朝起きると私はとんでもない状態で目を覚ました。不破様に抱きしめられていたのは寝る前までの記憶でギリギリ覚えているが、鉢屋様に後ろから抱きしめられていたことなどすっかり忘れていたし、何より驚いたのは私の上に乗っかっていたのが気を失うほどの超絶イケメンだったということである。冷や汗を流しながら頑張って記憶をたどれば、確かに鉢屋様が私を抱きしめた記憶はあったなと取り戻せた。そのまま簪を抜いて後頭部に口づけられたのも思い出した。だけど腹に乗ったのは、確かに狸姿となった尾浜様だったはず。なぜ、イケメンが、私のなき乳を枕に寝ているのかが問題だった。ピクリと動けば、誰かしらが目を覚ましてしまう。陽の傾きから言えばまだ朝食の準備すらもできていないだろうに。起こして、不機嫌にさせては失礼だ。私は必死の思いで呼吸を止め姿勢を正し、御三方の眠りを妨げないよう全力を尽くした。だがしかし、予想できてた範囲内の事が起きた。

「ヴェッ…!?」

するりするりといやらしく動く手は確実に私の腹から腰にかけてを弄っている。この手は誰の手だ。不破様ではない。不破様は今目の前で雄々しくいびきをかいて寝ているのだから。この手の角度から言えば鉢屋様か尾浜様だ…!くそ!エロ狐エロ狸!成敗してやる!…か、神様じゃなかったら…!しかし後頭部からも目下からも寝息は聞こえる!無意識なの!?寝ながらエロい手つきできるの!?なんなの!?

ヴェとか変な声出しちゃったしううんと動いたのは誰か。まずい。これ以上エスカレートしたらさらに変な声が出て、私の人生は確実に、詰む。一体一番いい対処法はなんなのか。ゲームにしか使わなかった脳をフル起動させ答えを検索してみたが、ベストアンサーが出てくることはなかった。今だ動く手に我慢できず、変な声を出すよりはましだと思わず涙目になりながらぐっと強く目を瞑ったのだが、その瞬間ピタリと手は止まり、代わりに聞こえて来たのは、小さく小さく届いた、笑い声。

「おはよ、夏子ちゃん」
「…ヴぁっ!?まさかの!?」

「僕じゃないと思ったんでしょ。残念だけど、今の手は僕だよ。ふふふ、それにしてもさっきのヴェッて声はなんなのさ」

聞えた笑い声は後ろから。だけどそこのは鉢屋様がいるはずなのに、いつの間にか不破様になっていて、今のいやらしい手つきは不破様なのだといった。真後ろからイケボが届いている事だけですら心臓に悪いのにあんな可愛いという印象しかなかった不破様がまさかこんなイヤラシイことをしてくるとは。もうだめだこの狐。出禁にしよ。私が眠りについたのを見計らいぐるりと居場所を変えるドッキリにくわえそれを見た尾浜様も人の姿に戻ったのだとか。もう嫌だ。この神様達嫌だ。

「…ぅうん、なんだ雷蔵…、もう起きたのか」
「惜しいねえ三郎、もう少し早く起きれば夏子ちゃんの可愛い顔見れたのに」
「うーん…、あれ、早いね、おはよう夏子」

「全員早急に私のから離れてくだjすぢgysdfんdsmkl!!」

抱きしめられ乗られの苦しい状態からようやく解放され、私は荒ぶる呼吸を整えながらも髪の毛を整え、頭を下げて部屋から出た。朝食は部屋で食べたいといった尾浜様のリクエストに答える為食堂へ。一人分の食事を持ち他の蛞蝓にも手伝ってもらい部屋に戻った。部屋に戻ると御三方は髪の毛を整えている最中だったのだが、食事が先だと折角整えていた束を落として隣の部屋で食事に手を付けられた。その間に私は布団を押入れに終いつつ

「もし失礼でなければ、食事をされながら髪を結わきましょうか?」
「まじで?そいつはありがたいな」

櫛と紐を手に尾浜様の後ろに回った。曲げられていた背を伸ばされ、髪を整え、次は鉢屋様へ。次いで不破様を結ぶ頃にはすでに食事は終わっていて、食器を蛞蝓たちが運んで行った。

一休みしたところで尾浜様が窓に手をつけ「そろそろ帰るかぁ!」と腕を高く伸ばすと、そうだねと声を揃え、不破様も鉢屋様も立ち上がられた。

「じゃぁ今回も長居はされないのですね」

「そもそも今回は勘ちゃんを夏子ちゃんに逢わせることが目的だったからねぇ」
「もう二度と来させないけどな」
「冷たいなぁ三郎は。また来るから、其の時はまた遊んでね。性的な意味で」

