人魚姫は話せない

初めて小エビを認識した日のことを、多分フロイドは忘れない

大袈裟にビクッと震えて飛び上がるくせに、悲鳴1つ上げないちっぽけな小エビを見て覚えた違和感

「小エビちゃん、喋れねぇの?」

フロイドがそう尋ねると、監督生は少し困ったように微笑んで頷いた



グリムやエース、デュース曰く、監督生は元より声が出ないそうだ

遠い国から来たらしく、言語や文法が違うせいで文章を書くのもめちゃくちゃ遅い。コミュニケーション、ほぼ詰んでんの

なのにグリムは

「喋らないくせに、結構うるさいんだゾ」

と言うし、エースとデュースもフロイドが見ていると「会話」してる様子だ

最近、フロイドはそれがなんとなーく面白くないのだ

「ねぇ小エビちゃん、なんかお話してよ」

フロイドは小魚の群れから監督生を引っ張り出し、日当たりのいいベンチへと手を引いて歩く

監督生は困ったように口をパクパクさせ、自身の唇を指さす

声が出ないアピールをしているらしい。小エビ風にアテレコするなら「自分は、お話出来ませんよ」ってとこだろうか。

「声が出ねぇのは知ってるけどさぁ」

アザラシちゃんとお話してんじゃん。とフロイドは唇を尖らせつつ、自分より背の低い監督生をベンチへと座らせた

どかりと隣に腰かけたフロイドに、監督生は眉尻を下げてこてんと首を傾げる

「アザラシちゃん言ってたよ。小エビちゃんがあれしろこれしろってうるさいって」

監督生はあー。とどこか納得した様子を見せた

少し笑って、ホウキで掃いたり手を洗う仕草をする

「あー、掃除と手洗い?アザラシちゃん確かにやらなさそー」

今度は両手をあわせた後に開き、左手の手のひらに右手を擦るように動かす

「……んー、なんか書いてる?勉強?」

コクコク頷いて、監督生はにっこり笑う

「クイズみたいで面白いねぇ」

「………。」

「ん、小エビちゃん、不満?」

監督生はちょっと表情を固くする

フロイドを見上げ、パクパクと何かを話しつつ手や腕を細かく動かす

ジェスチャーではないらしい、ということしかフロイドには読み取れない

監督生はもどかしそうにもう一度手を動かす

「……、………、………。」

「……?ごめん、わかんない」

眉を寄せ首を傾げるフロイドと苦笑した監督生の真上から

「お話は苦手だったけど、今はみんなとお話したいです、だとよ」

と低い声が降ってきた

監督生がぱぁっと表情を明るくする

フロイドが上を見上げると、木の上で昼寝をしていたらしいレオナがくあっと大きく欠伸をしていた

嬉しそうに手を動かす監督生に、レオナは面倒くさそうにする

「あぁ?まぁ、これでも第2王子なもんでね。そういう教育も受けてんだよ。」

「………!」

「初めて通じた?そりゃよかったな…ちょっと落ち着け、わかったから」

少し興奮してニコニコ「話す」監督生とレオナを交互にみて、フロイドはムッとする

オレが小エビちゃんと喋りたかったのに…

「あぁ?…フロイド、この後は魔法薬学だからそろそろ失礼するとよ」

「………。」

機嫌が急降下し無表情のフロイドに、レオナが通訳してそう伝えてやる

監督生は話せたことが嬉しかったようで、フロイドの様子には気が付かずに頭をぺこりと下げて走っていってしまった

「ねぇ、トド先輩」

「あぁ?」

「さっきの何?」

フロイドは監督生の遠ざかる背中を目で追いながら低い声で尋ねる

レオナは面倒臭いと無視しようとしたが、青臭いガキが一丁前に嫉妬しているらしいことに気が付き、ニマッと笑う

「手話だよ」

「しゅわ?」

何その炭酸みたいな名前。と目を瞬いた人魚に、もう話は終わりだとばかりに獅子は目を閉じる

「あいつと話したきゃ、しっかりお勉強するんだな」



フロイドは1週間ほど授業にも部活にもモストロラウンジにも姿を見せなかった

寝食すら押しんで、部屋の備え付けの机に齧り付く

同室のジェイドは、またなにか面白いことを見つけたのだろうと、慣れた様子で軽食をフロイドの机の端に置いてやった

なんでもその気になればすぐにマスター出来ると豪語する男、フロイド・リーチ

実際には少し違う

なんでもその気になればマスター出来るまでやり続ける男なのである



「小エビちゃーん」

久々に自室から出て来たフロイドは、目障りな小魚共を追い払って監督生のもとへと訪れた

一緒にいたエースとデュースとグリムも、海藻でも払うかのように遠くへと追いやられて消えていった

突如現れた巨体に驚く監督生をよそに、フロイドはにっこり笑ってピースを作る

そして、突き出した2本の指を揃えて、鉤爪のように丸めながらクイックイッと動かす

