疲れた時には甘いもの

モストロラウンジのキッチンにて、ハルトはご機嫌で鼻歌を歌っていた

輝石の国の巨大シュークリームが届いたのだ。お取り寄せで送料抜き1個800マドル

キャベツ程の大きさと見た目からその名も「輝石のキャベツ」

ハルトの故郷のケーキ屋さん限定の商品だ。

クルーウェルに頼まれレーズンバターサンドを予約したついでに奢って貰えた。

人のマドルで食うものがいちばん美味い

今日も今日とてモストロラウンジで働き、戸締りも済ませたし、寮生もとっとと帰らせた

鍵閉め当番の日はお楽しみ、自分一人のご褒美タイムだ

「やっぱ夜には甘いもの♪1人で食う背徳の味♪」

ルンルンステップを踏みながら、冷蔵庫に向けてマジカルペンを一振。ご丁寧に隠蔽魔法まで掛けて隠しておいたシュークリームの入った箱がお目見えだ

「『お嬢さん 鐘が鳴るまで 俺と1曲踊って下さいな シンデレラ・タイム』さぁお嬢さん方、いつもの様にダンスホールをピカピカにして下さいな」

証拠隠滅も兼ねてユニーク魔法を唱えて使い魔のように使役された掃除道具達に指示を出す

踊るように床を綺麗にしていくモップと箒を軽く飛び越え、キッチンから出てきて誰もいないカウンター席を陣取る

「んっふふー♪久しぶりの「輝石のキャベツ」!!」

ハルトは適当な椅子に腰掛け、箱から取り出した巨大シュークリームを色んな角度から眺める

大っきいはハッピーだ。それがリーズナブルで美味しいとしたらもう最高…

動くことの無いシュークリームをたっぷり観察し、その大きさを堪能することしばし

さぁいよいよだと両手で掴んで、遠慮なく大口を開けて食べ

…ようとした瞬間にモストロラウンジの入口が開いた

「……。」

間抜けに大口を開けるハルトと見つめ合うヘテロクロミアが数度瞬く

「…おやおや、すみません。」

2m近い長身の男…ジェイド・リーチが全く申し訳なさそうではなさそうに、にっこりと笑った。

ハルトは渋い顔をしてゆっくりと口を閉ざし、そっとシュークリームを箱に戻す

自分の取り分が減ることを予感したのだ。

実はいうと、ジェイドはハルトの鍵閉め当番の日を(正式にはハルトだけでなく全員の勤務も当番も全て)把握している。

以前甘いものをご馳走になったのと、定期的に仕事終わりに甘いものを食べている発言をしていたのを覚えていた。

前回のオーブンで焼いたメロンパンinアイスに味をしめたジェイドは、もしやと思いモストロラウンジを訪れたのだ

すると見事、大当たり。

彼の愛する甘いものはローコストでちょっぴりジャンキーだ。メロンパンinアイスをモストロラウンジで提供した所、大盛況だった

ジェイドはつかつかとハルトの方へと歩み寄る。

ちょっぴりバツの悪そうな顔に、フフフと微笑んでみせた。

「そう怯えないで。別にあなたを取って食おうとは思いませんよ」

「ははは…笑っていいんですよね、それ」

「ええ、もちろん。」

ジェイドはハルトのすぐ隣で立ち止まった。

机の上に置かれたシュークリームの入ったシンプルな白い箱の、近くにあったベージュの安っぽいコピー用紙が気になり、スッと手を伸ばす

どうやらハルトが食べようとしている巨大シュークリームの食べ方の説明書のようだ

ハルトが未だ渋い顔をしているのを横目に見つつ(ちょっとブサイクで噴き出しそうになった)説明書に目を通す

1人で食べないでね
包丁で切るのはマナー違反ですよ
2〜3人で、フォークやスプーンで崩しながら食べましょう
美味しい紅茶やコーヒーをお供に楽しみましょう

そんな文章が丸っこい字で書かれている

ジェイドはハルトを見下ろし

「紅茶、いれましょうか?」

と微笑んだ。一人で食べるのはNGと書いてありますよハルトさん。と無言の圧をかける

こんな美味しそうなもの、一人で食べるなんてズルいですよ。とウツボは微笑みを崩さないまま双眸を細めた

ハルトはそんなジェイドを見上げ、ぐぬぬぬぬと唸って3秒程思案する

ズルいもクソも、クルーウェルの依頼をこなして手に入れた報酬なのだから、独り占めしても一切問題はないはずなのだが…

ジェイドの表面上穏やかな笑みに、ハルトはぎゅっと顔を皺だらけにして

「…お願いします」

と絞り出すように言った。

ここはオクタヴィネル寮、見られたからにはタダでは済まないのだ。正義は強いものにある。

シュークリームを未練タラタラで差し出すハルトの顔があまりにブサイクだったので、ジェイドは珍しく腹を抱えて大声で笑った



「おやおや」

ちょっといい茶葉を使って紅茶をいれてきたジェイドは目を丸くする

てっきり1つのシュークリームを2人で分けるのかと思っていたのに、ジェイドの前にはハルトと同じく巨大シュークリームが置かれていた

箱ごとデーンと鎮座している豪快さよ

「明日の分だったんだけど、まぁ、仕方がないですからねぇー。」

あ、皿洗うの面倒だし、箱を開いて皿替わりにして食べてよ。とハルトはまたシュークリームを両手で持つ

頑なに丸々ひとつ齧りついて食べたいらしい。