「本気でブラックリストに入れますよ」

冗談だよと、尾浜様はぐしゃぐしゃと私の頭を撫でまわしたが、タカ丸兄ちゃんから貰った簪には触れないように慎重に手を離した。何があるかわからないからといって、怖がりすぎではなかろうか。食満様のじゃないし、ましてや七松様からのものじゃないんだから雷が落ちてくるわけじゃなかろうに。また来てくださいねと言うと尾浜様は心底嬉しそうに口元を綻ばせた。今日もぼふんと消えるのかと思いきや、ふと窓から入る太陽の光が遮られた。何かと思いきや尾浜様は「悪いね」と外に向かって呟いた。

「尾浜様、鉢屋様、不破様、お迎えにあがりました!」
「土井先生から書類お預かりしているんで、戻り次第サインをお願いますね」

「あれ?お迎えしんべヱじゃないんだ?」
「食べすぎでお腹壊したようで。僕が代わりに」

「そっかそっか。おっけー。とりあえず家までのっけて」
「僕らもついでに乗っけておくれよ」
「今日は何もやることないしなぁ」

窓の外には牛車、ならぬ、虎車。白い虎が、車引いてやってきた。突然のことに唖然としてしまった私。腰を抜かし口をぽかんとあけていると、白い虎は美形に化けては轅に腰掛け汗をぬぐい、中から出てきた別のイケメンは屋形をあけて尾浜様を招き入れた。虎だった美形が私の姿に気が付くとにこりと微笑みそこから離れ、御三方が出て行ったのと入れ違いで部屋の中に入ってきては私の手を取った。

「初めまして。黒木庄左ヱ門と申します。鉢屋様方が御世話になりました。今度改めて泊まりに来るので、その時は何卒宜しくお願い致します」
「ぅえっ!?あ、い、いいえここっこkkkっこここちらこそ…!」

「僕は今福彦四郎と申します!僕も友達とくるので、その時はお土産持ってきますね!」
「あ、そ、そんな、きょ、恐縮です…!」

御三方とはまた違うイケメン…。黒木様は落ち着いたイケメンで、今福様は可愛らしいイケメンだ。イケメンばっか。ジャ忍ズとか比じゃねぇな。とかいったらクラスタに殺されるんだろうけど。ではと手をするりと離した黒木様と仰られる方は再び白い虎に戻って、軛を銜えて車を持ち上げた。すげぇ力だと思うのと同時に、なんで浮いてんだろうと初歩的な疑問を頭に浮かべた。まぁ、説明されたところで神様だからで終わるんだろうけど。物見を開け「バイバイ夏子」と手を振った御三方と、頭を下げた今福様にペコリを頭を下げると、車はどこか遠くへ走り去っていってしまった。貴族の様な帰り方だ。かっこいい。あぁいうの乗ってみたい。

「……あれ?今のって西の何とかさん…?」

あ、やばい今気付いた。「西の黒木によろしく」と、食満様から伝言預かってたんだった。やってしまったと頭をかかえつつも、そういえばまた来るとおっしゃられていたし、次でいいかな…。畳を箒かけし、雑巾を濡らして廊下を拭き、この階の隅々までをぴっかぴかにしてやった。滴る汗程気持ちのいいものはない。仕事してやったぞって感じ。御三方が帰られてからどれぐらい時間が経っただろうか。お昼ご飯もとっくに食べたし、夜まで外でご飯かおやつでもしようかと、まだ客もいない館内を従業員出口に向かっててこてこと歩いていると、わっと盛り上げる部屋を見つけた。なんぞやと顔をのぞかせると其処に集まっていたのは蛙と蛞蝓だらけで、

「こいこいは!?」
「しない!さぁいただきだ!」

どうやら中ではみんなで花札をやっていたようだ。あぁ!と頭に手と当てる蛞蝓の前から蛙が恐らく蛞蝓のであろう財布をがっつりと持っていっていた。なるほど賭博か。

「おう夏子!おめぇも一発どうだい!」
「やだよ、私そんなに強くないもん」

「いいからいいから来ねぇ!ここで断りゃ白けるってもんだぞ!」

さぁさと蛞蝓たちに手を引かれ、私はあれよあれよという間に輪の真ん中に連れ出されてしまった。

「いまねぇ、こいつ八連勝中なのよさ」
「えっ!?私が勝てるわけないじゃない!」
「其処座ったらもう逃げられねぇさ!さぁ金だしな!」

勝てる気なんて全くしないのに。私はしぶしぶ財布を出した。配られた札。出された財布。ご飯食べに行こうとしていたからそこそこのお金を持って来たのが間違いだった。

「ほれ雨四光とくらぁ!」
「ちょ、待って待って!いくらなんでも…!早いよ!もう一回!」
「まったく夏子はしかたねぇなぁ。おまけだぞ」

軽々と勝利を持っていったこのクソ蛙を私は許さない。次こそ勝ってやると、私は再び札を引いては叩きつけたのだが

「青短だ」
「なんなんだよド畜生!ハメやがったな!!」

私は再び、見事に負けた。まいどと憎たらしい顔をして、蛙は私の財布を奪っていった。なんでこんなに負けるのか。運がないのかなんなのか。はめられていたにしてもこれはたちが悪い…。まさか湯屋の中で賭博をやっていただ何て知らなかったよ。もう二度とこの部屋に近寄るもんか。さぁお次は誰だと、まだお客さんが来ない事をいいことに、蛙は再び挑戦者を募ったが、


