「「七松様から貰ったぁ!?」」
「…はい……」

「どーりであんな強い稲妻おっこってくるわけだよ…」

やれやれと言いながら長い髪をまとめる紐を私の手に乗せた尾浜様はばさばさと髪の毛を解きながら風呂釜に足をつけた。それなら納得できると顎に手を当てながら稲荷様方も服を脱ぎ始めた。受け取った服は畳んで籠に入れ、私は札を持って壁へとかけた。足し湯は順番待ちかなぁ。なかなか降りてこないなぁ。

「夏子ちゃーん、尻尾お願ーい」
「あ、はーい」

釜に腕を乗せふわりとブロンド色の尻尾を揺らした不破様に呼ばれ、私は入口においてあったブラシを手に持ち釜を駆け上がった。最近尻尾の抜け毛が酷いと双方三人で笑いながら話しているもんだから別の風呂をご用意しましょうかと言ったのだが、一緒にで良いよと頭をがしがしと撫でられた。気が利くねと言われるのは嬉しいけど事あるごとに頭撫でたりほっぺにちゅーするのは全力で止めていただきたい。わ、私そんなに子供じゃないんですよおお。

「なになに?お前ら夏子ちゃんに尻尾まで任せるの?どんだけ気に入ってんだよこの子」
「いやー夏子ちゃんの毛づくろい超気持ちいいんだってば。もう二度と蛞蝓なんかに頼らない」
「雷蔵ってばお前のそれ気に入ったみたいでな。側近の櫛すら最近は受け付けないんだ」
「え、えぇー、そんな大層な物ではありませんのに…」

それがいいんだよと不破様はうっとりしたような顔で顔を腕に伏せた。私は釜の淵に立ったままだが、足湯すれば?と尾浜様に身体を持ち上げられすとんと釜に腰を掛ける形になってしまった。神様の浸かるお湯に足を入れるとはなんという無礼か。だけど足凄い綺麗になりそうな気がする。神様の出汁。狸と狐のだし汁。おいしs

「夏子ちゃん今狸と狐のだし汁って思ったでしょ」
「思ってないです滅相もない!!!!!!!!!!」

完全に心を読まれていて死ぬほど心臓跳ねた。読心術はいつものこととはいえびっくりするからやめてほしい。不破様の尻尾に櫛を入れていると頭の上でガコンと大きな音がした。やっと足し湯ができる筒が降りてきて、足湯をやめて釜の淵に立ったのだが、最近この筒の立てつけが悪いのか紐があと一歩のところで届かない。背伸びをしようにも大勢を崩してお湯に落ちるのは失礼にも程がある。ううんと背を伸ばし、半ばやけくそに小さくジャンプしてみるとやっと紐に届いて、ぐいと引けば綺麗な浅葱色の薬湯が釜の中へと追加された。

御三方は私が紐に届いていないというのをほほえましく見つめていたらしく、再び不破様の尻尾に手を伸ばすと可愛い可愛いと尾浜様にほっぺを両手でつつまれぐりぐりとされた。解せぬ。今まで可愛いと5684778514465154845635546465121345898789回ぐらい言われている気がする。確かに私は御三方よりもクビ一つ分以上は小さい。学校で背の順で並べば前の方は確実ぐらいには小さい。だからといってここまでクソガキ扱いされたくないやい!私だってねぇ!背伸びすればねぇ!紐にだってねぇ!届くんですからねぇ!

「子ども扱いするのやめてください!私だってもう立派な高校生です!」
「齢千年越えてるけどまだ口答えする?」
「大変申し訳ありませんでした」
「私達からしたらお前なんてまだ赤子より幼いよ」

腕で口元が隠れて目しか見えないけど、尻尾を揺らす不破様の目力怖かった。黙らされた感やばい。不破様には逆らっちゃいけない系だ。


「でも、体はもう大人なんだよねぇー?」


いたずらっ子の様に、悪意丸出しで、尾浜様は私の顎を掴んで正面を向かせそう言った。うは、イケメンが目の前にいるイケメン怖い。

「嗚呼そうだった、夏子は立花様に食われたんだったなぁ」
「僕らが次来たら抱いてあげると言ったのにねぇ」

「誰も望んで立花様なんかに貞操捧げたわけじゃないですよ!!!」

尾浜様に雷が落ちた一件で、私は昨夜の事を全てお話した。七松様に服をひっぺがされたこと。中在家様に助けていただいたこと。潮江様と田村様の話をしたことや、食満様に簪をいただいたり、善法寺様にファーストキスを奪われた挙句、立花様に処女を捧げてしまったこと。後半二つは不可抗力として、あまりにも濃い一夜を過ごしすぎたと私は御三方にお話させていただいた。御三方というか、気絶している尾浜様と、それを介抱する稲荷様方。善法寺様にファーストキスを奪われた話の件で謀ったかのように目覚める尾浜様のタイミングの良さは異常だった。初夜をささげてしまったという話をすると稲荷様方は見るからに解りやすく肩を落とし、尾浜様はそれでも私に夜の誘いをしてくるのであった。やめてください通報しますよ。

「立花様に"なんか"とは、夏子は大物だな」
「最低ですよ立花様も善法寺様も……それに比べて食満様のカッコよさといったら…」
「いやぁ、案外食満様もお前の事を気に入っておられるよ」
「へ?」

