31.死臭を纏う 「…テメェは一体何者だ…!!」 「何故止めた」 「テメェは何者なんだ!!答えろ!!」 「何故その子をかばった」 「何の目的で忍術学園に潜入していやがる!!」 高い金属音が鳴り響いて、私と槍を構える男と距離がうまれた。 …この服、この色、忍術学園の上級生か。 …嗚呼、虎の姿を見られたのだな。それで、そんな怯えた目をしているんだな。 一度冷静になり小屋の中を見回すと、其処は血と屍骸で満ち溢れていた。生き残っているであろう山賊はもう一人もいないだろう。 私か。これは私がやったんだな。そうか。またやってしまったのか。 「其処を退け」 「近寄るな!」 「いや、その娘は殺さなきゃいけない」 「テメェ!人の善悪も見分けられねぇのか!この子は被害者だろう!」 「殺さねばならない命もある」 「こいつは殺すべきじゃねぇ!親元へ返すべきだろう!!」 さらさらした髪の人は意識が朦朧としている二人の女の子を抱えて小屋の隅へ移動しそこから私を睨みつけていた。 「…お前、事務員の、香織であっているな」 「いかにも」 「……私は忍術学園の、六年は組、立花仙蔵だ。そいつは同じクラスの潮江文次郎という」 「仙蔵!」 「黙れ文次郎、ここはひとまず話し合う必要がある」 武器を収めて欲しい。そう言われ、私は平常心を取り戻して刀を鞘におさめた。 素直に言うことを聞いたからか、潮江も立花も少し気を乱した。 「…お前は、この世の人間ではないのか」 「そうだ。私は此処とは別の世界から来た。信じられないかもしれないが、さっきお前らが見たであろうあの姿が証拠だ」 「信じられるか!!なんの幻術を使いやがった!!」 「文次郎、お前は少し黙っていろ」 立花のほうが、少しは話が出来るようだ。 「……と、虎の姿になったのは」 「悪魔の実という。私の世界にあるまだ謎が数多ある不思議な木の実だ。口にすることにより人間離れした能力と引き換えにカナヅチになる難点がある。私はそれを幼い頃に食した」 「…その事実を知るものは」 「お前らと、学級委員会のみんな、それから土井先生、学園長のみだ」 「……何故、お前がこの山賊を殺しに来た」 「…表では事務員。裏では傭兵として、学園長先生に雇われているからだ」 「…傭兵、だと?」 「上級生がいない間の学園はかなり物騒だという話をされたんだ。度々敵襲がある、と。上級生が実習中は必然的に先生方も大量にいなくなられる。守りが手薄。 そこで傭兵として、いつ死んでもこの学園になんら影響もない私が引き受けた。 だから、今こうして返り血を浴びている」 まるで信じられんという顔をしている。 何故私がこいつらの気配に気づかなかったか。きっと完全に気配を消されていたからだ。 前に山賊を消しに行ったときに土井先生の気配に気づけたのは、あの時土井先生は私の実力をなめてかかっていたのだろう。 わざと気配を出して私を尾行していた。だから気づけたんだ。 だが今回の相手は忍者の上級生。そして私になんらかの力があると判断して気配をたって尾行してきていた。だから私は気づけなかった。 …ややこしいことになってしまった。虎の姿を見られると別の世界から来た人間だということを話さなければならなくなるというのに。 上級生となると簡単に他人を信じたりはしないんだろうな。いやこれは厄介。もっと気配を探りながら来ればよかった。 「…水軍であったという話は」 「本当だ。その別の世界で、水軍……いや、私は海賊だった。世界最強と呼ばれた男の船に乗っていた」 「何故、ここに」 「…それが解れば私はとっととこんなところから立ち去っている。海が恋しい」 はぁと腰に手を当て壊した窓から外を見る。緑。緑。緑。 青が見たい。燦燦と輝く太陽に照らされた青が見たい。 「別に、このことを忍術学園の人にバラしても構わない。厄介なことになるから黙っていただけだから、言いたきゃ言えばいいさ」 私は再びすらりと刀を抜いた。 再び武器を構える私に完全に気を抜いていた潮江が再び槍を構えて私に向けた。 「テメェまだやるか!!」 「其処を退け。その娘は殺さなければならない」 「こいつは殺す必要なんてねぇだろう!!」 「お前らにその子の苦しみが解るのか!!」 突然私が大声を上げたからか、潮江も立花も、肩を震わせた。 「男のお前らには解るまい!!女として一番の屈辱を受けた後の気なんか!!男のお前らに解るもんか!! 死にたいと願っても自らは死ねないんだ!!助けて欲しいと思っても助けなんか来ない!! 知らん男の手によって汚された自分なんてこの世に必要ないと思われているに違いないとばかり考えてしまう、そんな気持ちが解るか!! 殺さねばならん命もあるんだ!!殺してやらなければ救われない命があるんだ!!!」 「っ、……お、お前は…」 「殺して…ください……」 立花の腕の中にいる女の子が、ぽつりと、つぶやいた。その声に二人が顔を向ける。 つぶやいた女の子の目は、もう、空を見ていた。 私の方をみていようとも、きっとその目に私は映ってはいない。 「…こん、な…身体で……母上たち…の元に……帰りとう、ないです……」 「おい、気をしっかり持て…!今俺たちが送り届けてやる!」 「……ころして、くだ…さい…」 「やめろ…!やめろ!生きろ!」 「黙れ潮江。赤の他人である貴様に止められるような決意ではない」 「止まれェ!!」 再びガキィン!と心地いいほどの金属音が鳴り響く。私の刀は刺すように向けられた潮江の槍をとらえた。 狭い小屋の中で繰り広げられる殺し合い。いや、こんなものは殺陣だろう。気が荒ぶり行動がまるで読める。 今まで何度同じような立ち回りの相手を殺してきたことか。 今この男を殺すことは容易い。 が、世話になっている学園の大切な生徒だ。殺すわけにはいかない。 「…少し、黙っていてくれ…ッ!」 「ッ…!」 刀の柄を潮江の鳩尾に入れる。小さく声を漏らして、潮江は気を失うようにどさりと私に倒れこんだ。 潮江の身体を床に落とし、私は再び立花に抱えれらている女の子を目に入れた。 …何も映っていない目とは、こんなにも寂しいものなのか。 私も、あんな目をしていたのか。 「…ころ、して……」 「あぁ、今殺してあげるよ。安心して。ただ、きみの身体は君を探しているであろう親の元へと持っていくよ。きっと君の事を探して心配しているはずだから。身体だけでも、親の元へ連れて行くからね?」 「…は、…い」 「こっち子は?」 「…わたしの、…いも、うと……いっ…しょに……」 「…解った……」 「香織…」 「なんだ」 「……いや、なんでもない…」 立花は覚悟を決めたかのように彼女たちから離れ、潮江の身体を持ち上げた。 「…最後に言い残すことは?」 「…はは、う…え…ち……う…え…ごめ……さ……大、好き…」 「必ず伝える。ではさようなら。良い旅を」 心臓を一突き。刀を抜き、もう一人の心臓も一突き。 姉妹仲良く手をつないで、二つの小さい命は消えた。 「香織」 「なんだ」 「…その娘二人に、……化粧をさせてくれないか」 「あぁ、いいんじゃないか」 「千代…!!雪……!!」 「山賊に攫われた貴女の娘さんの、ご遺体をお届けに参りました」 「ああぁ…!あぁ……!!!」 香織は一度虎へと姿を変え、女の子の臭いを嗅ぎ村へと降りた。丁度日も傾きはじめ、辺りが薄暗くなっていたので、私の羽織を身体にかけて二人を抱えて来た。 私はいまだ気を失っている文次郎を担ぎながら山を下った。香織には先に帰れと言われかだが、どうするのか気になったので強引についてきた。 娘の両親は香織の姿を見て大層驚いていた。何日も帰ってこなかったであろう娘が、返り血をたっぷり浴びた知らん女の腕の中で寝ている。 だが、ただ眠っているだけの娘が帰ってきたかと思って羽織を取ると、胸から血を流している。死んでいると確信して、二人は泣き崩れるように膝から地へとついた。 すると香織は、 「私が、この二人を殺しました」 と、告げた。 「香織…!?」 「な、なんですって……!」 「お、お前が…!?」 「それが、この子たちの願いだったんです。…この子達は、この歳で幼い身体に、男と植え付けられた」 その言葉に全てを悟り、娘の両親は、目を開いてさらに涙を流した。 「"こんな穢れた身体で母上たちの下へ帰りたくない"と。そうつぶやき、私に殺してくれと願ったんです。お姉ちゃんの方は意識を持っていたが、妹さんの方は、もう、手遅れでした。なので、私が、責任を持って殺しました」 遺体を父親が受け取り、香織は腰にぶら下がった刀を抜き、刃についた血を見せた。 「ご安心を。この子たちを攫った人攫いも、全て殺しました」 キンと音を立てて香織は刀をしまった。 「……真に、ありがとうございました」 私は目を疑った。大事な家族を、大事な娘を殺した香織に、二人は深々と頭を下げた。 何故。何故だ。香織は、目の前にいる女は、お前たちの娘を殺したというのに。 「…きっと、このまま二人生きていても、生きた心地はしないでしょう…!!」 「二人を楽にしていただいて…!きっと、私たちでは…!そんなこと、願われても……ッ!出来ません、でした…!!」 「"母上、父上、ごめんなさい。大好き"。 彼女たちの最後の言葉です。確かに伝えました。それでは私たちはこれにて」 胸に手を当て深々と頭を下げ、香織は着物を翻して学園へと戻った。 「…香織、さん…!?」 「香織さん…!そ、それ、どうされたのですか…!?」 「香織、さん!?」 「…」 返り血を浴びたまま学園に戻った香織はいい視線の的で 誰とも口をきかぬまま、死臭を纏わせた身体で学園長室へと向かった。 「し、潮江先輩…!?」 「潮江先輩!どうされたんですか!?」 「団蔵、三木ェ門、触れるな。大丈夫だ。気を失っているだけだ」 私は、まともに頭が回らなかったのだが、 気を失った文次郎へ視線をうつし、 きっと、彼女に勝てる日なんて、来ないのだろうと思った。 「…庄左ヱ門、彦四郎、少し、聞きたい事がある…」 そして彼女には、計り知れない闇がある、と。 (31/44) |