大エビちゃんが可愛いって話
監督生は背の高い女の子だった。本人にとってこれはとってもとっても大きなコンプレックスだ
まず、背が高いってだけで女に見られない。恋愛対象から外され、男扱いをされる。
背が高くとも力が男並みにある訳では無い。なのに、小柄な女の子が荷物運びをしているとすっと手伝ってくれる男子にすらスルーされる
手伝ってと声をかけても、快く応じてもらえることはほぼ無かった。
「お前なら1人で大丈夫だろ?」と大抵は返って来た。
背が高い方が腰を痛めやすいって知らないのか。とか、私だって女の子なのに…とかそんな文句は可愛くない女の負け犬の遠吠えみたいな気がして黙り込んだ
私は強い女ですから、というスタンスで澄ました顔をしていることが上手くなった
高いところのものが取れないよーなんて背伸びをして、自分より背の高い子にお願いして取ってもらう、なんてことも無い。
いいよね、あのシュチュエーション。自分より背の高い男の子に後ろからひょいって取ってもらうのカッコイイよね。
やったことはあるよ、何回も。
背の低い友達が「いちいち足台を持ってこなくていいから羨ましい」なんて言ったが、すぐに助けが来るから足台を持って移動しているのなんて見たことがない。
監督生は「私は小さなあなたが羨ましい」なんて言葉を飲み込んだ。
立っているだけで威圧的に見られたり、目立つ為か目の敵にされイジメの標的になったこともあった。
話したことも無い女の子に「いつも見下して感じ悪い…」等と文句を言われ、目眩がした。毎回しゃがんで話せというのか。
監督性にとって1番辛いのは、可愛い服や靴を身に纏うことが出来ないことだ
可愛いデザインの服も靴も小柄な人用ばかりでサイズが無い。仮にサイズがあったとしても、可愛い女の子らしい服を着ると女装扱いをされる。
ついこの前だって、エース達と海に行くことになって、麓の街まで可愛いサンダルを買いに行ったことがある
その時の屈辱と悲しみは忘れられない。
まず、試しに履こうとした可愛いサンダルは、幅が足りなかった。小指一つ分狭い。そして飛び出る踵。
仮に履けたとして、本来なら足首にパチンと止めるオシャレなベルトがあったのだが、足首の位置まで届かなかった。そんなことある?
見ていた店員さんが笑顔で
「良ければ大きいサイズをお持ちしましょうか?」
と声をかけてくれた。一筋の希望の光が差したかのように思えた
「あの、これ、Lサイズなんですけも、もうひとつ大きなサイズってありますか…?」
そう伝えた瞬間、店員さんの眉が下がった。希望なんてなかった
「あ、その、当店で1番大きなサイズです…すみません」
「あ、いえ、いいんです、すみません…」
結局買ったのは、エース達とお揃いの男物のサンダルだった。足のサイズ、同じだってよ…
シンデレラのお姉さんだって、足の指か踵のどちらかを切り落とせば靴を履くことが出来たのに、私の場合は指も踵も削らなければならないのか…
監督生は絶望した。そして諦めた。
私に、「可愛い」は無理なんだ
背の高い私なんて大っ嫌いだ!!