「南の朱雀の焔はこの世に二つとない孤独の印だ」

「孤独…?」
「よしよしいい機会だ。夏子ちゃんに天体の話をしてあげようか」

足湯状態である私の太ももに頭を預け、尾浜様は開かれていた上の階の大戸を指差した。

「此処から見える一番明るい星が解るかい?」
「えぇ、なんとなくですけど」
「南方向の朱雀の星。その星宿は日の国の星座じゃなくて海向こうの星座で「うみへび座」っていうのがあってね。その最輝星、つまり、食満様の心臓部で最も輝いている星を、別の名で『孤独な者』と呼ばれるてるんだ」
「孤独な者…」

つまり今食満様がこの風呂場から見えているという事で間違いなのだろうか。うわ、今尾浜様たち来てるとかバレてるけど大丈夫なのだろうか。

「十二天将の話は?」
「あ、はい、ききました。西の黒木様とか…北の笹山様とか…」

「そうそう、食満様は唯一その連中から外れておられる御方なんだ」
「外れている?」
「ま、簡単な話、一人だけ生きている年数が桁違いで長いって事。ううんと、夏子ちゃんに解りやすくいうとすれば、食満様以外全員同級生で、一人だけそこに先輩が入っているって感じかな?」
「めちゃめちゃわかりやすいです!」

「仲間外れってわけじゃないけど、食満様は十二天将の中でも断トツで偉い御方だから。頭ってやつかな。あまりほかの十一といられることはないんだろうし、まさに孤独の者ってやつだろうねぇ。それなのに夏子ちゃんに、己の化身である炎を閉じ込めた簪を送った。食満様とあんまりお話してないっていってたけど、一目惚れでもされたんじゃない?」

なんだとぉ!と稲荷様方がばしゃりと暴れたせいで、私は全身にお湯をかぶってしまった。ずぶぬれになった私を見てお二方はやれごめんだの悪かっただのとまだ風呂釜の中でばしゃばしゃと暴れているのだが、私が気になるのはその前だ。食満様が私に一目惚れ?んなことないない。あるわけない。おそらくだけど、善法寺様が私のファーストキス奪っちゃったとかなんとかいってそれを来た食満様が過保護に私を心配してこのような素敵な物を送って下さったのだろう。七松様もおそらく同様の理由であのようなペンダントをくれたに違いない。変な輩に絡まれないようにとか、多分、そういう。見事に尾浜様が引っかかってくれたわけだが。まぁ物騒な物とわかったし、風呂で発動されたらたまったもんじゃないので、簪も勾玉も、一旦部屋においてくることにしたので今はいつも通りタカ丸兄ちゃんがくれた簪をさしている。

「それにしても、立花様のお手付きに手を出すのは少々心苦しいが」
「同意の上なら問題ないもんね?」
「同意するわけないですよね?」

この二人がなぜこうも私に執着するのか解らないが、出来るだけ神様に足を開くようなことはしたくないのでございます。だってそんなもし間違いでも犯したら私はもう人間界に戻れなくなること間違いなしじゃないですかやだー!まだギリギリ人間でいたいですー!

「やだなぁ川西から鬼灯の薬貰ってるんでしょ?匂いで解るよ」
「嗅覚怖すぎですよやだー!」
「まぁまぁ今日は勘右衛門もいるし、我慢しておいてやるから、次こそ期待しておけよ」
「馬鹿だなぁ三郎。そう次に次に持ち越すから立花様に手を付けられてしまったんじゃないか。こういう時は思い切って3人で」

「あおうhsふいあbjfdcんふぁkjんcs次の機会で!!いつかの機会で!!」

尾浜様が何がとんでもない爆弾を落としそうだったので私は思わず大声で言葉を遮ってしまった。口をついで出てしまった言葉に御三方は「言ったな」と口を上げたので私はもうそろそろ貞操観念について考え直すことにした。

御三方の尻尾も毛づくろいし終え髪を洗って体を洗い、着替えを渡して風呂場を後にした。部屋につくと三人はバク転して姿をかえ、此処まで来るのに湯屋の寝間着だったのにあっといまに風呂に入る前の服装に戻った。一回目のバク転で、狸、狐になり、もう一回で人型になる。なんというか、アニメを見ているような感覚だ。化け狸と化け狐。いやいや、目の前にいるのは神様なんだから化けなんて言っちゃいけない。食事はいいから酒が飲みたいと言われたので酒を部屋に運び、真っ先に酔っぱらった不破様を僭越ながら布団へお運びした。

「夏子ちゃ〜ん…」
「ぐぇぇぇえええなにこれデジャヴ」

布団に運ぶもガッチリホールドされて抜けられない状態。おかしいなこれ初対面の時も経験したような気がする。もう半ば諦めたように体の力を抜けば私は完全に不破様の抱き枕。酒臭いから正直勘弁してほしいのだが、まぁなんというか、この流れに慣れたもんでございまして。札、ひっくり返しておいて正解だったなぁと呑気に思いながらも私はそのまま瞼を閉じた。

「こらこら、髪をまとめたまま寝る奴があるか」
「わっ、鉢屋様」
「此のままでは後ろから抱きしめられない。せめて髪を解いてからにしろ」

眠ろうと思いきや髪に違和感。ぐいと引っこ抜かれた簪により髪の毛はふわりと自由になって、後頭部にもあったかい感覚。鉢屋様の胸板が後頭部に。鉢屋様の逞しい胸板が、後頭部に。ハ、ハァハァ。

「じゃぁ俺は此処で我慢しようかなっと」
「うわぁあああああああ幸せです本当にありがとうございます」

頭は鉢屋様の腕枕。体は不破様に抱きしめられ、そして腹の上には狸の尾浜様がくるりと丸まって眠りについた。

イケメンとイケメンにはさまれて腹にはもふもふの獣。なんなのここ。天国なの。良い夢しか見られない気がする。おやすみなさいませ。

退 

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