まぁその気持ちはジェイドも健全な男の子なので大いにわかる。

この馬鹿でかいシュークリーム。中には甘くて美味しいクリームがたっぷり入っているはずだ。例え後で胃もたれすると分かっていても食べ切りたい。

大きいはロマン、大きいは夢だ。今度フロイドとバケツプリンならぬ大釜プリンを作る時に呼んでやろうとジェイドは心に決めた。

とりあえず渡されたスプーンとフォークを見つめることしばし。ジェイドはフォークを手にして、シュークリームのてっぺんから崩すことにしたようだ

「さて、いただきま…」

「いただきま…」

ハルトとジェイドの言葉が同時に止まる

またモストロラウンジの扉が開いたのだ。割と勢いよく、ビターン!!と音を立てて

「あぁ、またなんかうまそーなもん食べようとしてるぅ」

「…またあなたですか、ハルトさん…夜に高カロリーなものばかり食べる…」

ジェイドを探しに来たのかたまたまなのか…フロイドとアズールがつかつかと靴を鳴らして歩いてくる。

ジェイドがちょっと期待してハルトを見ると、先程のようなブサイク顔になっていたのでツボって盛大に笑った

あぁ、僕このヒトのこの顔好きです。

あまりの破裂音(ジェイドの笑い声)にアズールが顔を顰め、フロイドがニンマリ笑いつつハルトに近付く

鋭い歯がきらりと光る

「ぴえぇん、取り立て顔じゃん…」

「いいなぁ、いいなぁ、ジェイドだけズルいなぁ。オレも欲しいなぁ」

「うぅ…」

「オレ今日めっちゃ頑張ったのになぁ。ジェイドだけ羨ましいなぁー」

フロイドが子供のようにハルトにそう言って、甘えるように寄り掛かる

長い腕をハルトの首に回し、独特なねっとりとした話し方でいいなぁ…と繰り返す

これ、シュークリーム渡すまで解放して貰えないよねぇ…とハルトはチベスナ顔になる

世の中、諦めと思い切りが肝心なのだ。

「…フロイド君も食べます?」

「えぇ?いいのぉ?ありがとぉ!!」

にーっこりと微笑まれ、ハルトはすごく小さな声で

「明後日と明明後日の分…」

と呟いた

「いやあなた毎日1個ずつ食べる気だったんですか?」

思わずジェイドがそういうと、アズールがこの世のものではないものを見る目でハルトを見た



それぞれの前に紅茶と巨大シュークリームが置かれる

「うわぁ、でっけぇ!マジで1人1個食べていいの?」

「ここまで来たら1人1個食うに決まってんでしょ!」

ハルトは半ばヤケだった。

だってジェイドと自分が丸々ひとつシュークリーム食べるくせに、フロイドとアズールは半分こね!なんてケチ臭いことが言えるかってんだ

まぁクルーウェル先生の奢りだし、恨み言は言いっこなし!!

アズールはいやカロリーオーバーなんだが?と思ったが、ハルトの漢気を台無しにしたくないので黙っていた

あと、その場に居合わせただけなのに自分の分も当然のように用意してくれたのがちょっぴり申し訳ないので、今度良いアイスを奢ってやろうと心に決めた。

「じゃあ、ようやく…いただきまーす!」

ハルトとフロイドはシュークリームを両手で持ってガブリと歯を突き立て、アズールとジェイドはフォークで上部から崩してクリームと絡めて口へと運ぶ

「うっま!!!」

全員のうっま!!!が被った。「うっま!!!カルテット」だ。

甘さ控えめなカスタードクリームとぱりぱり食感でちょっぴり塩味のある生地とのバランスが絶妙で美味しい。

唇についた粉砂糖をペロリと舐めとって、ハルトはうっとりと目を細める

「あー、やっぱコレだわ…」

「とても美味しいです。今度予約する際、マドルを払うので一緒に注文して頂いても?」

「あ、ジェイドずりぃ!オレもオレも!」

「はいはい、わかったよ」

ハルトはもう一口シュークリームを頬張る

はぁ、美味い。幸せ…

「ふむ、ハルトさん、どこのお店か教えて頂いても?」

アズールが何やら思案してからハルトにそう尋ねる。

「あぁ!アズール、またなんか思いついたー?」

「おやおや」

ウツボ2匹がにやりと笑う

ハルトはそう言えばユニーク魔法解除してなかったなぁとぼんやり考える。

張り切っているモップや箒のお嬢さん方は、キッチンを飛び出しフロアまで掃除し始めていた



☆☆☆
アズール「輝石のキャベツ、モストロラウンジと期間限定コラボですよ!こちらは映えも重視して海の生き物型のチョコが添えられます。あと味変用の「魔法の調味料」もサイエンス部と共同開発に成功しました!」

ハルト「うーん、優秀…」

ジェイド「と、言うわけで、アイデア提供のお礼にモストロラウンジコラボ輝石のキャベツと大釜プリンです」

「大釜プリン?!」

フロイド「俺とアズールから、お高いアイスのファミリーパックだよぉ」

「え…うわまじ高いアイス…ハッピーじゃん…みんなで食べよぉ」

ジェイド「紅茶いれますね」

アズール「あ、ストレートでお願いします」

フロイド「プリンにシュークリームとアイストッピングしちゃおー!」


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