此処で働かされるようになってから、

もうどれぐらい経つのだろうか。




引越し先に行く道中にお父さんが道を間違え、

突然目の前に現れた大きな赤い建物を、


興味本位でくぐってしまったのが、


事の始まりである。








ここは、"人"の来ていい場所ではなかった。



私は、神隠しにあってしまったのだ。






建物の向こうには人っ子一人居なくて、ただただ古い中華風な店が立ち並んでいるだけ。


いい匂いに連れられて、両親の足元がふわふわとしてきた。


まさか、勝手にお店のものを食べ漁るような親だとは思ってなかった。




『ねぇお父さんお母さん、まじでみっともないからやめてよー。』




店の食べ物を狂ったように食べてる親を見ていられなくなって、

私は両親を放置してウロウロを町の中を散策していた。






店に人がいるような場所があるなら、私はそっちで食事を済ませたい。






橋があった。

その橋の下を、電車が通過した。



そのまま橋を渡って、向こうにあったのが、


私の人生を大きく変える建物。


「油屋」















そこで引き返せばよかったんだ。



ただなんとなく、暖簾をくぐったのを最後に







私は、この世界から出ることは出来なくなった。









中に居た、明らかに"人間ではないモノ"に見つかり、

腕を縛られ口をふさがれ、

そのまま俵のように担がれ、


たくさんいる"人間ではないモノ"に見つめられたまま、


「大川様」という、おじいさんの下へと連れて行かれた。






『そなたは、人間かのう』

『…あ、あなたは……』

『それも、恐ろしいほどに心の澄んだ人間のようじゃ』

『え、…えっと……』

『ほっほっほっ、そう怖がらんでもよいよい。わしはこの湯屋の支配人じゃよ』


『ゆ、ゆや…?』






ここは八百万の神様が身体を癒しに来る湯屋だという。


そしてこの支配人がこの大川様というご老人。






湯屋という名の、郭。



言ってしまえば私の世界で言う、水商売をするところと変わりない。





そしてこの人は、私の両親が勝手に店の料理を食い散らかし、

両親は豚になったと言った。




証拠にとここへ連れてこられたのは、

両親の服を着ていた豚。





それも、死骸。




両親は店の主人に家畜小屋の豚が脱走したのだと思い込んで殺してしまったのだと言う。




私は何が起こっているのかも解らず、とにかく泣き叫んだ。

この反応があっているのかどうかもわからない。

ただただ目の前の「両親」だというモノの前で泣いた。



これが両親だと証拠づけるものは何も無い。

服も着せられたのかもしれない。



でも、さっきから意味の解らないことばかりが起きている。






きっと、これも本当。






両親が食い散らかした料理の分、

そして今湯屋に人間が入り込んだというパニックにより客を逃した分を、

ここで働いて返せと、大川様は仰った。





両親が殺された。どっちにしろ行く場所なんて無い。






私は呆然としたままの頭で契約書にサインをした。











『ふむ、白浜夏子か。よい名じゃのう』

『…ありがとう、ございます……』

『そなたは、自分の名を大事にしなさい…』















きっと、今はもうお金は返し終えてる。


なのに何故か、大川様は私を外へと出してくれない。








『夏子…あんたって、人間なんだろ?』

『ん?そうだよ?』


『…あ、あのさ、………む、向こうの化粧の仕方とか、お、教えてくれないかい』

『!う、うん、もちろんいいよ!』






一年前は人間だということで冷たく当たってきていた蛞蝓女たちも、

私が人間だということを「変わったやつ」ととらえはじめ、

今ではスッカリ仲良くなってしまった。






『ねぇ夏子、くりすますってなんだい?』

『あぁ、こっちにはそういうのもないのか』

『はろうぃんってのは西洋の盆かい?』

『違う違う。あのね、』








蛙も、私に冗談を言ってくるほどには仲良くなった。










『おい夏子、お前なんか太ったな』

『まじで蛙殺す。其処に座れ』

『服入らないだろ?俺の袴貸してやろうか?』

『あれ??蛙??お前種類牛蛙だったっけ??????????』

『夏子お前なあ』












コミュ障じゃなくてよかったと3日に1度は思う。




仲良くなった蛞蝓たちが



「夏子の両親はまだ生きてる」

「殺されてなかったよ」



と教えてくれたことがあった。


突然のことだったが、

何で解るの、

とは聞かなかった。



私も彼女たちももう今はすっかり信頼する仲だ。


みんなが私に嘘をつくようなことは滅多に無い。



私はその言葉を信じたのだが、



この話が本当だったら、


何故大川様は私と両親をこの世界から出してくださらないのだろうか。






まぁ、なんというか、

もう、ここまできたらとことん働き通すけどね!



開き直ったよ私!




元は私の家は転勤族だ。

環境の変化の対応ぐらいすぐにできる。




















半ば諦め、此処で働き始めて、

月日は流れに流れていっている。











私はすっかり、

ここでの生活に慣れてしまった。




















ここは「大川油屋」



全国各地から、八百万の神様が訪れ、

疲れを癒す温泉だ。











今日も各地の神様がお越しになられる。
























お、灯りが入った。


さてさて、そろそろお湯はりますかね。

退 

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