「先程は急いでいたとは言え髪を引っ張られたぐらいで機嫌を乱しお客様に大変失礼な物言いをしてしまい申し訳ありませんでした人間如きがお客様のような立派な神様に歯向かうなど片腹痛しでございます誠にお恥ずかしい限りでございます私は改心してこの大川油屋のために身を粉にするかのごとく一生懸命働きますなんならもう二度とお客様には近づきませんどうかどうか私を殺さないでやってください」

「いやちょっと落ち着いて」













料理場から宴会場へと料理を運ぶため何度も往復していると、突然蛞蝓のひとりが私に声をかけてきた。








夏子!この料理を最上階のお部屋へ持ってお行き!

え、なんで私が?

お客様があんたをお呼びなんだよ!早くしな!








誰だろう。オオトリ様かな。
持っていたお膳を目の前の蛞蝓のお膳と取り替えられ、私は言われたとおりに最上階の言われたお部屋へ向かった。

……なんで私の後ろを凄いいっぱいの蛞蝓が付いてくるんだろう。凄い嫌な予感がする。これ見に覚えがあるぞ。
こんなについてくるってことは、大層ヤバい神様の下へ行くのだろうか。

うわああああああ嫌だ嫌だ。誰だ。また稲荷大明神様方でも来たのかな。



…それにしても蛞蝓がおめかししすぎではないかと思う。今日お前ら化粧濃くない?

言われた部屋の前に到着し、膝をついて障子に向かって声をかける。





「失礼致します、お料理をお持ちいたしました」





「はーい、入っていいよー」





あ、この声ダメだ。私入っちゃいけない。

この声さっきの私が失礼な態度とっちゃった金髪の人だ。


よし、帰ろう。



料理を放置してスッと立ち上がり階段へと向かう。
何を思って料理を放置してこの場を離れようとしてんだだお前はという勢いで他の蛞蝓たちに袴をつかまれた。

危ないよ転ぶところだったじゃないか!!


「無理無理無理!この部屋のお客様は無理!」
「何バカなこと言ってるんだい!」
「あんたを呼んで来いって言われているんだよ!?」
「だって私この声の主の人知ってる!さっき超失礼な態度とっちゃった神様だって!!」
「だけどあんたを呼んでこいって!」
「こここここ殺される!!!!!絶対さっきのこと根に持ってるって殺されるここここここ殺されるぅうううううう!!!!!」




「おやまぁ、蛞蝓が僕のお部屋の前で何をしているんですか?」




部屋の中からではない。廊下から、声が聞こえた。押さえつけられているまま首を声のする方向へと向けると、
其処に立っていたのはさっきの厄介な神様、綾部様。


「…おやまぁ、夏子ちゃんが取り押さえられている。まるで犯罪者のように」

「最後の一言いりませんでしたね!?」
「なんで押さえ込まれているのか知らないけど、お料理運んでくれたんでしょ?だったらとっととお部屋お入りよ」
「いや、私は、グェ!ちょ、ちょっと!」


苦しい苦しい!

頭から湯気をだしながら私の首襟を引っつかみスパン!と障子をあける。

ズルズルと身体を引きずられるように部屋の中に入れられ、真ん中まできたところでボテッと襟を放され落下した。
背中打った。


「あー!また喜八郎くんは頭乾かさないできてー!」
「タカ丸さんにやってもらおうと思ったんでーす」
「僕がいなかったらこのまま寝るつもりだったでしょー!」
「だぁーいせいかーい」


ガシガシとタオルで綾部様の頭を乾かしている其の姿、あああああやっぱりさっきの金髪の神様だぁあああ!!!

頭も打った。いたたと頭を押さえている間に、蛞蝓たちは料理を運び終え一礼して部屋の障子を閉めた。あのやろうども裏切りやがったな!一緒に連れて帰れよ!


「あー!さっきの子!」
「うわあああああああああああああ!!!」







そして、冒頭に戻る。



















「いや、僕別に怒っていないよ?」
「…へ」

「綺麗な髪の毛だったからさぁ、少しだけいじらせてもらいたいなーと思ってぇ」

へにょりと笑顔を見せて、神様は土下座している私の前にひざをついた。


「お名前は?」
「…え、えっと、白浜夏子でございます」

「…うん、やっぱりね」
「やっぱり?」

「あ、ううん。可愛い名前だねぇ。あ、僕は藤原采女亮政之。今は改名して、斉藤タカ丸って言うんだぁ」

「改名?」
「僕は元々人間だったからさ」

「なるほど。ふじわらのう、うねめのすけ、まさ、まさゆき、様」
「うーん、タカ丸でいいよ。そっちは長いし覚え辛いしね。」
「…で、では、斉藤様と…」

タカ丸でいいのにいと困ったような笑顔を浮かべた。
名前で呼べるわけないだろ!とツッコめたらどれほど楽か!


