先輩、俺のこと好きなんですか?

「お前はいつも頑張っててえらいなぁ」

しみじみとハルトは言って、自分と差程目線の位置が変わらない青年を撫でた

ジャミルはチャコールグレーの目を半分瞼に隠し、顔を顰める

ジャミルの一族…バイパー家が仕えるアジーム家は、熱砂の国で有名な商家で大富豪だ

なんとか甘い蜜を吸おうと取り入ろうとしてくる輩か、暗殺しようとしてくる輩か…近付いてくる人間は大抵ろくな事を考えていない

どうせこいつも、アジーム家の跡取り息子であるカリムと仲良くしたくて声をかけてきたのだろう

「これくらい、アジーム家の従者として当然ですから」

ジャミルがいつもの済ました顔で素っ気なく答え、自然な動きで手を避ける。

何故かハルトは苦笑した

「お前ね、その歳で従者としてとか言っちゃう?」

「…俺は生まれた時からカリムに仕えています。そういうものでしょう?」

「そーなの?じゃあお前は頑張るのがクセになっちゃってるんだなー」

ハルトは先程避けられた手を懲りずに伸ばし、また頭を撫でる

「あまり溜め込みすぎるなよ」

「………。」

ジャミルは少し目を丸くして、今度は大人しく撫でられた



ジャミルは自室に戻って一息つき、撫でられた感覚を思い出しつつ、自分の右手を頭に置く

手放しで褒められたのはいつぶりだっただろうか。

どれだけ優秀だろうと褒められるどころか、主より前へ出るな。決して勝つな。と押さえ付けられてきた

「溜め込みすぎるなよ、か。」

ジャミルは呟いて、ムッとする

「何してんだ馬鹿らしい」

右腕を下ろし、ベッドへと倒れ込む

「ハルト先輩…」

目を閉じる。瞼の裏に、自分を撫でる男の優しい眼差しが浮かぶ

その顔がどうにも頭から離れなかった



「先輩、最近よく手伝ってくれますね」

ジャミルは両手に宴で使う大皿を山程抱えて歩いている

その隣少し後ろに、装飾用のガーランド等を山程抱えたハルトが続く

「まぁ、お前はカリムの世話だけでも大変そうなのに、最近は副寮長として他の寮生の面倒まで見て大変そうだからな」

「下心はないと?」

「あのなぁ、俺は別に下心なしでも手伝いくらいはするっての」

ハルトはカラカラ笑う。

この人はいっつもそうだ。何も考えてないみたいな顔して、俺の中に平気で土足で入り込んでくる

好きか嫌いかで言われれば、決して好きなタイプではない…ハズだ。

なのに、嫌いになれない。この男の屈託のない笑顔が、優しげな声が頭から離れない

ジャミルはスッと流し目で隣を見る

「ハルト先輩は、俺のことが好きなんですか?」

「?!」

分かりやすく動揺し、手に持っていた物が雪崩のように落ちていく

ガーランドが下敷きになり、装飾用のランタンランプは幸いにも割れずに済んだ。

まぁ、ジャミルも万が一動揺して落としても壊れやしないだろうと見越して言った

このランタンは熱砂の国の国産品で、オウムをモチーフとした彫刻に金メッキが施してある。

仮に割れていたら、弁償に某魚介系ラウンジで3年休みなく働く必要がある位の値段のランプだ

持ち主のカリムは「あぁ、気にしないぜ!それより怪我はなかったか?」とか言いそうだが…

ガーランドの山を下り、カラカラとランプが転がっていく

ランタンランプが壁に当たって止まって、しばらくしてから

「……え?」

とハルトは間抜けな声を出した。ジャミルは思わず吹き出す

「っふふ。違いました?違うならそれはそれでいいんです。」

最近よく一緒にいてくれるのは、そういうことかと思ってしまって。

ジャミルはわざとらしくそう言って、口の端を歪めて笑う

「その、仮にそうだとしたら、お前は付き合ってくれるの?」

ハルトは落としたものを拾うこともせず、後輩のチャコールグレーの瞳を見つめる

「……。」

「……。」

ハルトの瞳が、緊張で揺れる。喉がゴクリと唾を飲み込む。

ハルトの様子をじっくりと観察したジャミルは、何事も無かったように前を向いて歩き始めた

「どうでしょうね?」

「どうでしょうね?!」

そこは二つ返事で付き合ってくれる流れじゃないの?!

ハルトは慌てて落としたものを拾い上げ、ジャミルの背中に続く

「俺はてっきり、先輩が俺のことを好きなんだと思ってました。」

ジャミルの目が細められる。答えなんて知っていると言うように

ハルトがなにか言いたそうに口を開くが、何も言葉にならず口をパクパクさせるに留まる

「あぁ、すみません。何も気にしないで下さい。勘違いなら勘違いで構いませんので」

「…それで気にしないやつはいないだろ」

「ふふっ、そうでしょうね」

ジャミルは自分の一言で大袈裟なほど動揺するハルトに気を良くし、微笑む

一応先輩相手ということで多少猫を被ってはいるが、普段の笑顔と比べれば砕けたものだ

自分を掻き乱したのと同じくらい乱れて、もっと俺の事を考えればいい

「もっと俺の事、褒めてくれてもいいんですよ。ハルト先輩」

語尾にハートでも付きそうな甘ったるい言い方でジャミルは舌を出す

「あなたのこと、嫌いでは無いので」

ジャミルは呆然と立ち尽くすハルトを置いて軽い足取りで談話室へ向かう

いつもなら宴の準備は億劫だが、今日はそれも気にならない。

ハルトの視線に籠る熱に覚える優越感と、少し満たされる自尊心。それらがジャミルの気持ちと足取りを軽くさせた

長い髪が、するりと談話室へと消えていく。

「…なにあの子…小悪魔じゃん」

ハルトはジャミルの後に続くことが出来ず、立ち尽くしたまま見送って呟く。

余裕のある先輩でいたかったんだけど、無理だわ。何あの子。

頑張り屋の可愛い後輩だと思ってたのに、捕食者のオスの顔してたじゃん。エロ。怖っ。

ジャミルの狙い通りとは知らず、ハルトの情緒はぐちゃぐちゃになる

「いって!…悪ぃ、前見てなくて……ハルト?どうしたんだ?」

ハルトは後ろから走ってきたカリムにぶつかられ、我に返る

「…ジャミルって、良い子だな…。」

「…?おう!良い奴だぜ!」

絞り出すように言われたハルトの言葉に、カリムは元気よく同意した



☆☆☆
「ハルト先輩。先輩は頑張り屋で可愛い後輩に下心なしでお手伝いしてくれるんですよね?晩飯作り、手伝って下さい」

「…ぐぬぬ。」

「ははっ、ブッサイクな顔ですね」

ジャミルはよく笑うようになったし、遠慮しなくなった。

それでも好きだなって思ってしまうので、俺もいよいよ末期な気がする。

「ほら、ぼさっと突っ立っててもご飯は出来ませんよ、ハルト先輩」

こいつ、本気で笑う時ってクシャッと目を閉じて案外大口開くんだな



☆☆☆
作者は「先輩は、俺のことが好きなんですか?」が言いたかっただけなどと供述しており…


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