「小エビちゃんは小さくて可愛いね」
フロイド・リーチは蕩けた目でそう笑う。
彼は191cmという長身の持ち主で、人魚の姿に戻ればもっと大きい。そんな彼から見れば、監督生どころか大半の人間は小人に見えるだろう
監督生は期待しない。今この学園にいる女の子は自分だけ。だから小さな女の子って部類に入れてもらっている
だけど、フロイドが1歩この学園を出たら、もっと可愛い「小エビちゃん」が沢山いるのだ
ふわふわクラゲのようなスカートが似合って、熱帯魚のように色鮮やかな靴を履いて、小魚達のように軽やかに歩く可愛い女の子たちを見れば、目の前の「大エビちゃん」なんてあっという間に忘れる
監督生はフロイドが「小さいね」「可愛いね」と言う度に
「私は背が高いし、可愛くないですよ」
と笑ってみせる
期待しなければ、傷つかないのだから
「ねぇジェイド。小エビちゃんさぁ、女の子扱いすると変な顔すんだよねぇ。」
なんでだと思う?と制服から寮服へ着替えながら、フロイドが問う
これからラウンジでの仕事があるのだ。
小エビちゃんと一緒のシフトの日だからサボる気分じゃねーの。女の子は色々と入用だから働かなきゃなんだって
入用って、大半はアザラシちゃんの餌代でしょ。多分
フロイドはバサリと適当にベッドの上に制服を脱ぎ捨てていく
ジェイドがシワになりますよ、と窘めると、渋々ハンガーに掛けた。めんどくせぇけど、後でアズールにグチグチ言われるよりマシだわ
ジェイドもしゅるりとネクタイを外しきちんと備え付けのクローゼットに片付けながら
「彼女曰く、背の高い女性は可愛いらしくないそうですね」
と答える。陸では「背の高さ」が異性の魅力の1つになるらしい。種族ごとに尾びれの形も体格も体長も全く違う人魚にはピンと来ない話だ
「ジェイドは小エビちゃんのこと、可愛くねぇって思う?」
せっかく可愛い女の子なんだから、専用の給仕服でも作ってもらえばいいのにとフロイドは呟くように言う
実際アズールは集客目的で可愛らしい給仕服を提案したが断られたそうだ。現在、監督生は予備の寮服を借りて働いている
「ボク個人の感想としては、可愛らしい方だと思いますよ」
少し前、棚の上の茶葉を取り出そうとして背伸びして苦戦している監督生を見かけたことがある。
この学園の生徒であれば魔法を使って自分を浮かすなり荷物を下ろすなり出来るので、足台なんて気の利いたものは置いていない
まぁ、ジェイドの場合は魔法すら必要なく手が届くので、背伸びする彼女の後ろから茶葉を取ってやったのだ
全くの無自覚だが、女子憧れのシュチュエーションである。
背後から伸びた手が茶葉の缶を取ってくれると同時に、監督生は
「ぴょぇ」
と謎の奇声を発して顔を赤くし飛び退いた。なんですかその鳴き声。
目を丸くするジェイドに
「あ、ありがとう…ございます…」
と蚊の鳴くような声でお礼を言って、両手で茶葉の入った缶を受け取る
特に陸のメスなんて興味のなかったジェイドだが、慣れない女性扱いを恥ずかしがり涙目で見上げてくる姿はちょっと可愛いなと思った。
メスとしては背が高いのだろうが、茶葉を受け取った手は自分の手より骨張っていないし柔らかそうで、やはりオスとは違う
「頭に落として、怪我でもしたら大変です。誰でもいいのでひと声掛けてくださいね」
そう声をかけて軽く乱れた髪をすいてやれば
「はい…」
と耳まで真っ赤にしてはにかむ。そんな顔もできたのかと、何故か関心すると同時に少しこのメスに庇護欲が湧いた
普段のつんと澄ましていたり、男子に混じってバカ騒ぎしたりモンスターを追い回している姿とは全く違う一面がとても愛らしく見えた
「ふふふ、慣れていないだけで、本当は女性扱いが嬉しいのでしょうね」
「ふーん…ねぇジェイドー、小エビちゃんさぁ、いっつも男もんの靴履いてんじゃん。かわいい靴買ってあげたら喜ぶと思う?」
「ええ、きっと喜びますよ、フロイド。せっかくなら、全身コーデして差しあげたらいかがですか?」
「あはぁ♪いいねぇ、それ」
フロイドはご機嫌に笑ってコロンをひとふりする。甘い甘ーいキャンディみたいな香り
小エビちゃんがいい匂いですねって笑ってくれた、最近のお気に入り
「確かさぁ、輝石の国に靴の専門店あったよねぇ」
「あぁ、あそこなら確かにピッタリだ。小人から巨人の靴まで、がコンセプトでしたものね」
「ちょうどオレも欲しいやつあったし…アズールにボーナス前借りしよっかな」
