人の恋路を邪魔するやつは

フロイド・リーチは他人がどうなろうが自分が面白ければどうでもいいと思っているタイプだし、他人の地雷の上でタップダンスどころかブレイクダンスして大笑いするようなタイプだ

しかし今回だけはちょっぴり冷や汗と引き攣った笑みを浮かべ、片割れにヘルプコールを送っていた。

この際魔法でも兄弟特有の謎のテレパシーでもなんでもいいから、さっさとあの目障りなメスをアズールから遠ざけて欲しかった

アズールがよく座っている店内が見渡せるカウンター席、そこには今、アズールの恋人が腰掛けている

フロイドはカウンターの中からその恋人、ハルトと楽しーくお喋りをしていたのだが、先程からどうも空気が宜しくない

アズールの恋人は馬の獣人だ。サバナクロー寮の中で1番穏やかでいつも微笑みを浮かべる大人しい草食動物。

そんな彼の穏やかな笑みは先程から崩れることなく一切変わらないのだが、周りの温度が明らか下がっている。

サバナクロー寮の中でもかなーり温厚なハルトが声を荒らげる所なんて1度も見た事がないが、これはかなーりマズイ状況だとフロイドの本能が告げている

目が全く笑ってねぇんだもん!草食動物のくせにくっそ怖い!!

ジェイドー!こっちは俺が何とか気を逸らしてるんだから、さっさとアズールどうにかしろよ!とフロイドは目で訴える

そんなフロイドのラブコールに何となく気が付きつつ、他人の地雷の上でタップダンスどころか正座して落語を1席弁ずるタイプのジェイドはいつもの様に口元を隠して笑う

いやいや、こんな面白い状況、逃したくないんですけど?

ウツボの実はやばい方。穏やかに見せて物騒な方。全てを欲しいままにするジェイドは鋭い歯をちらりと見せつつ

「おやおや」

といつもの様に呟いてみせるのだ



事の始まりは30分程前だ

今日は一般開放日…学外からのお客様を招く日だ。

モストロラウンジは大盛況。かの有名なナイトレイブンカレッジの生徒とお近付きになりたい乙女たちの予約がいっぱいだ

隙あらば連絡先を聞き出そうと乙女達は注文の間に声をかけるが、ここはあくまで紳士達の社交場。出会い系でもホストでもないので全てお断りする決まりだ

それでも逞しい女子たちは口説いてみたりわざと躓いて注意を引いてみたりと大忙し

ナイトレイブンカレッジの生徒で、寮長で、若くしてモストロラウンジを立ち上げた支配人はそれはそれはモテる。

(性格はともかく)見た目はとっても穏やかで笑顔の眩しい好青年。肉食動物と化した乙女が放っておくはずがない

これみよがしにアピールしたり縋り付いたり、大変健気でよろしいことだ

そんな滑稽な様子をウツボの気紛れな方とハルトはニコニコと眺めていた

「陸のメスってやべぇね。アズールモテモテじゃん」

アシカちゃん、嫉妬しねぇの?とフロイドは厭らしく顔をゆがめて笑ってみせる

「ボクのアズールがカッコイイって証明されているようなもんだから、そう嫉妬しないかな」

ハルトはちらりとこちらを見たアズールに小さく手を振る。

アズールも客へ向けるのとは違う柔らかい笑みを浮かべるものだから、女子達のハートは儚く砕け散った

何その甘い顔…私たち、何を見せられてるの?脈ナシもいいところじゃない…。そんな心の声が聞こえるようで、フロイドはゲラゲラ声を上げ笑う

「アシカちゃん、性格悪ーい!」

「やだなぁ、「人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえ」って言葉がボクの故郷にはあるんだよ」

