小エビなもんで

監督生とエースとデュース、グリムのいつもの4人組はランチを摂るために食堂へと移動中だった

「そしたらクルーウェル先生マジギレでさぁ、いつものBad Boyじゃなくてバーカ!!!って叫んでた」

「ふっふふ、お前のBad Boyの発音が良すぎて無理」

「僕も聞いてみたかったな、その全力のバーカ!!」

「結構な勢いだったんだゾ、クルーウェルのバーカ!!」

「それだとオレらがクルーウェル先生の悪口言ってるみたいに聞こえちゃうんだが?」

「それこそBad Boyされるね」

そのうち誰が1番流暢なBad Boyを発音出来るかという話題で馬鹿みたいに盛り上がりながら歩いていたが、監督生はふと外を見て足を止める

「あ、フロイドパイセン」

「あ、本当だ」

監督生につられてデュースが足を止める。中庭のベンチで、ながーい足を投げ出して空を仰いで座っている

見知った先輩を見かけたら挨拶すべきだろうとデュースが息を大きく吸い込む

エースはそんな相方を慌てて止めた

「止めとけデュース!フロイド先輩、昨日からクッソ機嫌悪いから!!昨日の部活と今日の朝練で何人保健室送りになったと思ってんだ!!」

「バスケで保健室送りとかある?」

「機嫌悪いフロイド先輩、顔面キラーパス、検索」

「うわぁ…」

「最悪なんだゾ」

「あー把握…鼻の骨折れてないといいね」

「少なくともマークとリグ先輩は折れてたって。スチュアートは顔を守って指が反対に曲がった」

「うわ…」

エースからの被害者報告に、三者三様に顔を歪める。

「ってことだから、関わんのはやめとけ。さっさと飯いこ」

「そうだな。早くオムライスが食べたい」

足早にここから離れようとするマブ2人をよそに、監督生はフロイドの方へと足を向ける

「グリム、先行ってて」

「わかったんだゾ」

グリムは監督生の行動に慣れたもんで、さっさと子分の背中から降りてデュースの背中によじ登る

エースよりデュースの方が体幹がいいので安定するのだ

「ちょちょちょっ、監督生、俺の話聞いてたァ?」

エースが監督生の肩を掴む。監督生は、エースって結構仲間思いというか、優しいとこあるよなぁなんて思いつつ、にへらと笑う

「大丈夫大丈夫。自分、フロイドパイセンにとっての小エビだもんで」

監督生がそう言うと

「お前は人間だろう…?」

とデュースは心底不思議そうに首を傾げ、グリムは呆れたようにふなぁと鳴いた



フロイドはぼんやり空を眺めていた。なんか、全部気分じゃねぇ。頭もやっとするし、イライラする。

飯を食う気にもなれず、ベンチでぼーっとしていた彼に、1つ気配が近付いてくる

フロイドは視線をそのままに、そっと自然な動きでマジカルペンに触れる

この学園ではちょっぴりガラの悪い輩が多いもんで、弱ってるとみると攻撃を仕掛けてくる雑魚が一定数いる。

どうせ勝てやしないくせに、馬鹿な雑魚どもは懲りずにやってくる

静かに警戒するフロイドに対し

「フロイドせんぱーい。どうしたの?」

と、呑気過ぎる平和ボケした声がかけられた

フロイドは空から視線を逸らさないまま

「……小エビちゃんか。」

と呟くように言って、ペンから手を離した

「そう、小エビちゃんです」

フロイドは緊張を解き、姿勢を少し正して隣を空けてやる

他の人間だったなら、例え心配して駆け寄ってきていたとしても鬱陶しいと追い払っただろう。

弱味を晒す気は無いし、普通に目障りなので。

しかし、相手は小エビだったので、フロイドは近付くことを許可した

なんせこいつは、自分を害する手段を一切持たない。

監督生はにぱっと笑ってあたり前のようにフロイドの隣へと腰掛ける

フロイドは自身の空のように青い髪をぐしゃりと掻き混ぜて、監督生の方へと身体を傾ける。

そのままぽすんと膝枕の姿勢になると、監督生は太ももにあたる擽ったさにほんの少し身動ぎしてふふっと笑った

「フロイド先輩、昨日から調子悪いの?」

「なんかねぇ、頭ぼーっとすんの。気分最悪」

「痛くはないんです?」

「あー、言われればなんかぼやっと痛いかも。脳みそがふやけて膨らんで、頭蓋骨を内側から押してる感じ」

「わかるー。小エビもよくなる。もしかして、肩周りとか首も重いんじゃないですか?」

「重い。」

「気圧頭痛ですかね。」

素人判断ですけど。と監督生は言いつつ、ポケットをゴソゴソやって、薬を取り出す。

「飲みます?自分用の頭痛薬なんですけど。魔力に作用しないタイプの薬なんで、多分変身薬飲んでるフロイド先輩も大丈夫だと思いますよ」

「………。」

フロイドは、あ。と口を大きく開いた。薬を入れろということらしい

監督生が大袈裟に身を引いて、おぉご立派。と尖った歯列を眺める

これも相手が小エビだからの行為である。

他のやつなら得体の知れないもんを渡してくる可能性もあるし、気心のしれないやつに大抵の生物の弱点である喉を晒したりしない。

「あ、フロイド先輩、水持ってる?自分、さっき飲み干しちゃった」

「持ってないけど、そんくらい飲めるよ。」

「ダメですよォ。薬が喉に張り付いたら、そこ火傷して穴あくって聞いたことあるし」

「え、こわ。」

