからハリーのお見舞い?」

「そうだな。ロンとハーマイオニーも行くだろうから、保健室に言ってくる。クロも心配だろ?」


シリウスがワンと一つ吠える。


「このあとは、ハリーがパトローナスを早く覚えるように運びましょう。やっぱりなるべく早い方がいいわ。今は彼の行動が表ざたになっていないけれど、ネズミがいつ勘付くかわからないもの」

「そうだな。一応ロンには居場所を把握させてはいるが、クルックシャンクスがなあ…。勘が良くて困る」


ロンとハーマイオニーのペット論争は終わりを見せない。クルックシャンクスはアニメーガスであるネズミを見破っているのだろう。執拗に追い回しているみたいだし、それに対してひどく怯えているためロンが怒っているのだ。


ちょっと大人しくしていてくれたら、こっちとしても楽なのだが、あれではいつ逃げ出してもおかしくないだろう。


「とりあえず、忍びの地図は早めに完成させるに越したことは無いな」


シリウスが呻り声をだした。しかし尻尾はぺたりと垂れている。


そんなシリウスの頭を一撫でし、俺は医務室へと急いだ。


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