砂は眠らない

「僕が死んだら、砂にしてくれますか?」

唐突に監督生はそう言った。

答えは求めてなかった。だってここにいるのは自分と、自分を枕にして寝てしまったレオナだけだから

だから、これは大きな独り言

植物園の中は、監督生にとっては少し暑く感じられた

膝から伝わる熱が余計にそう感じさせるのかもしれない

監督生はそっとレオナの額にかかる髪を指先で退けてやる

耳が少し揺れ、しっぽが1度だけパタリと芝を叩く。獅子が動いたのはそれだけだった。

「ふふふ、僕ってそんなに無害そうにみえるのかな」

大きな木の幹に凭れかかって、監督生は微笑む

実は言うと、枕替わりに呼び出されるのはこれが初めてではない。

少なくとも週に一回。多い時はほぼ毎日呼び出されて膝を貸している

レオナは寝転んで数分ですぐ寝息をたて始めてしまうから、退屈な監督生はついつい独り言が多くなる

「インドだったか何処だったか…そこでは死体は燃やすんですよ。」

監督生はぼんやりと上を見上げる。透明なドームに覆われ、風で揺れることの無い木漏れ日に目を細める

「死体は燃えて灰になって、風で運ばれる。風で運ばれた灰は植物の糧となったり、呼吸で誰かの身体に入ったり…そうやって、また巡るとか何とか」

うろ覚えですけどね。と監督生は誰に伝わるでもない言い訳をして照れ笑いを浮かべる

レオナの長いしっぽがパタンとまた芝を叩いた

「もし僕が元の世界に帰れなくて、この世界で死んだら…レオナさんが砂にしてください」

そしたら、僕も、この世界に受け入れられるのかもしれません。なんて

「ふふ。バカみたいです。僕。」

監督生は膝の上に広がる鬣を撫でる

見た目は剛毛そうなのに、触れると案外そうでもなくて、さらさらと指の隙間を抵抗なく抜けていく

「砂にしてもらって周りを漂ったって、あなたの糧になれやしないのにね。」

そもそも、そんな面倒なこと、引き受けてくれないでしょうし。と監督生は1人笑って、ゆっくりと目を閉じる

寂しい。辛い。愛されたい。

胸に渦巻く孤独が、余計なことを考えさせるのだ。死んだ後でもいいから、少しでもこの人の傍にいられないかな、なんて、馬鹿みたいなことを

どうやったって釣り合わないのに、厄介な恋をしてしまったものだ

異世界から来た魔力も何も無い平凡以下の自分が好きになったのは、知恵も力も権力もある百獣の王だ

きっとあと数年もすれば、他国の姫か貴族の娘を迎えて盛大に式をあげるだろう

その頃にはこの学園で出会った非力な異世界人など、きっと記憶に残っていない

その頃には元の世界に帰れているんだろうか。レオナさんが誰かと結婚しちゃう前に帰りたいな…

「なーんて…」

「砂になんかしてやらねぇよ」

低い艶やかな声が監督生の思考を遮った

「レオナ、さん、起きて…」

「お前が死んだら、誰にも告げずに俺しか知らない場所に埋めて、そこに木を植える」

毎日水を与えて、木陰で眠り、木の実で喉を湿し、そしてその木の根元で横たわり眠るように死ぬ

それはきっと酷く残酷で、酷く穏やかな時間になるだろう。

「お前は…」

レオナは腕を伸ばし、自分を見下ろす監督生の頬を撫でる

「俺の傍にいろ。」

生きてるうちも、死んだとしても

「俺の傍にいればいい。」

レオナはふっと笑う

「なんつぅ顔してんだ」

「だって、そんなの、だって…」

監督生は口を結ぶ

あぁ、子供のように大声を上げて泣いてしまいそうだ。喜べばいいのか、照れたらいいのか、困ればいいのか、自分の感情がわからない

このドロドロを吐き出したら、きっと全て止まらなくなる

レオナは翡翠の目で監督生を射貫くように見つめる

「自惚れじゃねぇぞ。」

死んだ程度で、手放して貰えると思うな

レオナは身体を起こし、何も言えない監督生を自分の腕に抱え込む

そのまま先程のように芝生へ寝転がると、くわっと大きく欠伸をする

「馬鹿なこと考えてないで、さっさと寝ろ」

レオナは身体を丸めて、監督生を包み込むように抱き締めた



☆☆☆
「あらあら、可愛い子猫ちゃんが2匹」

植物園にレオナを探しに来たラギーは肩を揺らして笑う

レオナと監督生はすやすやと穏やかな寝息を立てている

抱き合って、丸くなって、まるでひとつの生き物になろうとしているようにも見える

「…監督生君、レオナさんの近くだとよく寝るんスよねぇ」

ラギーには理由は分からないし知る気もないが、あまり寝られていないらしい監督生は目の下に濃いクマを蓄えていることが多々ある

それを見兼ねたレオナが、よく一緒に昼寝に連れ出している

レオナの傍ならイタズラしようという馬鹿な輩も寄ってこないし、監督生を連れていればラギーもあまり五月蝿く文句を言えない

「安心しきった顔して、まぁ…」

ラギーはポケットからスマホを取り出し、写真を撮る

「シシシッ、監督生くんたら玉の輿確定っスよ。いやぁ、羨ましいことで」

ハイエナの呟きに、ライオンの尻尾がパタンと地面を叩いた



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