未来の花嫁
監督生は卒業までに元の世界へ帰ることは出来なかった
それどころか、判明した帰る方法は星の並びが重要らしく、次にその並びが来るのは約130年後だと
長寿の人魚や妖精族ならともかく、普通の人間である監督生は帰る手段を失ったと同じだった
そうなってしまったのならもう仕方がない。
「…すみません、二度と帰れなくなったショックでヤバいので、これから1週間は壊れる時間をください。そしたら覚悟決めるんで」
そう学園長に言い放った監督生は空元気の笑顔だった
宣言通り1週間荒れ狂い、ヤケ食いし、キレ散らかし、泣き喚き…友達も先輩も、下手すれば教師すら巻き込んで大暴れした後、腹を括った
その1週間は未だに仲間たちの間で伝説となっている。
そして好き勝手大暴れした後に菓子折を持って各所に謝罪巡りをした様子も伝説となった。変なところで律儀なのだ。
やけ食いの代償として、ヴィルからポムフィオーレ寮生全面協力の元、食事管理と特別運動メニューを3ヶ月実施する羽目になったが、結果的に身も心もスッキリしたので問題は無い。
途中から何故か監督生のスタイリング合戦やらメイク指導やらかなり脱線したが、それもそれで楽しかったので全部よし!と監督生は現場猫よろしく受け入れた
吹っ切れた乙女は色々強かったのだ。
余談はさておき、この世界で生きる決意をした監督生の行動は早かった
先輩方にコネも権力もフル活用して頂き戸籍をゲットし、魔力なし女性でも安定して稼げる仕事を探し、それに対する資格を勉強し、面接受けするメイクも受け答えも学び…
彼女は卒業するまでに、着実に自立出来る力をつけていった
そして時は流れてはや5年
元監督生はモストロラウンジ輝石の国店で酒を煽っていた。
会員制で事前予約をしないと入れない夜のモストロラウンジは、有名人や政治家御用達となっているらしい
人目につかずオシャレな雰囲気、秘密のお話には持ってこいで、しかも会員限定のオーナーの悩み相談は対価さえ払えば何もかも叶えられると評判だ
アズールは相変わらず上手くいっているようで何よりだ
元監督生には似つかわしくない場所かもしれないが、シンプルに言うなら後輩特権でここへ訪れている
「そろそろやめた方がよろしいのでは?」
ジェイドは真っ赤な頬でグラスを煽り空にした元監督生にそう声をかける。既に3回は繰り返したセリフだ
しかし返事は
「あと一杯だけ」
これである。二度寝するやつの「あと5分」と、酔っぱらいの「あと一杯」は信用してはいけないのだ
「ジェイドの言う通り、いい加減にしな。小エビちゃん酒弱いし…そんな帰り遅くて酔って帰ったら、彼氏君も心配すんじゃね?」
監督生のメニューを捲る手が一瞬止まる
フロイドがひょいとメニューを取り上げた
客は今、元監督生しかいない。実を言うと閉店時間はとっくに過ぎているのだ。
元監督生はそれに気が付いていないし、双子も教えてやる気はなかった。
彼女はここまで露骨にヤケ酒するようなタイプではない。事情があるなら(心配より興味が勝っているのは否定しないが)聞いてやるのが元先輩の務めではなかろうか
「話くらい俺らで聞いたげるし、お兄ちゃんに言ってごらん?何があったの?」
フロイドはニコニコしながら隣に腰かけ、ぎゅーっと抱き締めてやる
可愛い元後輩はされるがままになりつつ、ずびっと鼻を啜った
「…です」
「ん?」
「彼氏と、別れたんです。」
「…婚約なさっていた彼氏さんと、ですか?」
こくりと元監督生が頷く。ポロポロと堪えきれない涙が溢れる
ジェイドが自分のハンカチを差し出してやる。元監督生はそれで目元を乱暴に擦った
彼女は就職した先で出会った同僚と付き合っていた。
その報告は度々受けていた。有名人揃いのナイトレイブンカレッジの生徒達よりちょっぴり劣るかもしれないけど、素朴で優しくていい人なんですよ、なんてよく惚気けてくれたものだ
