悪い男
ハルトはトレイが好きだ
見た目は優男でお兄ちゃんタイプなのに、実はちょっぴりイタズラ好きで意地悪な笑い方をする所が好き
パーティのスイーツを作る時に、実はこっそりリクエストを聞いてハルトの好きなタルトを紛れ込ませてくれるところが好き
面倒見がいいけど、面倒事は結構嫌いでしれっと他人に押し付けちゃう悪い所も好き
2人きりになると大きな掌でぐしゃぐしゃと少し乱暴に頭を撫でてくれるのが好き
キスをする時、何も言わずに拒否権なんて無いように顎を持ち上げられるのが好き
ハルトはトレイが好きだ
いつから好きだったかなんて覚えていない。だけどトレイが好きだ
「トレイ君、ボクね、ブルーベリーのタルトが食べたいなぁ。あとね、ビスコッティ!珈琲はボクが淹れるから、いいでしょ?」
そうトレイの背中に猫のように擦り寄れば
「はは、本当に仕方なのないやつだな、俺の恋人は…」
と少し困ったように笑ってみせつつ、ハルトの言うことを聞いてくれるのだ
「ボク、トレイ君のそういうとこ、大好き」
トレイは片思いをしていた。恋のお相手は同じ寮のハルトだ
いつも誰にでもにこやかで、甘え上手で、からかい上手で逃げ上手
妖艶に誘ってみたかと思えば、子供のようにきゃらきゃら笑って離れていく
そんなハルトの掴み所の無さと、曖昧な境界線に心地良さを覚えて好きになった
トレイは1度、ハルトに告白したことがあった。内容はとてもシンプルで
「好きだ、付き合ってくれ」
と、それだけ。
ハルトは
「ボク、特定の人とお付き合いしないの。ごめんね?」
とあっさり振った。トレイはそれがなんともハルトらしくて、思わず笑ってしまった。
「なら、ずっと好きでいてもいいか?」
そう続けると少しキョトンとしてから
「別に構わないけど、」
トレイ君って自分で言うほど普通の男じゃないよね。とケラケラ笑った
その日から振った振られたの仲になった訳だが、2人は気まずさの欠片もなく普段通りに過ごしていた
とりあえず、表面上は
トレイはハルトが好きだ。でも告白は断られてしまった。
だからといって、たった一度の告白で終わらせる気もなかった。相手からの好感度が低かったなら上げればいい。それだけの話だ。
トレイはユニーク魔法を使った。自身のユニーク魔法が「上書き」でよかったと心底思った
ハルトと会う度、マジカルペンでコツンと彼の額に触れ「ハルトはトレイ・クローバーが好き」だと上書きを繰り返した
トレイのユニーク魔法は効果が短い。一時的に好意を上書きしたところで、少し時間が経てばその効果は消えてしまう
しかし、それでも何も問題はなかった。
ヒトの脳というのはとても単純だ。
全く意味の無いことも繰り返し行えば関連付けて覚えてしまうし、身体の不調を恋のトキメキにすり替えてしまうこともある
トレイの顔を見る度に「トレイ・クローバーが好きだ」と上書きされたハルトが、魔法で作られた感情を自分の胸の内から湧き上がったものだと勘違いするようになるのにそう時間はかからなかった
トレイの告白から3ヶ月後、ハルトに人気のない場所へ呼び出され
「その、前に振っておいて悪いんだけど」
とモジモジ切り出された時、トレイはとても悪い顔をしていただろう
やっと自分を好きになってくれた。毎日上書きしたかいがあったと言うものだ
「トレイ君がよければ、ボクと、付き合ってくれない?」
ハルトの告白に
「よろこんで…実は、オレもまだお前のことが好きだったんだ」
とトレイは嬉しそうにニッコリと笑ってみせた
ハルトは今日も恋人の大きな背中に甘え、幸せそうにしている
「パブロフの犬か、吊り橋効果か…この場合はどっちなんだろうな?」
クリームをひいたタルト台にブルーベリーを並べながらトレイが呟く。
「何の話?」
背中からひょっこりと顔を出し、不思議そうに尋ねてきたハルトの口にブルーベリーを入れてやりながら
「なんでもないよ」
と悪い男は胡散臭く笑った
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