疲れた時には甘いもの3

仕事も終わり、閑散としたモストロラウンジ。分厚いガラス越しに見える海は暗く、薄暗い照明もあってまるで海底にいるかの様に錯覚させる

「ショーなんて気軽に言うけどさぁ、結構難しいんだよなぁ」

厳かにも思われる空間にそぐわない呑気な声がキッチンから響いた

ハルトはパンケーキのレシピと使う道具を確認しつつ並べていく。

彼のユニーク魔法は道具を使い魔の様に使役できる、というものだ。

一見便利そうな魔法だが、気をつけなれけばならない点は多い

例えば、ユニーク魔法を使用中に、もう一度ほかの道具にユニーク魔法をかけることは出来ない。

ホウキとモップを使役しながら雑巾だけ後から追加でユニーク魔法をかける、といった芸当は出来ない

あとは、道具は自身がもつ役割しか行えない。箒は掃く、モップは拭くといった動作しか出来ないし、当然だが掃除道具で料理も洗濯も不可能だ

まぁ、相手にぶつけて武器の代わりにするくらいなら出来なくはないが。

ハルトが1番気を使うのは、道具達のご機嫌取りだ。

使い魔の様に使役出来るということは、道具に簡単な意志を持たせる事と同じだ。気に入らないことがあれば仕事をしないどころか、反乱が起こる可能性がある

というより、ユニーク魔法を手に入れたばかりの時に1度やらかして痛い目をみた

自分のユニーク魔法にボコボコにされるとは流石に予想外で、魔法を解除するのも忘れて道具達にリンチにされたのだ

それ以来、ハルトは自分の使役する道具達を「お嬢さん」と呼び、レディーに接する様に「お伺い」を立てる様にしている。

「『お嬢さん 鐘が鳴るまで 俺と1曲踊って下さいな シンデレラ・タイム』」

ユニーク魔法の詠唱を唱え、調理道具達に仮初の命を与える

「さてお嬢さん方、ショーの練習にお付き合い下さいな。今回はパンケーキを作りますよ」

頑張り屋さんな計量カップが指揮をとるつもりらしい。張り切ってレシピを読み込む仕草を見せる。

仕事が多いと察したか逃げ出そうとしている秤を泡立て器が止める

掃除道具達は良く使役する為、細かく指示をせずともそれぞれの役目を果たしてくれるが、あまり使役されたことの無い調理器具たちはまだハルトの指示が入りずらい

魔法なのにこういう所は妙に現実的なのだ。彼らは言うなれば初めて現場に来たばかりの新入社員。

初めから全て上手くはいかない。気長に練習しないと

「あー、待って待ってお嬢さん方…俺が不慣れだから仕方ないんだけど、順番に手順を説明するから!!」

喧嘩しだした道具たちを仲裁する

「ねぇ、まだぁ?待ちくたびれたんだけどぉ」

道具を準備し始めたあたりから適当な椅子を引きずってきて、ショーの開催を待っているフロイドが間延びした声で野次を飛ばす

「フフフフ、急かしてはいけませんよ、フロイド。彼も頑張っているのですから」

その隣で今日の帳簿を確認していたジェイドが笑う

「お嬢さん達の説得で忙しいからちょっと黙ってて」

ハルトがレシピ片手に調理器具を整列させる

「ハルトのユニーク魔法って、パッと命令して終わりじゃねーんだね。レシピ見せてこのとーりに作ってーとか出来ないんだ」

思ったよりめんどくせーとフロイドが誰に言うでもなく口にすると、調理器具達がフロイドの方を向く

「あ、まずいぞ…」

ハルトがそっと身を引く

「そういえば、そうですね。見ていると思ったより知能が高いわけではないんですね」

ジェイドがそう言い終わるかどうかという時に、計量カップがぴょんと跳ねた

ハルトにはわかる。あれは「みんな!やっつけろ!かかれー!!」の合図だ

言外に馬鹿だと罵られたと判断した調理器具達がフロイドとジェイドの方へと飛び出す

フロイドとジェイドの悲鳴があがるのと、ハルトがキッチンの下へ身を隠したのはほぼ同時だった



「何をしているんですか、あなた達」

アズールが何やらガシャンガシャンと騒がしいモストロラウンジのキッチンを見に来てみれば、フロイドがパンケーキを量産していた

