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付き合うとこになったけど、どうせフロイド先輩の気まぐれで、1週間もすれば噛み終えたガムのように飽きて捨てられるものだと思っていた
なのに付き合い初めて早3ヶ月。フロイド先輩は毎日のようにオンボロ寮へ通ってくれているし、案外上手くいっている
初めは登下校を一緒にする程度だったけど、その内ランチを手作りしてくれるようになり、今ではオンボロ寮に材料を持ってきてディナーまで作ってもらっている
さすがに作ってもらってばかりは申し訳ないので僕が作る日もあるけど、ラウンジで働くフロイド先輩の腕前には遠く及ばないと思う
だけどフロイド先輩は下手なその料理をニコニコと笑って
「小エビちゃんのご飯、おもしれぇ味がして好き」
と食べてくれる。感想は、まぁ、毎回失礼だけど、でも残さず食べてくれるから嬉しくなってしまう
気まぐれに振り回されることももちろんあるけど、課題で手一杯になっていると
「小エビちゃん、フグみてぇに鈍臭ぇ…」
と文句を言いつつ待っててくれるし、学園長に荷物運びの雑用を押し付けられた時も
「俺優しーし、小エビちゃん、イソギンチャク並に遅いから手伝ってあげる。」
と荷物のほとんどを引き受けてくれたり、本当に恋人みたいに優しくしてくれるものだから、ボクもいつの間にか好きになっていた
脅されて始まった関係だけど、これからもこうやってやっていけるといいな
なんて思っていた矢先…
「別れよ。」
晩御飯時、フロイド先輩はいつもの様にオンボロ寮に来て、つまらなそうにそう言った
「へ?…な、なんで?」
「なんか、飽きた。」
「飽きたって…」
先輩は既にボクなんか見ていなかった。遠くを見て、面倒くさそうに頭をかいている
少し前なら予想通りの望んでいたことだったけど、今は違う。だってボク、フロイド先輩のことが好きになってる
思わず縋り付くみたいに手を伸ばして、フロイド先輩のシャツを掴む
「昨日、フロイド先輩がたこ焼き食べたいって言ったから、今日、材料買ってきたんです。タコだけじゃ飽きるから、ウインナーとか、コーンとかも」
「…小エビちゃん、うぜぇ。」
フロイド先輩は冷たくそれだけ吐き捨てた。僕の手を払って、踵返していく
別れよ。その一言を言うためだけにわざわざオンボロ寮まで来たんだ。
ボクは引き止めることも出来ずにその背中が見えなくなるまでずっと立ち尽くしていた
冗談だって戻ってきてくれないかとも思ったけど、振り返りもしなかった。
そんなに力を込められた訳じゃないのに、払われた手がやたらと痛い
もう終わったんだ。ゆっくりと、なんの気負いもなしに離れていった背中が消えた闇を見つめる
「子分?フロイドのやつが来たんじゃねーのか?」
いつまでも入口で立っていたボクを気にして、グリムがそう声をかけてくれる
「お前、なんつー顔してんだゾ…」
グリムはひょいひょいとボクの肩に飛び乗って、肉球で頭を撫でてくれる
「ボク、今、フラれた。…急に、飽きたって…フロイド先輩に、飽きられちゃった」
口にすると余計に自覚してしまって、ボロボロと涙が出てくる
思ったより好きになってたんだなぁなんて頭の片隅でどこか冷静に考えつつ、声を上げて子供みたいに泣きじゃくる
「うっ…ううぅ…うわぁぁぁん!!フロイド先輩に、フロイド先輩に飽きられちゃったぁぁ!!」
馬鹿みたいに大声で泣くからゴースト達も出てきて総出で慰めてくれる
けど中々涙は止まってくれない
「あんなやつの事はさっさと忘れて、うまいもん食うんだゾ?な?」
グリムに促されてキッチンの方へ向かう
「…今日は、なんでも好きなもん、食べまくってやる。グリムも付き合って…」
グズグズと鼻をすすりつつそう言うと
「それがいいんだゾ」
とグリムは呆れたような顔をしつつも笑ってくれた
「フロイド先輩、監督生と別れたんっすね」
部活前の準備体操をしていた際、後輩のエースに声をかけられ、フロイドはぼんやりとした冴えない顔で
「うん。飽きたから」
と答える。エースはフロイド先輩らしいっすね。と笑うでもなく平坦な声で言った
フロイドが少し顔を顰める
「なに?なんか文句でもあるわけぇ?」
「いえ別に。ただ、監督生が朝から泣き腫らした顔で来るから、思わず笑っちゃったんですよねー」
エースはそう人好きのする笑顔を浮かべるが、にこやかな雰囲気とは言い難いそれにフロイドはさらに顔を顰めた
「なんで今、小エビちゃんの話すんの」
フロイドの声が低くなり、不穏な空気が流れ始める。
「監督生、フロイド先輩のこと、結構ガチで好きだったみたいですよ」
「だから何?もう関係ないし。カニちゃんだって何も関係ないでしょ?」
「なんだ、別れたのか」
エースが更に何か言う前に口を挟んだのは、カリムを軽音部に送り届けてから少し遅れて来たジャミルだった。
ジャミルはにやにやと笑いながら
「なら、俺が告白しても何も問題は無いな」
と平然と言い放つ。フロイドは目を開いて威嚇するように牙を見せる
「は?なんでお前が小エビちゃんに告白すんの?」
「なんでって…お前たちは別れたんだし、恋人でもなんでもないんだろ?」
当然、監督生が誰と付き合おうが浮気ではないし、お前には何も関係の無い話だ
ジャミルが笑みを深める。
フロイドはしばらくジャミルを睨みつけていたが
「萎えた。バスケの気分じゃねーし、帰る」
とゆらゆら歩き始める。
ロッカールームへと続く扉を力任せに蹴破って、苛立ちを発散させるようにシャツを脱ぎ捨てた。
中で準備をしていた部員たちの視線がフロイドに集まる
「…ちっ。何見てんのぉ?見せもんじゃねーんだけど」
ロッカールームからドタンバタンと大きな音がして、中にいた部員が慌てて飛び出して逃げていく
「なんであんなこと言ったんですか?ジャミル先輩」
エースは、また扉を蹴飛ばして荷物を肩にぶら下げ、不機嫌オーラを纏いながら歩いていくフロイドの背中を見送りつつそう尋ねる
ジャミルは身体を解しつつ
「普段あいつの気まぐれに迷惑しているからな。たまには振り回してやろうと思っただけだよ」
と意地悪く笑う
「はぁ。ジャミル先輩、吹っ切れてから良い性格になりましたよね」
とエースもつられるように笑う。
監督生は朝から酷い顔をしていた。
力無く
「ボク、思ってたよりもフロイド先輩のこと、好きになってた…」
なんて言うから、からかって笑い飛ばしてやることも出来なかった。
「監督生が元気ないと、調子狂うんだよなー」
エースがそうつぶやくように言うと、ジャミルは
「明日には元気になってるよ、きっと」
と、にんまり目を細めた
「なんの、用ですか。」
オンボロ寮の玄関が壊れるんじゃないかと言う勢いで叩かれて、慌てて扉を開けに行くとフロイド先輩が立っていた
何故かその顔は怒っていて、瞳孔が完全に開いている
今はあまり先輩を刺激しない方がいい…そう思ったけど
「小エビちゃんさー、俺以外のやつと付き合うの?」
なんて言うから、咄嗟に
「そんなの、フロイド先輩に関係ないじゃないですか…」
と言い返してしまう。
フロイド先輩がボクの首を勢い良く掴んで、壁に押し付けた。後頭部を思い切りぶつけられ、頭がクラクラとする
息が詰まる。苦しいし、すごく怖い。だけど、声を絞り出して
「だってボクたち、もう付き合ってないんですから」
としっかりと目を見て言うと、フロイド先輩の手は呆気なく首から外され、ずるりと重力に従うように落ちた
「なんか…面白くねぇ。」
「…フロイド先輩が、飽きたんでしょ?フロイド先輩が、別れるって言ったんでしょ?」
ボクは、急にそんなことを言われてすごく傷ついた。正直今だって顔を見たくない。ボクがフラれたから、ボクが傷ついたんだ
なのに…
「なのに、なんでフロイド先輩がそんな顔するですか…」
フロイド先輩は眉を下げて悲しそうな顔をして、玄関先で屈みこんでしまった。
両手で顔を覆って、泣いているみたいにしながら
「小エビちゃん、俺がフった後、泣いたわけ?」
と震える声で問われる。なんでフロイド先輩が悲しそうに、泣きそうに聞いてくるのか、ボクにはさっぱり分からない。
だけどフラれたばかりで、正直まだ好きな人のそんな姿を見ると少し胸が傷んだ
「…泣きましたよ。馬鹿みたいに。」
「ふーん。…小エビちゃん、傷ついた?」
「当然ですよ…」
「…小エビちゃん、俺の事」
嫌いになった?