「ならば僕が相手をしよう。飛び入りは可だろう?」


顔に、『目』と書かれた紙面をつけた人が一人、私の肩を掴んで現れた。

「んん?誰だ?見かけない顔だな」
「ただの通りすがりだ!やるか?やらないか?」
「面白ぇ!よぉし一発やってやろうかい!」


「うん!良いぞ!僕は此れを賭けとしよう!だからお前は有り金全部出せ!」


"目の人"は担いでいた麻袋をどさりとおいたのだが、緩んだ紐ゆえに覘けた中身は、光り輝く大判小判。蛙も蛞蝓もそれにごくりと唾を飲み込み、一同は「おぉ…」と揃えて声を漏らした。

「男らしく、一発勝負と行こうじゃないか!」
「おぉ乗った!」

目の人はさっきまで私が座っていた座布団にどすりと腰と落として「大丈夫だからな」と私に言った。面で顔は見えないが、声的に紙面の向こうは笑顔でいそうな気がする。だが蛙は私を含め九連勝中。いくらなんでも勝てるわけがないだろうと思っていたのに、その想像は一変した。



「五光!僕の勝ちだ!」



「んなっ…っ!?」

あっという間に、目の人は憎き蛙に勝利した。叩きつけた札は確かに松に鶴から小野道風にカエルと、最強の布陣で勝敗が決まった。歓声が上がる中、貰っていくぞと立ち上がった目の人は、蛙の横に並べられた財布を手に持つとそれを高く突き上げ

「これは誰の財布だ!全部返すぞ!」

そう言って、すべての財布をあちらこちらで手を上げる目の前で項垂れる蛙に負けた連中へ返却していった。最後の一つは私の財布で、目の人はとさりと、私の掌にそれを置いてくださった。

「あ、ありがとうございました…!ほ、本当に、なんとお礼を申せば…!」
「いいっていいって!これぐらいの事、軽いもんだ!可愛い女の子がお金を取られているところを見て、放っておけるような男なんていないさ!」

何だこの人!素敵!可愛いって言われた!嬉しい!男前!抱いて!

目の人は己の大きな袋を担ぎ、目の人は部屋から出ていかれてしまった。見たことないお姿だと思ったけど、もしもあれがお客様だったら大変申し訳ない。残念だったなと冷やかされる憎き蛙を横目に、私は出ていかれた目の人を探しに部屋を飛び出した。左右を確認するとその後ろ姿は右の方向へ進んでいて、「あの!」と大きく声をかけると目の人は振り向いた。だが顔には既に『目』と書かれた面はなく、これまたイケメンが立っているではありませんか。

「御引止めしてしまい申し訳ありません!もしご迷惑でなければ何かお礼をさせてください!」
「おっ、さっきのやつだな?別に気にせんでいいのになぁ」
「そ、そうはいきません!恩はしっかり返さなければ」

目の人はううんと顎に手を当て悩んだ結果、そうだと顔色を明るくされた。

「僕を松の間まで案内してくれないだろうか!」
「…へ?」
「どうやら迷子になってしまったようで…」

えへへと頭をかいたこの人は、どうやらというか、やっぱりお客様の様だった。

「僕だとバレては花札に参加させてもらえないと思って、とっさに面なんかで参加してしまってな。そんなことしてたらすっかり道が解らなくなって…おまけに友人からもはぐれてしまって…」
「えぇもちろんいいですよ!ご案内いたします!」



「良かった!ありがとう!僕は布袋の神崎左門というんだ!」
「白浜夏子です。これでも人間ですので何卒ご了承くださいませ」



出された手は握手だろうかと恐る恐る伸ばすと、まだ握ってもいないのに神崎様は前のめりになって近づき私の手をぐっと力強く握った。

「おぉ!お前が噂の夏子か!潮江様からお話は聞いていたぞ!」
「潮江様……あっ、月読様、」

「知り合いだからな!さぁ行こう!」
「あ、はい。松の間はこちらd」

「こっちか!!」
「えっ!?あれ!?いやいやいや!こっちですから!!」
「ほげげっ」


えっ、なんで今反対方向へ行こうと…?どういうこと…?

今私、反対方向指さしたよね…?なんなの……??

退 

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