「ぐすっ…彼に、プロポーズ、されたんです」
「よかったじゃん。そこで、なんで別れることになんの?浮気でもしてた?」
「プロポーズが…」
元監督生は俯く。
「仕事を辞めて家庭に入ってくれないか?君にはボクを家待っていて欲しい」とプロポーズされたそうだ
フロイドとジェイドは顔を見合わせる。それって陸の定番の告白だよな?とアイコンタクトをすると、ジェイドも何も問題はなさそうですがと不思議そうにする
「…ごめん、何がダメなのか教えてくんね?陸の定番じゃねーの?」
フロイドが素直にそう言うと、元監督生は少し笑った。変に気を遣われるより、素直にわからないと言われたのが何だか面白く気が楽になった
「……私は、この世界に残る覚悟を決めてこの仕事を選んだんです。資格もとったし、やり甲斐もあります。だから、それは取り上げられたくないんです」
なるほど。とジェイドが頷く。
彼女は自己解決力が高いというか、自立心があるというか…他人に任せっきりにするのを割と嫌う傾向にある
学生時代の時からそうだったが、養われる立場に大人しくおさまるのは性にあわないのだろう
「なら彼氏さんと、そうやって話し合いはしなかったのですか?」
「しました。そしたら…「身寄りのないお前の家族になってやろうと思ったのに。」ですって。」
「あー、それはダメだわ。オスとして最低。」
フロイドが大袈裟に身を引いた。
必ず受け入れられると思っていたプロポーズを拒否され、プライドが傷付いたのだろう。きっと一時の怒りに身を任せてしまっただけだ
そう思ってはいるが、一瞬で冷めた。氷水の入ったバケツを頭の上でひっくり返された気分だった
「家族って、なってもらうものじゃないでしょ?そんなの、まるで慈悲で選んでもらったみたいじゃないですか。」
彼の口から出た言葉が許せなかった。私の存在を否定された気がした。
身寄りがないから可哀想。だから家族になってあげよう。そんな気持ちが何処かに少しでもあるのなら、そんな侮辱に耐えられない。
きっとことある事にそれを思い出し惨めになる。相手も、ことある事にそれを振りかざすようになる。
「私には身寄りがないからこの人しか頼れない。」「お前には身寄りがないんだから僕だけについてこい」そんな風に何処か疚しく思ったり見下したりするのだろう。
「だから「今まで哀れんで頂いてありがとうございます。さようなら」とそのまま別れて来ました。」
もう二度と会えない家族を思い出して泣く夜もある。でも、離れても家族であった事実が消える訳では無い
私は、自分をちゃんと愛して欲しい。それだけだったのに。
「思い切りの良さは相変わらずですね。良い判断だったと思いますよ」
「そんなオス別れて正解!結婚する前でよかったじゃん、小エビちゃん」
ジェイドが酔い醒ましにと水を差し出す。冷たいそれを受け取りつつ
「ふふ、まさか褒められるとは思いませんでした」
と監督生は笑った
「生意気言うなって、怒られるかと思ってました」
「あのねー、小エビちゃん。俺らこう見えてもメスは大事にするし、小エビちゃんは俺らの妹みたいなもんじゃん。そんな小エビちゃんを蔑ろにするようなやつとの結婚は、お兄ちゃん認めませーん」
「そうですよ。ジェイドお兄さんも許しません」
「んっふふ…なんかジェイド先輩、歌のお兄さんみたいで笑えますね」
「あっはぁ♪確かに、ウケんね」
「おやおや」
すっかり涙も引っ込んで、いつもの調子に戻ってきた元監督生に、フロイドとジェイドは優しくほほ笑みかける
「次、付き合うなら人魚にしなよ」
「僕達人魚は一途ですし、好きな人に愛される為ならなんでもするんですよ?」
「……、人魚かぁ」
嫌悪感はなさそうだが、ぼんやりとした反応だ。
ウツボ達は、アズール脈ナシじゃん。いえ、全く無いわけではなさそうですよ。と無言でアイコンタクトを交わす