「あぁ、それで、向こうでむしゃむしゃ料理を食べているのが」

「僕は土之御祖神。名は綾部喜八郎でーす」


はい、さっき聞きました。大丈夫です。


斉藤様はいつの間にか私を持ち上げて、自分の座っていた場所まで持っていった。やっぱり豪腕の神様だわ。
よいしょを私を座布団の上に下ろし、後ろに回って、私の髪を結んでいた髪ゴムをするりととり、斉藤様はマイ櫛らしき物ででスッスッと手際よく私の髪をとかしていく。

うわぁ、凄い手際いい。美容師のお兄さんみたい。


「斉藤様は、美容師の神様ですか?」
「いや、近いけど違うねぇ。僕は髪の神様」
「髪の、神様?」
「ふふ、ダジャレみたいでしょう?でも昔の人はそれに何か通ずるものがあると考えたんだろうね」
「なるほど」

神様の知識が増えていく。
っていうか鉢屋様と不破様に続くなかなかレベルの高い神様の部屋に入らされるとは…。

斉藤様も綾部様も、この階のこの部屋に通されてあれだけの人数の蛞蝓が料理運んだり大湯に通したり、神様についての知識は全く無いけど、これはただ事ではないということぐらいわかる。
でも綾部様とはどのようなご関係なのだろう。髪と土って。


「僕と喜八郎くんはただのずーっと昔からのお友達だよ」
「読心術!」


神様相手にプライバシーなんてあってないようなもんですか。なるほど。

っていうか鉢屋様と不破様と同じような扱いだわこれ。二人なのに一番広い部屋だし、大きな神様でもないのに大湯だし。最高級の薬湯の札普通に渡されたし。
ヒィイえらいこっちゃ。本当になんで私がこんなにとこいんだろ。帰りたい。


「今日はこれからお仕事?」
「あ、はい、まだ少し残ってます」
「じゃぁ動きやすい形に結ってあげるね!」
「ありがとうございます!」

「ううん、さっきは引っ張っちゃってごめんね」
「あ、いえこちらこそ失礼な態度を…」
「うん、じゃぁこれでお相子!」
「…ありがとうございます」


はい完成!と鏡を差し出された。覗き込むと、さっきはただの一つ結びだったのに、今は高い位置でキュッとお団子にされていた。


「か、可愛い!」
「気に入ってくれた?」
「はい!凄いですね!凄く動きやすいです!」

首を左右に振って鏡で確認する。
凄い!全然後れ毛ない!全然崩れない!斉藤様天才!

「わー!やっぱりお団子似合うねー!」
「ぐええぇぇえ苦しいです苦しいです」

後ろからギュッと抱きしめられ一瞬呼吸が出来なくなる。もういいじゃん豪腕の神様で。


「じゃぁ僕がお化粧してあげまーす」
「えぇ!?」
「大丈夫大丈夫。立花様直々に教わった技だから」

立花様って誰。

グリンと首を回転させられ、今度は目の前に綾部様。パンと手を叩くと何処からともなくドサドサと色んなブランドの化粧品が落ちてきた。えっ、えっ、綾部様錬金術師なの。


「夏子ちゃんはピンクのシャドウが似合うね。グロスも薄く引こうか。あとはこれとこれとこれとこれと」
「えっえっ、えっ!?」
「目をつぶって」
「はい」


後ろから「美味しいー!」と斉藤様の声。いや、ちょっと、私抱きしめながらご飯食べるのは如何なものかと。

「夏子ちゃん口あけてー」
「ぐぼぉ!?」
「美味しいねー!」


突然口に何かをぶちこまれ一瞬むせた。

なんだこれ!卵焼きか!本当だ美味しい!!


「はいできましたー」
「う、うわわあああああああああああああ!!!」


綾部様は土の神様じゃなくてメイクアップアーティストの神様でした。



「す、凄いですね!!別人みたい!!」
「気に入った?」
「はい!すごいキラキラしてますね!」


わぁおと恥ずかしげも無く自分の顔に見とれた。いやこれは凄い…。蛞蝓たちも綾部様に化粧教わった方がいいと思う。あいつら厚い。

ねぇと小さく声をかけられ顔をあげると、突然前から綾部様に抱きつかれた。

突然のことに困惑するが、綾部様はさっきまでの豪腕は何処へ行ったのやら、ぐらいの力で優しく私を抱きしめた。


「あ、綾部様?」

「お仕事終わったら、またこのお部屋戻ってきてね。もうちょっと、夏子ちゃんと、お話したい」
「…僕からもお願い。夏子ちゃん、絶対戻ってきて?」


そういえば後ろから斉藤様にも抱きつかれてたわ。
なんなのこのお部屋に泊まるお客様はそういうスキンシップが好きなお客様ばっかりなの。


「畏まりました。じゃぁ、仕事終わったら戻ってきます!」
「うん、必ずだよ」















え、夏子ちゃん、今なんて…?

夏子ちゃん。お引越し、しちゃうの…?

うん、わたしのパパてんきんぞくっていうの

…もう、夏子ちゃんとは、会えないの?

わかんない。でもね!きはちろおにいちゃんのこともたかまるおにいちゃんのことも、わすれないからあんしんして!


…本当に?

僕らのこと、覚えててくれる?


うん!ぜったいまたあいにくる!おっきくなったら、ぜったいまたここにもどってくる!

……ねぇ、夏子ちゃん…

なぁに?












「はい、酉の刻ぐらいになってしまうかもしれませんけど…」

「構わない。僕もタカ丸さんも起きて待ってる。絶対忘れないで」











僕らのこと、……忘れないでね

絶対に忘れないで…


うん!ぜーったいわすれない!




「はい、絶対に忘れません!お仕事終えたらダッシュで来ます!それじゃ、失礼します!」








たかまるおにいちゃんのことも、きはちろおにいちゃんのことも!
ターコちゃんのことも、テッコちゃんのことも、トシちゃんのことも、ふみこちゃんのことも、ぜーんぶわすれないっ!




































「ねぇタカ丸さん」

「なぁに?」

「僕らとの約束、忘れちゃったんですかね」

「…」

「僕のこと、テッコちゃんのこと、忘れないって言ってたのに」

「…どうだろうね」

「…悲しいって、こういうことなんですかね」

「…人間相手に……悲しいと思うなんて初めてだな…」

「おやまぁ、僕とおんなじですね」






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おまけ絵





















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