ハッピーエンドはお約束

「アズール先輩、別れて下さい」

深夜近いモストロラウンジで、監督生は意を決したように拳を握って、唐突にそう言った。

先程までいつものように穏やかに談笑して、明日は休みだから昼までのんびり寝ましょうか、なんて話していたのに

「は?何故?」

思わずいつもの物腰柔らかな紳士な態度もどこかへ飛んでいってしまい、アズールは目の前の少女を逃すまいとほぼ無意識に手を掴む

少女は微笑んだ。聖母のように、穏やかに

「あのね、私、帰るんです。」

元の世界に。と呟くように吐かれた言葉に、アズールは頭を殴りつけられたかのような衝撃を感じた。

重い重い一撃を食らったかのように錯覚させる程の衝撃。

「な、んで?今更、どうして…」

「…選べると思ってました。帰るか、帰らないか。私、この世界に残るつもりでした。アズール先輩と、死ぬまで、一緒にいたかった…」

でもね

「次の月食の日に、帰っちゃうんですって。強制的に、ここへ来た時のように」

監督生の手が震える。爪がくい込むほど握りこむ。

やっと覚悟を決めたのだ。この人となら海でも陸でも、異世界でも生きていられると。

やっと断ち切ったのだ。元の世界に残してきた家族も、友達も、全部。

なのに突然、学園長から連絡が入った。次の月食の日に、自分が異世界に来た時と同じ現象が起こるのだと。元の世界へ戻されるのだと。

なんで今更なのか。この世界はどうしてこんなに私に優しくないのだろうか。泣き叫びたいのを堪えて、監督生は愛する人へ向けてにっこりと笑う

「だから、別れて下さい。私のことを忘れて、もっと可愛くて頭良くて、アズール先輩に釣り合う女の子と結婚して、幸せになってください」

アズールは空色の透き通る目で監督生を見つめる。涙で薄らと潤む瞳がとても綺麗だ。

心の強さを見せる芯のある眼差し。その中で僅かに揺れる不安や寂しさ。

僕が好きになった目だ。いつだってどんな時だって、光を失わずに輝くその目。怖くとも辛くとも、前を真っ直ぐ見つめるその目。

握り締められた拳を解き、自分の指と絡ませる。冷たい人魚の体温と、少女の温もりが混ざり合う

「……嫌です。」

アズールはへにゃりと笑った。彼にしては気の抜けた、あまり人前では見られない笑顔だ

「「別れて下さい」なんて言われて、「はい分かりました」と僕が言うとでも?あなたねぇ、いつも嘘が下手くそなんですよ。そんなくだらない事より、言いたいことがあるはずです」

アズールは恋人を引き寄せて膝の上に抱き上げ、額にキスをする。

空色の瞳は全てを見透かすように監督生の視線を捉えて離さない。いつだってそうだったように

「っ!…忘れないで…」

少女は何とか堪えていた涙をポロポロと零し、震える声でアズールに縋り付く。

「私のこと、忘れないで、ください。」

「はい。」

「迎えに来て下さい」

「はい。」

「待ってますから、」

「はい。」

「絶対、絶対、迎えに来て下さい」

「はい。」

アズールは恋人の背中をあやす様にトントンと軽く叩きながら額を合わせる。長いまつ毛が触れ合う

アズールとて、急に監督生が帰ってしまうことに動揺しないわけがない。

しかし、そんなことは微塵も態度に出さず、声が振るえないように気を付けて笑ってみせる

「あなたが言ったんですよ、僕が努力家だと。僕が今まで、手に入れられなかった物などありましたか?」

可愛い恋人のまつ毛についた雫を指で拭って覗き込む

新たな涙を目に浮かべつつ、監督生もつられるように少し笑う

「ふふ、無いです。私だって、何回も断ったのに、結局アズール先輩のものになっちゃいました」

「あなたは安心して待っていればいいのです。僕のプリンセス」

アズールは監督生をぎゅっと力強く抱きしめる。

泣くものか。喚くものか。縋るものか。今は引き止める手段がなくとも、必ず迎えに行く。それだけの力が僕にはあるのだから

「明日は、ネックレスを買いに行きましょう。それに僕の魔力を込めて、目印にしますから。」

「目印?」

「あなたを迎えに行く時の目印ですよ」

「…お揃いでお願いします」

監督生はアズールの腕のなかでクスクス笑う。

別れるまでの時間は目一杯甘やかして楽しんでやろうとアズールは愛しい恋人の髪を撫でた




監督生が元の世界に帰ってから、あっという間に5年の月日が流れた。

漸く…やっと完成した。監督生の待つ異世界への出入口。

ナイトレイブンカレッジで手に入れた知識もコネも全て総動員して、やっと完成までこぎつけた…。

今まで観測されてすら居なかった異世界へ行き来が可能な魔法具がたった5年で完成した等と、世間は信じないだろう。

そもそもあくまで個人的な利用しか考えていないため発表される機会など全くないのだけれど、仮に世間の目に触れたら偉業を成し遂げた功績者と様々なメディアに取り上げられる様なレベルの品物だ

様々な人に力を借りた。愛する人に逢えない5年は、とてもとても長くも感じたし、あっという間に過ぎた気もする

特に自分と共に寮長になった彼らには助けられた

ナイトレイブンカレッジを卒業した後、リドルから「役に立つといいのだけど」と転移魔法の応用に関する論文の束が定期的に届いたり、
レオナが古代魔法や古代呪文語を独自に解読しまとめた資料を「お前に使いこなせるといいなぁ」と大量に押し付けるように送り付けられた

魔導工学やプログラミングの技術は「吾輩の得意分野ですぞ!」とイデアが全面協力し、「オレもまた会いたいからな!」とカリムから莫大な資金援助も受けられた

「一時の戯れよ」「人の子が子を産むのが楽しみだ」とマレウスからは希少な鉱石と共に膨大な魔力が提供された。

そしてヴィルには忙しい仕事の合間を縫って、特別な頼み事を引き受けてもらっている。
「このアタシに頼み事なんて…と言いたいところだけど、あのジャガイモ娘の為なら仕方がないわね」と美しく笑っていた

双子も当たり前のように協力している。希少な材料の採取(取り立ても含む)やモストロラウンジの経営まで何でも、アズールの手足のように働いてやった

すぐに没頭するアズールを引き摺ってベッドへ連れていき「監督生さんと会う前でに体調を崩しては意味がありません」と口に食べ物をねじ込んだり
「小エビちゃんに会えねぇとかぜってー無しだから。」と上手くいかずブルーになって蛸壺に籠るアズールを引き摺り出したり、肉体面も精神面も彼らの支えがあり、なんとかやってこれた。

当然貰ってばかりは性にあわないアズールは何かしら対価を払おうとするが、皆が皆口を揃えて

「監督生との結婚式に出席させろ」だと。欲のない方たちだ

…違う。本当は気付いている。たった数年居ただけの異世界人の、彼女の人徳だ。

彼女は特別美人でも無く、頭の出来も程々だった。それほど魅力的では無い一般的な人間なのに、何故か人を惹きつける力があった。

「やっと逢えますね、僕のプリンセス」

アズールは意を決したようにスーツの裾を正し、胸に光る貝殻のペンダントに口付けて1歩踏み出した




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