ペルセポネーは柘榴を食べた

監督生はゲームをしている時のイデアとの距離感が好きだ

話を聞いているのかいないのかすらわからない曖昧な相槌と、モニターから離れない視線がとても楽で居心地が良かった

そもそも彼の自室に招かれている時点でイデアからの好感度もかなり高めなのだが、他と比較をしていない監督生には知る由もない

監督生はヘッドホンをつけて音漏れに配慮してくれるイデアの隣で課題を終わらせ、とんと指先で肩を叩く

課題が終わりましたよ。の合図だ。

相変わらずちらりと一瞥することすらなく、すっとヘッドホンを首へと下ろす

「イデア先輩、」

「なに?」

「また、適当に聞いてくれます?」

「うん」

カチカチカチカチと親指がコントローラーの上を別の生き物のように動き回る

イデアの操作するキャラクターが、ネットで繋がった何処かの誰かの操作するキャラクターを画面外へ吹き飛ばす

元の世界にもこんなゲームあったな、と監督生は少し微笑むが、すぐに無表情になる

ゲームの名前、なんだったか…

「あのね、先輩」

「うん」

「ボクね、元の世界の記憶、無くなってきてる」

監督生は終わったばかりの課題をカバンに皺にならないように丁寧に片付けつつ、平坦な声で話す

グリムは課題を終えただろうか。イデア先輩との時間を作って欲しくて、今日はエース達に預けてきた

一緒に課題を片付けてくれるとデュースは言っていたが、彼らはすぐに脱線して妙なトラブルを起こすから…

イデアがふっと息を吐く。画面に踊るWinの文字

「思い出せないんです。」

ここ最近覚えていた違和感。この世界に来て、色々大変で思い出す間が無いだけだと思っていた

新しい知識を詰め込むのに必死で、順応するのにいっぱいいっぱいで、トラブルに巻き込まれて駆け巡って…そんな日々の中、穏やかに懐かしむ暇がなかっただけだと、思っていたかった

「朧気になってきただけじゃなくて、親の名前すら出てこない時があるんです」

今はまだ何とか思い出せる。けど時折、わからなくなる。

親の名前、友達の顔、飼っていた猫の種類、通っていた学校の場所…

何年経ったって、忘れるはずのない記憶すら、無くなってきている

「元の世界に、戻れないんでしょうか…戻ったとして、今なくした記憶は、ちゃんと思い出せるんでしょうか」

答えを求めている訳では無い。だからイデアとの距離感が好きだ。

話しを聞いて、余計なことは言わず、適当になかったことにしてくれる。

誰かに話せたと言うだけで、気分がとても楽になる

監督生は気が付いていなかった。珍しく、イデアの指がコントローラーに触れていなかったことに

「…監督生氏、ザクロの話、知ってる?」

イデアがゆっくりと、落ち着いた低い声で問いかける

「ザクロの、話?」

「監督生氏、何歳?ここに来て、もうすぐ1年だっけ」

イデアがちらりと監督生を見下ろす

普段猫背で分かりにくいが、実は案外背が高い。黄金の瞳に射抜かれ、監督生は少し背中が冷たくなる気がした

「監督生氏の人生の何分の一がここにいる?無くした記憶はどれくらい?」

イデアの問いかけが、監督生をゆっくりと追い詰める気がした。

彼の唇は弧を描いている。青い唇が、三日月形になって、白く鋭い歯が覗く

「食べ物は、身体を作る上で大切な要素だ。」
「細胞の入れ替わりの周期は知ってる?」
「この世界で、何を食べた?」
「身体は何で出来ていると思う?」
「魂と肉体の境界線はわかる?」
「神の供物に手をつけるとどうなるか聞いたことは?」
「世界を構成する要素とは」
「生命とは」「魂とは」「存在とは」

イデアは問いかける。身を乗り出し、組み敷いて、見下ろして

そして涙で潤む瞳を見つめて、もう一度、優しく問う

「冥界の、ザクロの話、知ってる?」



「あ、あの、」

監督生は動けなかった。床の上で、ただただ青い炎が揺らめくのを見上げる

何かに押し潰されるように体全体に感じる重圧は、きっと気のせいではない

自分を追い詰めているのは目の前の男なのに、その男に縋るように服を掴んで

「もし、ここで過ごす年月が、元の世界より多くなってしまったら」

ボクは、どうなるんです?

震える声は今にも泣いてしまいそうだ。

可哀想に。可哀想で、可哀想で、なんて可愛らしい

イデアは優しく優しく微笑んで

「さぁ?」

とわざとらしく肩を竦めた






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