「ふふふ、経費で良いのでは?」
「え?流石に無理じゃない?」
「唯一の女性スタッフがオシャレをして接客すれば、集客に繋がります」
「いいねぇ!小エビちゃんに変な気を起こす奴はオレらが絞めてやればいいし」
「ふふ、きっと監督生さんは顔を真っ赤にして喜びますよ」
特に貴方からの贈り物ならね、とジェイドは歯を見せてニッコリと笑った
「んっふふ、やっぱかわいいじゃん。」
満足気なフロイドの視線の先で、監督生は真っ赤な頬でそわそわとスカートの裾を弄っている
朝イチにオンボロ寮に乗り込んできたフロイドにあれよあれよという間にお化粧とヘアメイクを施され(これねぇ、ベタちゃん先輩から小エビちゃんに似合うやつちゃんと聞いてきたんだよォ。ねぇ、オレえらいでしょ?褒めていいよォ)
マジカルペンの一振で着替えさせられる(この服はねぇ、とりあえずお出かけ用だから。これもプレゼントするけど、ちゃんとしたのはこれから買いに行くからねぇ。あ、この服はハナダイ君のオススメ。結構センスいいよねぇ)
椅子にストンと座らせた監督生の前に跪いて恭しく足をとり、すっと履かせたのはヒールのついたスニーカーだった(カニちゃんから聞いたんだけど、小エビちゃん可愛いサンダル欲しかったんだよね。輝石の国にいい靴屋さんあるの。これもそこから取り寄せたんだよぉ)
「今日はいっぱい歩くからスニーカーね。可愛いサンダル買おうね」
とろんと蕩けそうな優しい笑み。
いつもの気まぐれで他人を絞めあげる男とは別人のような、穏やかな男の表情に、監督生は顔を上げることが出来ない
「でも、だって、私、」
なにか言葉にしたくって、でも言葉にならずに喉に詰まる
憧れの可愛い服だ。羨んでた可愛い姿。欲しかった可愛い靴。
でもきっと変だよ。背の高い私、可愛くない私、女の子らしくない私
私私私私私私私私私私私私私私
大っ嫌いな私。全部似合ってない私。
「小エビちゃん、可愛いねぇ」
「…可愛く、無いです」
「なんで?オレが可愛いって言ってんのに、信じられねぇの?オレが嘘つきだって言うの?」
フロイドの声色が低くなる。
それでも違反者に対するよりかはずっと穏やかで、わがままを言う子供を窘めるような喋り方だった
長身を屈めて、自分より小柄な監督生を覗き込み、視線を合わせる
「あの、その」
「小エビちゃんは可愛いよ。シフォンのスカートが尾鰭みたいですっごく似合ってる。超可愛い。人魚姫みたい」
「あ、あ、」
「可愛いよ、小エビちゃん。他のどの女の子より可愛い」
監督生は思わずフロイドを見つめる。
潤んだ瞳、赤い頬、薄く開いた唇、艶やかな髪
可愛いねって言うと、戸惑いがちに微笑んで、強がるように唇を噛む
そんないじらしい姿も、変に頑固で面倒くさい所も
「全部ぜぇんぶ可愛いよ。オレの小エビちゃん」
フロイドが手を引く。魔法にかけられ操られるように、吸い込まれるようにフロイドの腕の中に収まる
「背が高いの気にしてぇ、本当は女の子らしく扱って欲しいのに言えなくってぇ、いっぱい可愛いって言われたい小エビちゃん」
今日は聞き飽きるくらい可愛いって言ってあげるからねぇ。とフロイドは目を細めて、少し解れた髪を耳にかけてやる
耳まで真っ赤で火傷しそうなくらい熱いの。可愛い
「あ、あの」
「何?まだ納得できない?文句あるの?」
フロイドがちょっとムッとして唇を尖らせる
そんなことに気付かず、監督生は真っ赤な頬で
「その…わかったので…もう、勘弁してください…」
と蚊の鳴くような小さな小さな声で言った
掠れた声がちょっとエロいと思ったのは思春期の男の子の秘密。
遂に否定じゃない言葉を引き出した驚きと喜びで硬直すること数秒
「………あっはぁ♪」
フロイド・リーチ、頑固で頑なに「可愛い」を受け取らなかった小エビちゃんに脈アリの気配を察知しました!クソかわ!
「今日は絶対楽しいデートにするからね、小エビちゃん!可愛い小エビちゃんを見せびらかしに行こうね!!」
フロイドはご機嫌に小エビの手を引いて歩き始める
目撃者ケイトが2人の写真をマジカメに上げ、あのフロイドとデートする滅茶苦茶可愛い子は誰だと話題になるのはもう少し先の話
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[mokuji]
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