宴会場へ料理を運んでいる途中、ちょっと道が混んでいたので入り口近くを通る道を選んで急いだ。
今日はオオトリ様が団体でいらしている。すぐに料理を運ばねば間に合わないかもしれない。軽快に足を走らせ次の料理を運ぼうと、入り口近くを走っていると

「ねぇそこの人間さん」
「痛ァアア!!」

また髪の毛引っ張られた!!痛いよなんなのもうふざけんなよいらっしゃいませお客様!!


「なんなんですか本当に痛い痛い痛い!」
「僕泥だらけなんだ。背中流して」
「いや泥だらけなのは見ればわかりますけど髪を!髪を離して下さいませ!!痛いんですってまじで!!」

「おやまぁこの程度で痛がるとは、人間とは本当に弱い生き物だねぇ」


パッ、としっぽにしていた髪を離され引っ張られた頭皮をさする。まじで痛かった。なんなのこの神様。可愛い顔して超豪腕。豪腕の神様その2。


…なにを持っていらっしゃるのだろう。スコップ…?ん?鋤か?


「お風呂、案内して?」
「あ、えっと、私は宴会場の担当のものなので」
「案内して?」
「いやだから……はいこちらへどうぞ」

なんなの今日は本当に。髪の毛二回も引っ張られるし泥だらけのお客様に背中流せとか言われるし。

お客様の向こう側で弟役が「いいから御案内しろ!」と書いたカンペを出していた。
なんでカンペ出してんだよ見られたらどうするつもりなんだよ。


「…お湯はいかがなさいますか?」
「お任せしまーす」

番台から薬湯の赤い札を受け取り、【今空いている一番広い風呂へ行け】とまたもカンペ。


えっ、大湯?ってことは、またこの人ヤバイ神様なんですか!?
うわあああああああすげぇ嫌だ!!!!!




風呂場に到着し、泥だらけの鋤?を受け取り、脱がれた服を畳んで背中を流す。


「ねぇ人間さん」
「はい?」

「僕は土之御祖神の綾部喜八郎」

「土之御祖神様、ですね」
「…綾部喜八郎」
「…?はい。」
「あやべきはちろう」
「土之御祖神様?」
「あやべ、きはちろう」
「…綾部、様?」
「……きはちろう」
「いやいやいや、綾部様」
「……」
「綾部様?」
「…まぁいっか」



…なんだか面倒臭い!



「きみのお名前は?」


「わ、私は白浜夏子と申します」
わたしは、夏子。おにいちゃんは?




「…夏子、ちゃん?」
「?はい」














  ちゃーん

きはちろおにいちゃん!

おやまぁ、  ちゃん。また僕のターコちゃんに落ちたの?

うん…だいじなたーこさんこわしてごめんなさい…

いいよ。でも本当にドジだねぇ






でもね、ここからみえるおそらがね、まんまるで、とってもきれいなの






…!

きはちろおにいちゃん!たーこさんとってもきれいだね!



   ちゃんは、ターコちゃんの中、……好き?





「…夏子、ちゃん?」


「はい」
うん!おそらがまんまるなんてはじめて!


「…夏子ちゃーん」

「はーい?」
きはちろにいちゃん!きょうもいっしょにあそぼう!






泡の付いたタオルで、綾部さまの背中をゴシゴシとこすりお湯をかける。うわぁ、凄い傷だらけ。

土之御祖神様ってことは、土の神様、ってことでいいのかな。…土の神様なのにお風呂入るんだ。いや、まぁ、入るだろうけど。


「ごめんね、考え事してた。頭もお願いしまーす」
「畏まりました」

「ねぇ夏子ちゃん」
「はい」

「…夏子ちゃーん」
「…?はい」
「……」


なんだろう。何でそんなにも私の名前を連呼するのだろう。しかも最後返事くれなかった。
なんでだろうか。私何か悪いことしたのかな。


失礼しますと声をかけ、ザバリと頭からお湯をかける。タオルを頭に当てて、ぐるりと長く銀色の綺麗な髪の毛をしまいこむ。綾部様は満足したように風呂釜の中にお入りになられた。
綾部様は狐の尻尾とか狐の耳とかそういうのないんだなー。ちょっと残念。

その間に、風呂場に持ち込まれた鋤の泥を落とした。これをこのままもって歩かれてはまた掃除しなきゃいけない…。さすがに泥ぐらい落とそう。


「おやまぁ、テッコちゃんまでお背中流してくれるんですか」
「テッコ、さん?」
「その子。手鋤のテッコちゃん。僕の相棒」
「あ、あぁ、テッコ様、はい。泥がついていらっしゃったので」
「うん。穴を掘るときの相棒なの」



「そうでしょうね、お手入れもとってもしてあるみたいですし…。

とっても大事になさっているんですね」
おにいちゃんのそのシャベルとってもきれいね!



「!」

「…綾部様?」

綾部様が、ザバッと一瞬顔を上げた。


「あ、そうだ、綾部様、お召し物泥だらけですけど、此方で洗濯なさいますか?」
「……」
「…綾部、様?」


じっと、私の顔を見つめる。お返事は返ってこない。えぇっと、と小さく呟き身じろぐと、綾部様は釜にかけていた腕をだらりとたらし、腕に顔を埋めるようにつっぷした。

「あ、綾部様?」
「うん、洗濯して。代わりの着物持ってきて」
「畏まりました。失礼致します」


一礼して、風呂場を後にした。



こっち見るな蛞蝓ども!なんかよくわかんないけど相手結構やっかいな神様だぞ!!

















きはちろおにいちゃん!

たーこさんってなぁに?

きょうのとしちゃんすごくおっきいね!

きはちろおにいちゃん!


としちゃんのなか、はいってもいい?








「……おやまぁ、やっぱりあの時の子にそっくり…」







でもね、ここからみえるおそらがね、まんまるで、とってもきれいなの










「……人間にターコちゃん褒められたの、………初めてだったな…」








夏子ちゃんは、ターコちゃんの中、……好き?


うん!おそらがまんまるなんてはじめて!







僕はブクブクと、お風呂に沈んだ。

退 

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