未だに他種族との婚姻に嫌悪感を持つ人も少なくないが、彼女は気にしないようだ。
別れたばかりでまだ実感がなく、すぐに次の愛だ恋だと考えられないのだろう
「ま、とりあえず今日は俺らんとこ泊まってきな。すぐそこのマンションだから」
「夜も遅いですし、酔っている女性を1人で帰す訳にはいきませんからね。」
「今日は、お言葉に甘えますね」
元監督生は赤い頬でへにゃんと笑う。実は言うと、飲みすぎたせいか椅子から立てなかった。これでは1人で店から出ることもできない
カウンターから出て来たジェイドとフロイドの2人に両脇から抱えられ、元監督生はよろよろ歩き出す
囚われた宇宙人状態に思わず自嘲気味に笑ってしまう
彼らに情けない姿を見せてしまった。が、吹っ切るのが早いのは自分の数少ない美点だ。
明日には立ち直って、いつも通りに笑えそう
「朝飯も作ってあげるねー!」
「では紅茶は僕が」
「ふふふ、ありがとうございます。」
元監督生は2人に連れられて、モストロラウンジを後にした
元監督生がヤケ酒をしているころ、アズールはバーで飲んでいた
見るからに若者向けで検索すれば上位に出てくる程人気なバーだが、メニューは有りきたり。味も突出した特徴がない
マジカメ映えを狙ったカクテルが有り、モストロラウンジの新メニューの参考になるかと頼んでみたが、味より見た目優先でアズールは1度飲んだきりそれらを注文することをやめた
シンプルなものが一番マシだ。
それでも、モストロラウンジで出しているものより幾分か安っぽい酒の味。こんなものを自分の店で出すことは許さない
すっと眼鏡をかけ直す。アズールはこの店が好きな訳では無いが、ここ暫くは常連だった
バーテンダーに目で合図し、酒を出させる
「それで、アズールさんのアドバイスを参考にして、プロポーズしたんです…」
アズールの隣の席には、俯く男が1人。酒を置かれると、礼を言いつつそっと震える手でグラスを持つ
以前から彼女が話していたような、純朴そうな男だ。平凡で、穏やかで、何一つアズールに勝らない男。
この男が、元監督生の恋人関係にある人物だ。彼女と同種族の、ただ運が良かっただけの人間
「それで、上手く行きましたか?」
アズールは足を組みつつ、貼り付けたように動かない笑みで尋ねる
男の様子から答えなど分かりきっているというのに
「…いえ、突然、別れを切り出されて…」
「おや、それはそれは…」
お力になれず残念です。とアズールは心底申し訳なさそうに告げる
男とアズールはこのバーでたまたま出会って意気投合した仲だ。元監督生の恋人であったこの男のにとってはそういう認識であった。
銀髪の男の妙な色気と包容力に相談事を持ち掛けるようになり、最近では恋人との結婚に向けての相談にも乗ってもらっていた
全てアズールの計画通りだなんてしりもしないで。
アズールは元監督生の性格を知った上で、この恋人の男にアドバイスしてやっていた
女性を守るのが男の務め。養うのが男らしさ。身寄りのない彼女を支えられるのはあなたしか居ない。と、何度もゆっくり染み込ませるように繰り返した
それは一種の洗脳だった。
男はアズールの思惑通りに自滅してフラれてくれた。手を一切汚すことなく、正当に別れてもらうことが出来た。
男はまだしばらくブツブツと愚痴を垂れている。
元監督生とこの男が恋人関係で無くなった今、アズールにはもう全て終わったこと。正直これ以上話す意義はないし、どうでもよかった。
バーテンダーを指で呼び、また酒を出させる
そこに、すっと1滴の魔法薬を入れる。アズールお手製の無味無臭の睡眠薬だ
「今日は飲んで、嫌なことは忘れましょう。ね?僕が奢りますから」
アズールがカウンターを滑らせたグラスを受け取り、男がその酒を煽る。
そして、ゴッと鈍い音を立てて頭からカウンターに突っ伏した。
アズールは初めに頼んだ1杯をようやっと飲みきり、何枚かお札を置いて席を立つ