フロイド先輩は顔を上げないまま、そう尋ねてくる
「………まだ、好きです。」
だって、昨日まで付き合ってて、急に別れよって言われたばかりで気持ちが追い付いてない
「そんなすぐに、嫌いになれないんですもん」
ボクはまたポロポロと涙が止まらなくなって、泣いてしまう
「ごめんねぇ。」
フロイド先輩は立ち上がって、ボクをギュッと抱き締めてくれる
トクトクトク…と、少し早い鼓動の音が心地よく聞こえる
「俺ね、小エビちゃんといるの飽きたと思ったけど、飽きてなかった。」
フロイド先輩の声が上から落ちてくる
「俺が知らない小エビちゃんの話されるとイラッとして、小エビちゃんが他の奴にとられるかもって思ったら、いても立ってもいらんなくて、ここに来てた。」
小エビちゃん、ごめんね。と何度も繰り返される。
「今度はこんなことしないから、俺とまた付き合って…」
フロイド先輩の声は震えている。否定されたら死んじゃうってくらい、不安そうな声
ボクは先輩の服に顔を埋める
言いたい事は山ほどある。急に付き合えって言われたり、急に別れよって言われたり…ボクは振り回されてばっかりだ
どうせまた同じように、急に飽きたと捨てられるに違いない
傷ついた。傷付けられた。そんなすぐ許せるわけないし、また今までの関係に一瞬で修復出来るわけもない。
文句のひとつでも言ってやる。言ってバチは当たらないはずだ
そう頭では思うのに、ボクの口は
「いいですよ。」
と答えていた。
「ほんと?」
フロイド先輩は少し抱きしめる力を緩めて、ボクの顔を見る
子供みたいな純粋で無垢な顔に、思わず笑ってしまう。ボクの顔はきっと、泣き笑いでぐちゃぐちゃだ
「でも、次同じことされたら、ボクは泡になって消えてやる」
「小エビちゃん、人魚じゃないじゃん。泡になるのは俺だよ。」
フロイド先輩の声が柔らかくなる。
「でも、消えないで。」
「ってことで、また付き合うことになったからー」
フロイドはニコニコしながらエースとジャミルの元へ監督生を引き摺って帰ってきた
監督生は朝のように泣き腫らした目をフロイド作の氷嚢で冷やしつつ苦笑いしている
「ご迷惑お掛けしました。」
「え、寄り戻すの早くね?」
エースもマブダチと同じく苦笑いを浮かべつつ、監督生とフロイドを交互に指差す
フロイドが部活をフケた後、監督生の元へ行くだろうとは思っていた。
が、まさか部活が終わるまでに関係を修復して監督生を連れてくるのは流石に予想外で、ジャミルも目を丸くする
「あー、多分エースとジャミル先輩のおかげ。ありがとーございます」
「ってことだからぁ、オレの小エビちゃんに手ぇ出すなよ。絞めるかんね」
フロイドはそれだけを言いに来たらしく、部活に参加せず来た時のように監督生を引き摺っていく。
乱暴な扱いの割に、いつもより少し狭い歩幅と妙に優しい眼差しに気が付いて、エースは渋い顔をする
「ジャミル先輩ー。明日には元気になってるよ。とか格好つけて言ってましたけど、こんな爆速で寄り戻すなんて考えられましたァ?」
「流石に予想外だ…監督生も案外図太いな」
普通フラれた次の日に告白されてOKするか?とジャミルは首を左右に振る
「あー…ね。」
エースは面倒臭そうにそう言って、手に持ったままだったバスケットボールをポイと投げる
一瞥もしていないのに、ボールはゴールリングに吸い込まれた
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[mokuji]
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