M.D


 マレウスが大きな図体を机の前で窮屈そうに丸めて、何やら熱心に書き物をしている。時折羽ペンを持つ手が止まり、窓の外の雪景色に目をやったり顎に手を当て何か考え込んでは、ため息を吐きながら丸めた書き損じを暖炉の火の中に放り込んでいた。一体何回書き直すつもりだ。主人の珍しい様子をちらちらと横目で窺っていたシルバーも、眠気には勝てなかったのかソファで船を漕いでいる。
 育て方を間違えたわけではないが、わしにも責任の一端はあるのかもしれない。容姿も能力も、良くも悪くも"普通"からは程遠い故、マレウスは周囲の人間からは色眼鏡で見られることも少なくなかった。生きる時の流れが違うとはいえ、その種の隔たりに一抹の寂しさを抱えていることも知っている。彼を慕う者は居れど友人は少ない。マレウス・ドラコニアは実はひどく不器用な男なのだ。
「リリア。悪いがこれを届けてくれ」
「ホリデーカード?渡す相手なんかおったのか。招待状すら誰からも届かんのに」
「……別に良いだろう。僕が送っても」
 ぎゅっと眉根を寄せて、拗ねた顔をする。今年のホリデーも誰からもパーティに誘われなかったことを、まだ引きずっているらしい。そのいじらしさに笑いがこみ上げてくる。わしとマレウスの間に血縁はないが、子どもは幾つになっても子どもなのだ。怒られるから口には出さないが。
「くふふ。悪いな、もう気にしておらなんだかと」
「何度経験しても慣れるものではない」
 マレウスが手にしたカードに目を落とす。伏せられた睫毛の長さに、途端にディアソムニア寮の一室が優雅な一場面となる。まるで洗礼を受ける神の子のようだ。闇を統べる妖精属の王にふさわしい艶麗と放縦さを纏いながら、しかし信じられないほど無垢で高潔な部分も持ち合わせている。気が遠くなるほど長い時間の中で、矛盾した二つの性質を両立させてきたのだろう。
「セベクに頼めばいいものを。あやつなら犬っころのように喜んで走って行くじゃろうに」
「ふむ」
 わしの言葉にマレウスは「なるほどその手があったか」という顔をして、その後に諦めたように首を振った。
「セベクを送り込むのは迷惑だろう」
「それもそうじゃな」
 マレウスを敬愛するあまり空回り気味のセベクにお使いを頼んだりすれば、大喜びで「人間ー!! 若様からの一筆だぞ光栄に思え!!!」と駆け寄り大騒ぎするのが関の山だ。せっかくの静かなホリデーをセベクの大声で台無しにするのは、相手にも申し訳が立たない。
 『M.D』と流れる筆致でイニシャルが記された封筒を受け取り、ふと肝心の宛名が書かれていないのに気がついた。
「そうそう、送り先は誰なんじゃ?」
「……オンボロ寮の監督生だ」
 マレウスがふい、と目を逸らす。照れ隠しなのか、陶器のように白い肌に紅が差したようにも見えたのはわしの気のせいだろうか。
「ほお?いつの間に仲良くなったんだか。お主も中々やるではないか、マレウス」
「なに、そう奇妙な縁ではない。散歩中に出会ったのだ」
 オンボロ寮の監督生である苗字名前は我らとはまた違った意味で異質の存在だった。モンスターと一人一匹の特例入学。ナイトレイブンカレッジで唯一の、魔力を持たない無力な人間。わしは食堂で一度言葉を交わしただけだが、素直に驚き笑い様子はたしかに新鮮であった。この学園にはプライドが高く擦れた人間が多いためか、尚のこと監督生の振る舞いが貴重に思えるのだ。
「あいつは恐れを知らずで、実に可愛らしい」
「ほう」
 ふ、と口元を緩めたマレウスの口調には、隠しきれない愛情が滲んでいる。クツクツと肩を揺らして思い出し笑いするマレウスは、心底愉快そうだった。これはまた、随分と入れ込んでいるようだ。
「この僕に奇妙なあだ名をつける人間などはじめて出会ったぞ。あいつと共に居ると、僕はなぜだか時が経つのを忘れてしまう」
 エメラルドの虹彩の奥に覗く、尖った瞳孔。チラチラとさまざまな時代を映してきた人外の瞳が、優しい光を灯している。ただ一人を痛いほどに想い、喜怒哀楽に心を乱す。恋心とは、いつの時代も変わらないはずなのだ。わしはマレウスが人間に一丁前の執着を抱いていることに意外性を感じながら、同時に人間と違わぬ感情の発露に嬉しくもあった。
「わしを伝書鳩代わりとは偉くなったの。まあよい、寮長の望みとあらばサンタとやらの真似事もしようではないか」
「ありがとう、リリア。……喜んでくれるだろうか」
「監督生は身ひとつでこの世界に来たのだったな。ならば友の気遣いに悪い気はしないはずじゃ」
 人の命は瞬きの間だ。我らが共に歩むには短すぎる。だからこそ燃え尽きる前の星のように眩く、堪らなく愛おしいのだ。きっとマレウスはそのことを誰よりもわかっている。異種間の愛の道は困難で苦しく、いずれ来る別れの日は身を引き裂かれるように悲しい。しかしその上で誰かを愛すると言うならば、わしだって止めはしない。
 その感情の正体は、友への愛情か、弱き者への憐憫か、はたまた燃え上がるような恋情か。わしはまえてその答えを出さずに、ただ「今度こそはパーティに招かれるとよいの」と笑った。
prevnext
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -