距離感

ミステリーショップで、ハルトは特に見たくもない雑誌をパラパラとめくっていた

流行りのファッション、モテ術、美容…まぁ色んなページがあるもんで

なーんも興味無いけど

目に痛いカラフルポップな文字を適当に読み飛ばしつつ、周りを観察する

何やら大量の小麦粉や卵や砂糖を買い込んで行ったハーツラビュル寮の生徒を見送り、他の客が居ないことを確認してから雑誌を閉じる

今から何でもない日のパーティーの準備でもするんだろうな、なんて考えつつ雑誌を棚へと戻し、この店主の元へと行く

「やぁ小鬼ちゃん、何をお求めだい?」

なんて、分かりきっているくせに聞いてくるサムに、ハルトはヘラりと笑う

カウンターに置いたのは10マドルの飴玉1つとピッタリの金額

さらにポケットから置いたのは、500マドル

「いつもの」

ハルトがそう言う

サムは500マドルをレジに通さずポケットに入れて

「あーい、Thank you!!」

とニッコリ白い歯を見せて笑った



ミステリーショップの休憩室は狭い

2人がけのソファーひとつと、その前にちょこんと置かれた長方形のローテーブルひとつ

部屋の角に簡単な事務作業用のパソコンの置かれたデスクひとつ。それと、ちゃっちいTVがひとつ。それだけだ

ついでに、給湯室は隣にある。簡易キッチンと小さな冷蔵庫くらいしかない。冷蔵庫の中には、安っぽくて薬みたいな味のする炭酸飲料がギッチリ詰まっている。多分サムの私物

まぁここは基本的にサムひとりで回しているし、広い休憩室は必要ないんだろう

ハルトは、慣れた様子で机に置かれていた小さな箱に手を伸ばす

グレートセブンとクールな書体で書かれたその箱の下を指でぽんと弾き、飛び出たタバコを咥える

指パッチンで火を着け、肺腑の奥まで煙を吸い込んでゆっくりと吐き出す

「あー、最高…」

「やってるかい?小鬼ちゃん」

「あれ、サムさん。店はいいの?」

「用があれば呼ばれるさ」

休憩室にぬるりと入ってきた店主に、ハルトは

「悪い人だぁ」

と笑う

「キミには負けるよ、小鬼ちゃん」

「許可してるサムさんに言われたくないなぁ」

ハルトは肩を揺らした

そうなのである。ここはナイトレイブンカレッジ、腐っても名門校

立てば喧嘩、座れば爆発、歩く先には不良達なナイトレイブンカレッジでも名門校

年齢に関わらず、生徒である限り酒もタバコも禁止されている

留年や入学を何年か見送った結果成人をとっくに迎えた生徒もいるし、国によっては10歳から飲酒もタバコも許可されている

1部の人魚族や妖精族は長命な種族であり見た目も中々老けない為、下手すれば数百歳の1年生が入学してくる。ヒト基準の年齢は全く当てにならない。閑話休題

しかし、禁止されようとどぉーしても煙を吸いたいハルトは、この店の店主に賄賂を渡してこの部屋を借りているって訳

たまに学園内の空き部屋なんかで吸うやつもいるが、他人を蹴落としがてら内申点稼ぎに、他生徒に密告されるのがオチである

ニッヒッヒッと白い歯を見せつけるように笑う褐色肌の男にタバコの箱をポンと投げる

受け取ったサムは慣れた手つきで箱の下を指で弾いて、飛び出たタバコを咥える

そして指パッチンで火を付けた

実はハルトはこの1連の動作が好きなのだ。こっそり真似しているくらいにはかっこいいと思っている

「タバコってさ、大人の象徴だと思ってたんだよね」

ハルトは煙を吐いて笑う

バブルリングの要領で煙を吐けば、円の形を保ったまま壁まで進んでいく

「でもなんかさ、サムさんが吸ってるの見ると、オレってば子供だなぁって思っちゃうよ」

「そりゃあ、君はまだ学生で、オレは君よりお兄さんだからね」

サムも煙をポッポッポッと吐いた