監督生が目を丸くする

「今の小エビちゃん!ねぇ、合ってる?」

監督生はしばらく呆然としていたが、ぱあっと表情を明るくさせた

左手の人差し指を伸ばし、その上に右手の人差し指の指先を付け合わせる

合ってます、と声の出ない唇が嬉しそうに動く

「えへへ。オレねぇ、小エビちゃんとお話したくって、手話覚えたんだァ。これでオレとお話出来るねぇ、小エビちゃん」

フロイドは蕩けるように笑う

「内緒のお話も出来ちゃうね、小エビちゃん」

とてもご機嫌な様子で、フロイドは人差し指と親指を伸ばし、首の前へと持っていく

その指を閉じながら、前方へと腕を動かす

「…、…」

フロイドの唇が、たった2文字の言葉を伝える

監督生はぽぽぽぽと頬を赤くして、何も言わずにへにゃりと微笑んだ



☆☆☆
これは誰かの、どうでもいい昔話

昔から人前で話すのは苦手で、何とか話そうとすると言葉が詰まったり声が出なかったりした

子供というのはとても素直だから、みんなそれが変だって笑った

でも仲良くしてくれる友達もちゃんといた。仲良くなると、不思議と詰まったりせずに普通に話せるようになった

だからそこまで気にしてなかった。

でもある時、上手く話せない自分の真似をする子が現れた。

1人が真似をすると、他のみんなも真似をした。みんな笑った。みんなバカにした。

止めなよって言ってくれた子もいたけど、そんな注意の言葉さえ「止めなよォー」とふざけた声色で真似してバカにされてた

話すのがとても嫌になった。いっそうのこと、話せなくなればいいと思った

声が出なければ、話さなくていいのではないかと、そう思った。

気が付けば、声が出なくなっていた

話さなくていい。

それがとても楽だった。馬鹿にしてた子も、からかってた子も、みんな気まずそうに離れていった

どうしても話がしたい。とか、筆談でも良い。とか、そう思ってくれた人だけが近くへ来てくれる

話さなくても良いことで、とても気持ちが楽になった。

とても楽だけど、ほんの少し、寂しくなった



気が付いたら、異世界に来ていた

最初から声が出ないからか、そういう子だとして受け入れられた。

ここでは筆談すらままならなくて、自分からなにか伝えることがとても難しくなった

幸い友人には恵まれて、ジェスチャーとたどたどしい筆談にも付き合ってくれる

でもほんの少し、ちゃんと話がしてみたいなんて、そんな気持ちも出てきた。

それは多分きっと、彼らは確かに人をよく煽ったりするタイプのちょっとばかし性格が良くない人達だけど

話せないことを哀れんだり、馬鹿にしてきたことは1度もないからだと思う

みんなと、ちゃんと話がしてみたい

そうやって口を開いてみるのだけど、やっぱり自分の口からは息の漏れる音しか聞こえないのだ



☆☆☆
今回の愉快なお友達

グリム
ジェスチャーゲーム100点満点。オレサマが親分だから当然なんだゾ!
結構口煩いと思っている。ので、たまにわざと無視する

エース
勘がいいのでジェスチャーゲーム80点。え?なに、監督生。とこまめに意見を聞いて代弁してやる。けど、都合の悪いことは見なかったフリする。…ん、なんか食ってる系?…タルト…?あー…知らねぇ!

デュース
ジェスチャーゲーム20点。真面目に聞いてやりたいのだが、天然コントになる。伝わらない。
ゆっくり筆談でのお話を待ってくれる。お前、字が綺麗だな。
たまにつられてデュースも筆談する。耳は聞こえてるんやで

レオナ
流石の王子、色んな国の言語や手話もお手の物。異世界も手話が通じることにちょっと驚き。
青臭いガキの青春の気配を感じ取ったのでほんのちょっぴり助言した。
手話が通じると分かってから、お昼寝している横にそわそわして起きるのを待つ監督生が居ることがある。
まぁ静かで害がないので多少付き合ってやる

フロイド
なんかアイツら通じあってね?ずるくね?って思ってた。
小エビちゃん、一生懸命伝えようとしてるのかぁいいねぇ…でもオレちゃんとお話したぁいと一念発起
当然のように授業サボったのであとでバチくそ怒られたけど、手話関係のレポート強制させられ単位は貰えた。異世界人のメンタルケアに必要ってことで今回は大目に見て貰えた。
ラウンジはいつの間にか休み調整がされていた。今月休み無しになってんだけど…げぇ…







ピースを揃えて鉤爪のようにクイックイッと動かす手話
→エビ

最後の手話
→好き



[ 411/554 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -