風に煽られ、灰色の雲が流れていく。それにつれ辺りに柔らかな光が降り注ぐ。頭上を見上げると、見事な満月が顔を出していた。
背後には月明かりに照らし出されたホグワーツ城がそびえ立つ。周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、再び校庭を歩き出す。目指す先には、普通の木のごとくたたずんでいる暴れ柳がある。そっと近づくと、近づくものの存在に気付いたのか暴れ柳がふるりと枝を震わせ、ゆっくりとしなっていく。その前に用意しておいた長い棒で根本のコブをつつくと暴れ柳はピタリと動きを止めた。
「なるほど、いい仕掛けだ」
コブのそばにあった洞に滑り込むようにして入る。中は暗い洞窟のようになっていたが、灯りをつけることなく進むと突然ひらけた場所に出た。暗がりでよくわからないが、屋内であることは判別できる。足を踏み出すたびにぎしりと木板がきしむ。
これ以上進めば気づかれてしまうだろう。
ふっと息をつき肩の力を抜く。
次の瞬間、そこに人影はなく、足元に丸い耳を持つ小さなライオンの子供がいた。
耳を後ろ足で器用に掻くと、仔ライオンは迷うことなく階段へと歩み寄り小さな体を駆使して階段を上っていく。時折、タイミングを誤り、上りきれずにずり落ちることもあった。
しかし、なんとか登り切り、仔ライオンは階上にあった一部屋にすべりこむ。
壁には何かに引き裂かれたような鋭い跡があった。壁際には破れ破れになった天蓋がつけられた、ベッドが置かれている。その上にはこんもりとした山があった。その山はよく見ると微かに上下している。
しかし、仔ライオンが一歩足を踏み出すと同時にその山はピクリと動きを止め、鋭くとがった耳をピンと立たせた。山がゆっくりと盛り上がっていく。上を向いた鼻づらがひくひくと動く。その鼻が敏感に他者の存在を感じ取ったのだろう。仔ライオンにそれの顔がむけられた。
鋭い目が月明かりに照らされきらりと光る。どの音も聞き逃さないとでも言うように、とがった耳が大きく震えた。半開きになった口から荒い息遣いが漏れる。
痩せ細った体には肋骨が浮かぶ。同じく細い手足で四つん這いで起き上がったかと思うとベッドからすたりと降り立った。全長3メートルはあろうかというほどの大きな狼だった。しかし、よく知る狼とは違い、その半身は人間と類似している。
仔ライオンなどあっという間に薙ぎ払ってしまえるだろう巨体がゆらりと近寄ってくる。
しかし、仔ライオンは怯えた様子もなくじっと鋭い目を見返す。
やがて、それは仔ライオンまで近づくと、鼻先を仔ライオンの小さな鼻先にこすりつけた。
それを受けて仔ライオンは小さな鳴き声をあげた。応えるようにオオカミもぐるぐると喉を鳴らす。
やがてオオカミは奥のベッドの上へ戻ると、尻尾でぱしりとベッドを叩く。それを見た仔ライオンはとたとたとベッドに近寄り、なんとかよじ登るとオオカミの隣に丸くなった。
やがて仔ライオンはこてりと横になったかと思うと小さなお腹を上下させ始めた。
二匹は寄り添うようにして眠る。
やがて月が動き、日が昇り始めると、そこにいる存在は少しずつ形を変え始めた。
「…祐希、祐希起きるんだ」
「ん…、りーます?」
「ほら、起きて」
揺さぶられ、目を覚ますと瞼に直接差し込む太陽の光に顔をゆがめる。叫びの屋敷にカーテンなどという素敵なものがあるわけもなく、直射日光が容赦なく俺を刺激する。
「祐希」
「まぶしい」
「まったく」
もぞもぞと動き、なんとか陽の光を遮れないかと試みるが、ちょうど東向きに窓があるらしく、部屋全体を満たす光を遮れるはずもなく、敢え無く起き上がることを余儀なくされた。
「おはよ、リーマス」
「おはよう、祐希」
リーマスの目の下には若干隈ができているようだったが、いつものような疲れ切った顔ではない。しかし、彼の浮かべる笑みは、目が笑っていないようで、思わず顔をひきつらせた。
「り、リーマス?」
「祐希、何か私に言うことがあるだろう?」
「いや、その…」
「祐希?」
「いや、…」
「はあ、君は分かっているのかい?君がどんなに危険なことをしたのか!しかも、アニメーガスにまでなって…」
「でも、謝る気はないからな。確かに危険だったかもしれないけど、それはそれだ」
「君ってやつは…」
「それに、これで満月の日にセブルスのところに厄介になる必要はなくなったわけだ。人狼は動物は襲わないからな。名案だろ?」
ふふんと鼻を鳴らして笑うと、リーマスは呆れたようにため息をついたが、最後には仕方ないなと笑ってくれた。
「まったく、やっぱり、ジェームズに似てるよ。君は」
「そうか?」
「それにしても、いつのまにアニメーガスを覚えたんだい?」
「ふふ、こんなの、俺にかかればちょちょいのちょいさ」
「祐希のアニメーガスはライオンなんだね」
「そのうち、ちゃんと大人のライオンになれるようになる」
「仔ライオンもかわいかったよ」
「体格差があるからなあ。自分で、子供か大人の姿かコントロールできるよいいよな」
俺たちはそろってホグワーツ城に戻り、俺はその日の授業の準備を、リーマスはまだ体調が落ち着かないため薬を飲んでもう一眠りしにいった。
ロンやハリーには昨夜帰っていないことに気付かれ、追及されたけれどのらりくらりと交わすと、俺が絶対に言わないことがわかったのかもういいよとため息をつき諦めてくれた。