もう二度とこの店には訪れないだろう。と思いつつ、アズールはいつものようにバーテンダーに会釈した
「おはようございます。よく眠れましたか?」
元監督生が目を覚ますと、銀髪で端正な顔立ちの青年が見下ろしていた。ベッドの端に腰掛け、寝顔を観察していたようだ
元監督生はぼーっとその青い目を見つめる。
青年はもう一度、おはようございます。と穏やかな声で挨拶をした
「………、アズール先輩?」
「はい。アズール・アーシェングロッドです」
元監督生は眠そうな目を瞬く。
なんでアズール先輩がここに?というか、ここは何処だっけ。なんか頭痛い…まだ眠い…
「………?」
頭が全く回っていない様子の彼女を見下ろし、アズールは少し笑みを零す。
「ふふっ、あなた、ジェイドとフロイドに連れられて来たんでしょう?酷く酔っていたようだ。」
「……ここは、ジェイド先輩と、フロイド先輩のお部屋では…?」
「ここは僕の部屋です。僕は昨日の夜、出掛けていましたから…アイツらが勝手にここに寝かせていったんですよ。」
さすがに酔った女性と同室で過ごすのはマズいと思ったんでしょうね
「帰ってきたらあなたが寝ていたので、少し驚きました。」
「…、帰ってきたら。」
「はい。」
「…アズール先輩のベッド…?」
「はい。」
「………。………っ?!…す、すみません!私、すぐに帰」
ぎゃあっ?!と汚い悲鳴をあげてベッドの向こう側へ消えた元監督生を見つめ、少し呆気にとられてからアズールはクスクスと笑った
「そう慌てずとも結構ですよ。僕のもので良ければ、着替えをお貸しします。シャワーを浴びてきてください」
「その、あの、…」
ベッドの縁に手をかけて上半分だけ覗かせた彼女の顔は真っ赤に染っている。
寝起きでボサボサな髪を撫でて整えてやりつつ、アズールは
「僕は慈悲の心を持っていますからね。身嗜みの整っていない女性を追い出すような真似はしませんよ。」
と言った。元監督生が何か言いたそうにしているが、アズールはポイポイとタオルやシャツを手渡し、軽く背中を押す
「貸ひとつです。今日はお休みなのでしょう?流行りのカフェの視察にお付き合い下さい。それでいいですね?」
「はい。その、ありがとうございます」
「はい。シャワーの使い方は大丈夫ですね?では、ごゆっくり」
パタンとバスルームの扉を閉める
アズールはその扉に額を当て
「あなたは今、フリーですからね。これから遠慮はしませんし、ほかのオスに譲るようなマネはしませんので、そのつもりで」
と静かに宣言をした
☆☆☆
元監督生のお付き合いを知った頃の3人組
「全く…彼女の生活が落ち着くまでと自由にさせたのが間違いでした。他の雄に手を出されるなど…」
「んなの別れさせりゃいーじゃん。」
「それではこちらが悪役になってしまいますよ、フロイド」
「別れてもらいますとも。自然に、二度と修復できないように。ええ、ええ、簡単なことです。」
「あぁー、なにか悪いこと考えてるぅー」
「ふふふ、しかし、別れてもまたほかのオスを好きになるかもしれませんよ?」
「そんなの、囲いこんでしまえばいいんです。今のうちに、モストロラウンジに彼女の資格を活かせる環境を作ります。別れた方と同じ職場にいるのはお辛いでしょうから、転職先を提供して差し上げましょう」
「あっはぁ♪小エビちゃんと一緒に働くの楽しみー!早く別れないかなぁ」
「お前は手出しするんじゃありませんよ、フロイド。彼女とはあくまで自然に別れていただくのですから」
タコもウツボも、待つのは得意。
そして獲物が気づいた時には、とっくに絡め取られて捕まっているのだ
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[mokuji]
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