「アシカちゃん、馬だもんねぇ」

「馬だからねぇ」

モッテモテのアズールを愛おしそうに眺めるハルトには本当に嫉妬心がないようで、フロイドは少し感心する

「正妻の余裕ってやつぅ?」

「んっふふ、正妻。そうかもね。だってアズールがボク以外選ぶわけないんだもん」

フロイドと話をしつつも、ハルトの頭の上の耳はずっとアズールの方へ向けられている。

ハルトはまたアズールがこちらを向いたので投げキッスを送った

ウインクつきで、とっても可愛いやつ。あざといポーズ付き。

アズールはオキャクサマが執拗い時に、恋人がいますのでアピールをしてくるのだ。

ボクがあんな有像無像のメス群れになんか心を乱されて嫉妬しないって分かりきってて利用する。ずるいタコちゃん。なんて、ハルトはご機嫌にしっぽを揺らす

アズールは投げられたハートを受け取り、口に入れて飲み込む仕草をした

イタズラをした子供のように目を細めてふふっと含み笑いを1つ。そういう仕草がまた格好良くって、ハルトは耳を横へ向けヒラリと手を振った

またそうやって乙女のハートを弄んで散らす

「ひゅー!見せ付けてやんの。アズールとアシカちゃんのえっちー」

「好きで見せつけてるわけじゃないんだけどなぁ」

ハートを散らされる乙女にほんのちょっぴり同情するが、恋人がいるとわかるや身を引く潔さはとても好ましい

そして散らした恋を大量のスイーツで慰めて、大金を落として元気に帰ってくれるので結局結構いい客なのだ。ぜひまたのご来店を

なーんて、正妻または恋人は余裕綽々と考えていたのだけれども

「そういう事は一切お断りしております。他のお客様のご迷惑になりますのでお引取りを」

アズールの苛立ちを押し殺した笑みと絞り出すような言葉

1匹の執拗いメスが、ずっとアズールにへばりついている

ずっとアズールの方へ向いてきたハルトの耳が後ろへと倒れると、フロイドはげっと顔を歪めた

どれだけ断っても帰るように促してもでもでもだってと言い続けて、執拗にアズールの恋人にしてくれと迫っているメスに、ハルトの目のハイライトが消えていく

これがいつものモストロラウンジならば相手は男子生徒なので力づくで叩きのめして追い出すところだ

しかし今回は一般客でメスの人間。無理矢理追い出せばどんな噂が立つか…

先程まで口説かれるアズールをいっそ誇らしげに見ていたハルトだが、自分の恋人に纒わり付くメスが、顔の周りを飛びまわる小バエのように煩わしくて仕方がなくなってきていた

ハルトの尾がバチンと椅子を叩いた

ハルトは温厚だ。しかし、温厚とはいえどあくまでナイトレイブンカレッジの中ではというレベルである

そして身内に対しては、という主語が入る。

アズール、メスに取られちゃうよォ?いいのぉ?なんて初めの方こそ煽って遊んでいたフロイドだが、ハルトの様子に揶揄うことも出来ず冷や汗を浮かべて黙り込む

ジェイド!ジェーイド!!ハルトの耳が完全に倒れちゃったんだけど!!激おこだけど!!マジあのメス止めろ!

フロイドの視線の先のジェイドは愉快犯の顔をして微笑むばかりだ。あぁクソ!役に立たねぇ!

執拗いメスはアズールの腕に胸を押し付けて絡みついていたが、ついに背伸びをして口付けた

よりにもよってマウストゥーマウス。唇にぶちゅっと。

アズールが目を見開いて思わず身を引く。唇には不釣り合いな真っ赤な紅がベッタリとつけられていた。

まるでマーキングだ。所有物の主張。

草食動物といえど、獣の血を引く獣人はそういうことをかなり気にする。

「あ、やっべ」

とフロイドが呟くように言った時には、カウンター越しのハルトの姿は消えていた



馬の脚力をご存知だろうか。テレビでよく見る競走馬は、人を乗せた状態で時速60〜70キロで走るそうだ

その後ろ足から放たれる蹴りは人の骨なぞポッキリと小枝のように折るし、下手をすれば内臓破裂で死に至る。

アズールの前にキラリと光が翻った。それが愛しい恋人の髪だと気が付くと同時に

ゴッと鈍い音がした

アズールにキスをしたメスの横っ面を蹴り飛ばしたのだ。

倒れた女のことも、ざわめく店内も客の視線も気にせず、アズールの唇を乱暴に袖で拭う

「ハルトさん」

「…アズールは悪くないけど、これは流石に妬いちゃうな」

ハルトは、恋人の唇に自分の唇を重ねる。マーキングを上書きするように長い時間キスをする

唇が離れると、アズールはクスクスと肩を揺らして笑う

「ふふ、こんな時ですが、あなたが嫉妬するのは悪くない」

「……わざとだったら別れますよ」

「ワザとで唇を差し出すわけないじゃないですか。」

心外だと言いたげなアズールにもう一度キスをしてから、ハルトは自分が蹴り飛ばした女を見る

どうやら気を失っているようだ。大分手加減はしたが、頭を狙うのはちょっとやりすぎたかもしれない。

まぁ

「人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んじまえってね。ボク、馬だし。ごめんね」

ハルトは女の服を掴んで乱暴に引き摺って行く

「あ、お騒がせしました。迷惑かけてごめんなさい。でもね、」

アズールはボクの恋人だから。口説くくらいは大目に見るけど

「それ以上は許さない」

モストロラウンジの客にそう言い置いて、ハルトは裏口の方へと消えていく

「…アズール、いい子好きになったねぇ」

カウンターから飛び出てきたフロイドがそういうと、アズールは

「そうでしょう?」

と胸を張ってドヤ顔で歯を見せて笑った

「あとジェイド。お前、1週間キノコ禁止な」

「ええ、そんな酷い…しくしく」

執拗いメスを止められる距離に居たくせに行動を起こさなかったジェイドにフロイドが吐き捨て、ジェイドはしくしく泣き真似をした

だってあのハルトさんが怒るところ見たかったし、馬の蹴りが見たかったんですもん。

「仕事が落ち着いたら甘やかして差し上げないと」

そう甘ーく微笑むアズールにフロイドは顔をゲェと歪める

他所でやれ。


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