魔法を使ったのか、それはハート型を作ってふよふよハルトの元へと飛んでくる

「ふっ」

ハルトがまたバブルリングのように回転を加えた煙を吐き出すと、ハートを巻き込んで消してしまった

「上手くなったね、小鬼ちゃん」

「そうっすね」

あっという間に短くなったタバコを名残惜しそうに灰皿に押し付けて消して、ポケットから出した小さな香水瓶を自分に向かって振りかける

臭い消しの魔法薬だ。ここは鼻のいい生徒が多いから、悪いことをするなら必ず必要になる

「もういいのかい?小鬼ちゃん。まだ居てもいいんだよ?」

サムは肩を揺らして低い声で笑う。壁に肩だけでもたれかかって、体を斜めにして足をクロスして立っている

それとイタズラな笑みがやたら似合う男。この治安クソな学園でも、彼を嫌うやつはほとんど居ない。

だってサムは距離のとり方もうまけりゃ、余計な説教なんてしない

生徒の味方って訳でもないけど、先生達大人の味方って訳でもない

「はぁ」

ハルトはほぼほぼ声のようなため息を吐いて、サムを見る

「何人そうやって誑かしたの?サムさん」

「キミ一人だけだよ、小鬼ちゃん」

「どーせオレの名前も知らないくせに、よく言うよ」

ハルトは立ち上がって、入口を半分塞いで立っているサムの横をするりと抜けようとした

しかし、その瞬間、肩を掴んで壁に押し付けられる

「いっ」

「知ってるよ」

思わず目を見開くと、鼻先が触れ合う程の距離で、低い声はそう呟いた

彼の吐息から、自分が先程まで肺腑に吸ったのと同じ香りがする

ルビーのような瞳が目の前でゆっくりと瞬く

「は、」

「ハルト」

「っ!」

「ちゃんと知ってるし『特別扱い』はキミだけだよ、ハルト」

甘い声を耳から脳へと直接吹き込まれ、何故か目眩がした

背中を下から上へと何か痺れのようなものが駆け上がり、膝から力が抜けてしまいそうになる

「さ、サムさん…お、オレ…」

「……なんてね!」

パッと手を離され、背を押されてカウンターの外まで押し出される

「あの、サムさん」

「またね、小鬼ちゃん!!いつでも待ってるよ!」

サムはカウンター越しにひらりと手を振って、いつものお客様対応で笑う

何か言おうと口を開いたハルトだが

「サム、月桂樹の実と雷鳴樹の葉を頼む。どっかの駄犬どもが無断使用したようだ…」

と言いながら入店してしたクルーウェルの姿に、ムッとして口を閉ざす

完璧にタイミングを逃した。

はちゃめちゃ元気なIn stock now!の声を背にいそいそと店の出口へと向かう

「ん?…Badboy、煙の匂いはちゃんと消すんだな」

「…サムさんのが移ったんすよ」

すれ違いざまにクルーウェルに注意され、ハルトは顔をしかめた

「サムの?」

ほんの少し目を丸くしたあと、顔をクシャクシャにして大笑いしたクルーウェルは、ハルトの毛並みをぐっしゃぐしゃに掻き乱す

「はっはっはっ!火遊びは大概にするんだな、駄犬め」

「は?なに?なに?!」

クルーウェルは散々撫で回したあと、寝癖よりも酷いことになったハルトの髪型をそのままにサムの元へと行ってしまう

残されたハルトは

「……なに?」

ともう一度馬鹿みたいに呟いて、クルーウェルの白黒の背中を見つめていた



☆☆☆
ハルトの退店後

「生徒には手を出すなよ」

「生徒のうちは手を出さないさ」

「その割には、マーキングまでして…健気なものだな」

「アレだけは取られちゃ叶わない。オレだけの小鬼ちゃんだからね」

なんて、会話があったとか



☆☆☆
普段呼ばない呼び方で急に呼ばれたり、普段しない姿を急に見せられると心臓発作を起こして死んでしまうんです(死後)




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