……―幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
「……!!」
「……どうしてお前は昔話でそんなに涙するの…」
次の本を持ってくるかと思いきや、ちょうじは「これで終わり」と首を振った。
「え、もうそれ全部読み終わったの?」
「ピカ!」
「早いねぇあんまた夜通し読んでたんじゃないだろうね」
「…」
「潮江さんみたいな隈ができても知らないよー?」
ちょうじは本を読むのが大好きだ。
以前すごく広い図書館に休憩がてら立ち寄ったとき、゙絵本を読むピカチュウがいる゙と大勢の人が集まりパニックになったことがあった。
人見知りで臆病なちょうじがあの大勢の視線に耐えきれるわけがなく、泣きながら私に飛び付いてきたのは懐かしい話だ。
ちょうじは昔、凄く酷い心の持ち主のブリーダーに飼われていた。愛くるしくて人気のあるピチューの卵は裏で高値で取引されると、無理矢理ちょうじを捕まえてずっと籠の中で卵を産ませていたらしい。
偶然目があって戦うことになったポケモンブリーダーは、そんな残酷なことをしていると戦いながら話していた。
許せなかった。
お金のためにあのピカチュウを閉じ込めて、そればかりかそんなピカチュウを戦いに出すだなんて。
『あなたなんか…!あなたなんかブリーダー失格だ!私が勝ったら、お金なんていらない!その子を頂きます!』
結果は、もちろん圧勝。お前なんかとめさん一匹で十分だとめさんなめんな。
逃げかけたブリーダーをとめさんのサイコキネシスで止める。っていうか止めた。とめさんも怒ってた。多分私以上にキレてた。
ポケモンセンターでジョーイさんに「お腹に膿がたまってしまっている」と言われたときは絶望した。こんなことになるまでどうしてあの人はこの子に無茶をさせ続けたのだろう。
すぐに手術をしてもらい、なんとか完治はしたが、もう二度と卵を生むことはできないらしい。
その事を伝えたら「一生分生んだからもういいんだ」と言った。「ごめんね」としか言えない私は、どれほど無力だったのだろうか。
いままで籠の中という狭い世界にいたからか、ちょうじは本を読むのが大好きだった。そんな私の心からの願いは、どうか腐女子にはならないでくれということだけである。
「じゃぁ図書室行こうかな。待っててね」
「ピ、ピカ…!」
「え、ちょうじも行くの…?」
なんと珍しい。ちょうじが、自分から図書室に行くと言い出したのだ。
人見知りのせいか極力ここの人とは避けていたように感じたのだが。ついに自分から世界を広げようとしてるのか…!!翔子感動……!!
「じゃぁ一緒に行こうか。おいで」
二冊の本を持って、腕をつたって肩に乗る。とめさん留守番よろしくと声をかけると、おうよまかせとけと鳴いた。とめさんここに来てから逞しくなったな。
「失礼します、翔子です」
「翔子さん?どうぞー」
あ、この声不破さんだ。
「こんにちは!」
「こんにちは。返却ですか?」
「えぇ、全部読み終わったみたいなので」
「みたいって……あれ、初めて見る子ですね!」
「!」
不破さんはパッと顔を明るくして、肩に乗るちょうじに視線をやった。ちょうじの手には二冊の本。この子が読んでたんですか、すごいですねと笑顔を絶やすことなく言った。不和さんやばいよ超癒される。
「ちょうじご挨拶は?」
「……」
「………すいません人見知りなもんで…」
「いえ、始めましてですもんね。ちょうじくんというのですか。中在家先輩と同じですね」
以前ちょうじが本を読みたいと言っていたので食満さんに相談すると、中在家長次さんというかたが図書室の委員長をやっているというお話を聞いて、やはりちょうじもいるのか、と感動した。しかも図書委員だと。
そこでさっそく食満さんに紹介していただき、私は中在家さんにことの事情を話すと、快く図書の貸し出しカードを作ってくれたのだ。
それと同時に、ちょうじの過去も軽くだが聞いたという話をされ、詳しく聞かせてほしいとも言われたのだ。
すべてを話終えると、可哀想に、と中在家さんは目を伏せた。
今度ちょうじに直接お礼をさせにいかせると言うと、楽しみにしていると言ってくださったのだが、やはりちょうじは中々お礼にいくことができなかった。
「中在家さん!」
「…翔子……」
「返却です、それから」
連れてきましたよ。
中在家さんは今日貸し出し当番らしい。図書室の窓際の机の前に座っていた。向かい合うように座ると、肩に乗るちょうじはいつの間にか背に隠れていた。
「ちょうじ、」
「…」
大丈夫だから。そう言い頭を撫でると、本当?と顔をあげる。可愛い。つらい。
チラリと顔を私の背から出し、中在家さんの方を見た。
中在家さんは初めて見るちょうじに目を見開く。可愛いでしょ中在家さん!!!この子可愛いでしょ!!!!!
「……可愛い…な…」
そうでしょう!!!!!
「ちょうじ、本返さなきゃ。ありがとうございますして?」
「……」
「……頑張れ」
「…………………ピカ!」
意気込んで背からでて、本を中在家さんに突き出す。お前それラブレター出すみたいやぞ。
「ピカチュ!」
「ありがとうございました、と言ってます」
「……どういたしまして…」
ゆっくり、優しく頭を撫でてくれる中在家さん。
その手を驚きながらも受け入れ、ちょうじはほわりと微笑んだ。
ちょうじは難しい漢字は読めないんだという話をすると、中在家さんがちょうじを膝にのせて本を読み聞かせてくれる姿を、度々目撃するようになった。
まじ癒される。
「いいなー中在家先輩にはなついて…」
「不破さんも今度遊んであげてください」
「本当?いいんですか?」
「もちろん!それから、ちょうじは、…女の子です…」
「……ごめんね」
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……―限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけりいとかく思ひたまへましかば」と、息も絶えつつ…」
「(げ、源氏物語を読んでもらっている…だと…!?!?)」
「ちょうじちゃーん!次は僕が本読んであげるよー!」
「ピカ!」
家族かよ。