フロイドは身体を起こす。喉の中を火傷すんのとかやだし。穴あくとかもっとやだ。陸の薬こわっ。

ちなみに、監督生の知識は半分くらい合っていて、半分くらい間違っている

実際、火傷はしない。が、粘膜を傷付けて炎症を起こし、潰瘍の原因になることはあるそうなので、良い子は真似しないように。

「あ、カリム先輩だ。ちょっと待ってて下さいね」

「んー。」

監督生はよしよしとフロイドの頭を二、三度撫でて、パタパタと走り出す

フロイドは撫でられて乱れた髪をそのままに、また空を見る

先程より、ほんのちょっぴり気分が軽くなった気がした



「カリム先輩ー!お水出してー!!」

「おー!いいぜ!!」

「待て。」

勢いよく空っぽのペットボトルを差し出した監督生に、なんの疑問もなく快く応じるカリムをジャミルは顔を顰めて止める

心底不思議そうにあほ面を晒す主人を視界の端に追いやりつつ

「人をウォーターサーバーのように扱うとは感心しないな。」

と監督生をチャコールグレーの瞳で見下ろす

監督生はほんの少し考える素振りを見せてから、ニンマリと口を歪ませて笑った

その顔がよからぬ事を企むフロイドと似ていたもんだから、ジャミルは軽く身構える

「明日、バスケの練習試合でしょ?フロイド先輩の機嫌が良い方が助かるんじゃないですかぁ?」

ロイソ程ではないけど、強豪校だってエースから聞きましたよ?と監督生はわざとらしく首を傾げる

ジャミルは顎に手をあてる。

明日の練習試合の活躍具合を見て、レギュラー選手の選考する予定だと顧問から聞いている。活躍の場は多ければ多いほど良い。

それに、フロイドの機嫌が悪いままでは怪我人は増える一方だろう。

ジャミルはわざとらしく笑みを浮かべて

「…お前ならあいつをどうにか出来ると?」

と尋ねる。

「お水を頂けると、不機嫌の原因は取り除けます。多分ですけど」

「……いいだろう。」

「明日フロイド先輩がご機嫌だったら、お菓子作って下さいね」

「あいつが本当にご機嫌になってたらな」

交渉成立である。よく分からんがとりあえずニコニコと話を聞いていたカリムが、1歩前に出る

「話は纏まったか?じゃあ俺の出番だな」

「一発頼んます!!」

「おーよ!!オアシスメイカー!」

狭い範囲に降り注いだスコールが、空だったペットボトルを並々と満たす

「ありがとうございます!」

「いつでも言ってくれ!」

「「うぇーい!!」」

監督生とカリムはギュッと抱き合った。

カリムに大きく手を振ってフロイドの方へパタパタ駆けていく監督生の背中を見つつ、ジャミルは

「お手並み拝見だな、猛獣使い殿」

とニンマリ笑った



ベンチに腰掛けまた足を投げ出していたフロイドに

「ごめん、待った?」

なんて、デートで定番の言い方をすれば

「おっそぉーい」

と可愛こぶった答えが返ってくる

「頭いてぇし、お薬早くぅ!!」

「はいはい」

ポイッと薬を大きく開かれた口に入れてやり、水を渡す

大型犬に薬を飲ませるときみたいだなぁと、監督生は少し笑った

「これホントに効くの?」

「青い小鬼ちゃーん、このサムの見立てが気に入らない?」

「ふっふふ、似てねぇ」

「えー?じゃあ見本見せてよぉ」

「えー、気分じゃないからやだぁ」

「えー」

「えー?」

「「えー!!」」

2人して意味もなく声を揃えて、ケタケタ笑う

「あっはぁ!モヤモヤ無くなってきたかも」

フロイドは勢いよく立ち上がり、マジカルペンを左手でクルクル回す

小さな火花がぱちぱちと爆ぜて、ウツボの形になって空を泳ぐ

「わぁ綺麗!…にしても、薬効くの早すぎでは?プラシーボ効果?」

「プロポーズ?」

「ふっふふ、何も被ってない。プラシーボ効果」

「サイレンが変な音になるやつ?」

「それはドップラー効果」

「カニちゃん?」

「…トラッポラ?ふっふふ、適当過ぎでは?」

「くだらねぇ!マジ無理、小エビちゃんウケんね」

「ふふふ、光栄です」

「あー腹減った。飯食いに行こぉ。薬の対価に奢ってあげる」

「わぁい!!」

フロイドはマジカルペンをポケットに仕舞い、監督生を荷物のようにひょいと肩に担ぐ

「ぐぇぇ…お腹痛いんですけど」

「ぜーたく言わねぇの」

「理不尽の化身」

「ちょっと韻踏むのやめろし」

すっかりご機嫌なフロイドは、監督生のおしりをペチンと叩いて、食堂へと歩き出す

叩かれた監督生が大袈裟にあぁんっとセクシーな声を出した為、フロイドはゲラゲラ笑った

肩に乗せられ揺られる小エビもクスクス笑う

「小エビちゃんは優秀な小エビだねぇ」

とフロイドが呟くと

「ふふふ、自分、フロイド先輩の小エビですからね」

とちょっぴり誇らしげに答えた



バスケの練習試合は、ご機嫌で調子の良かったフロイドが大活躍し、他校の生徒を蹴散らしたそうだ

約束通り、ジャミルからシロップの染み込んだドーナツの砂糖がけのようなスイーツを山ほど貰った監督生は、ニコニコしてフロイドの元へと向かう

「小エビちゃん」

そうウツボの彼に呼ばれると

「はぁい、小エビですよぉ」

と監督生はニッコリ微笑んでみせるのだ



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