ジェイドがその工程を細かく説明し、シンクに並んだ調理用具がうんうんと頷くように時折傾いている

「あ、アズール。お前が勝手に企画したショーの練習してるとこ」

ハルトはちょっと嫌味っぽくそういうが、アズールは一切気にとめない。

「…フロイドがパンケーキを焼いているだけのように見えますが…」

「まずは手順を見て覚えてもらってぇ、それから実践すんの」

「ふふ、大方掴めましたね?そろそろ作ってみましょうか」

案外積極的に手伝っている様子の双子に、アズールは心底不思議そうにする。

ジェイドとフロイドがわざわざ対価もなしに教えてやっている姿も珍しいが、何故かちょっぴり衣類や髪が乱れていたり、引っ掻かれたような傷があるのも気になる

「先に言っとくけど、お嬢さん方はパンケーキを焼くのが初めてなんだから、余計なこと言うなよ」

「おや、命令すれば何でもこなせるわけでは無いんですね」

アズールの言葉に、フロイドとジェイドがニンマリと笑う。

道具達が「処す?処す?」「これ馬鹿にされてる?処す?」と顔を見合わせるような仕草をするのを見て、フロイドは

「ねぇねぇ小魚ちゃんたち、1回絞めた方がいいんじゃない?最初が肝心だよ?ねぇ、ジェイドォ」

と嗾ける。

「ふふふ、フロイドの言う通り。皆さんの優秀さを教えて差し上げたほうがよろしいのでは?」

とジェイドもそれに倣うものだから、ハルトはまたそっと隠れる準備をする

アズールは、フロイドからハルトのユニーク魔法を聞いた際に「無機物をイソギンチャク奴隷共の様にキビキビ働かさせることの出来る魔法」だと認識していた

だが実際はそう甘くなく、事前の教育が必要だし、ある程度の監視と適切な指示も必要となるようだ。

「思ったより扱いづらいユニーク魔法だな」

と独り言のようにボソリと零したのが決め手だった。

計量カップが「かかれー!」とばかりにぴょいんと跳ねて号令をかける

調理器具達が一斉にアズールへと襲いかかる

双子の爆笑とアズールの悲鳴を聞きながら、ハルトは先程のように素早く身を隠した



「ふふん、僕の手にかかればこれくらい、大したことありませんね。」

アズールはご機嫌で調理道具達に囲まれていた。

リンチされた後なので普段より髪や衣類が多少乱れてはいるが、イケメンぶりが変わらないのが憎らしい

お嬢さん方はすっかりアズールのカリスマ性の虜となりやんややんやともてはやしている

「あー、腹立つけど教えんの上手いよね…」

ハルトはお嬢さん方に振られてしまい、ちょっぴり苦笑いする

さすが若きラウンジの経営者のタコと主戦力のウツボ2匹。

彼らが揃ってからあっという間に、パンケーキどころかモストロラウンジで提供するスイーツの殆どをお嬢さん方に教えこんでしまった

「これでショーの開催に問題はありませんね!」

「あー、いい顔しちゃってまぁ…」

ハルトはニヤニヤ笑う双子の間でアズールの生き生きとした顔を眺める

つか俺の両隣に立たないでくれる?足の長さと腰の位置で死にたくなるじゃんね。

「ところで、なんでスイーツ?もっとこう、メニュー全般やらされるもんかと思ってたけど」

ハルトがそう不思議そうに首を傾げると

「だってあなた、」

甘いもの、好きでしょう?

そうアズールは当然のように答える。ハルトは天を仰いでため息を吐く

「あー、お嬢さん方じゃないけど、絆されそうだわ…」

「えぇえぇ、しっかり絆されて下さい。」

そしてガッツリ稼ぎなさい

ニンマリと笑ったアズールを見て、ハルトも肩を竦めて笑う

「はい、支配人。しっかり働かせていただきますよ」

「よろしい」

余談であるが、大量のパンケーキとスイーツ類は次の日の賄いに提供された

スイーツ限定でラギーと並ぶほどの食欲を見せ、フードファイトが企画されるのはまた別の話


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