君の声を探してる

ハルトはコウモリの獣人と人間のハーフである

羽は遺伝しなかったので空は飛べないが、耳は遺伝した為、頭の上にぴょっこり立ち上がる大きな三角耳がある

ハルトのこの三角耳の聴力はかなり優れている

どれくらい優れているかと言えば、目を閉じていても音の反響だけで人を避けつつ校内を歩き回れる程だ

聞き分けられる音域も広く、動物のコウモリと同じく超音波も聞こえるらしい。

そんなハルトには悩みというか、ちょっと困ったことがある

「ハルトー!!!!」

ディアソムニア寮に響く大声に、ハルトは慌てて耳を両手で伏せる

しかし伏せるのが遅かったようで耳の奥が痛み、キーンと甲高い耳鳴りが頭の中に鳴り響く

ハルトは半泣きで、走ってきた長身の同級生を見上げる

「セベク、セベク、頼むからボリューム下げて」

「……すまん」

セベクは素直に謝罪し、眉尻を下げる。ハルトは困ったように笑いつつ

「今日の若様のコーナーでしょ?部屋行く?」

と自室の方へ足を向ける

「今日はクッキーを準備してきたぞ!!」

セベクの元気な声に、ハルトの耳がびくりと動く

ハルトの困り事とは、セベクの大声であった



ハルトがNRCに入学し、相部屋になったのがこのセベクであった

「この僕と相部屋になることを許可してやろう!!!」

等といきなり上から目線で言われ、ハルトはこの怖い人と一緒の部屋かぁ…と幸先の悪さに苦笑いした

彼はただでさえ高身長なのに、態度が大きく胸を反らして立つからとても威圧的に見える。

そして声が大きい。普通の人間でも顔を顰めるほどの声量だ。ハルトにはかなり辛い。

「申し訳ないんだけど、俺はコウモリの血が入っているから耳がかなり良いんだ。もう少しボリューム下げてもらえると有難いんだけど」

そう頼むと、セベクは微妙な顔をして

「まぁ、極力気を付けてやる」

と一応は了承してくれた。

ハルトはなんか知らんがやたら偉そうなルームメイトが素直に静かにしてくれるとは思えず、内心かなり不安だった

しかし、共に過してみれば(彼が気に入らないことが無ければ)意外と寡黙で紳士的な面を持つ男だったので、ハルトは正直とても驚いた。

黙々と筋トレをしたり(筋トレの前には一言断ってくれる)、読書に勤しんだり、課題も早いペースで集中してやっている

ハルトが重いものを運んでいたりすると背後からすっと現れて

「貸せ。」

と当然のように手伝ってくれることもあった。力仕事はよく任されているから慣れているとは本人の談だ。

頼られるだけの力がある証拠だと誇らしげに笑っていた。

他者を見下したような発言が多く怖くて嫌な奴だと思っていたが、そんな印象を勝手に持っていたことをハルトは申し訳なく感じた

それくらいには好意的にみている。

「セベクはストイックというか、すごい頑張り屋さんだね」

思わずそう声をかけると

「当然だ!若様に仕える身だ!鍛錬は欠かせない!!」

とハキハキと胸を張って答えられる。腹から声を出すのが癖なのか、至近距離での大声で耳が少し痛い

ハルトの耳が少し後ろに倒れると、セベクはハッとする。少し声が大きくなってしまったかもしれないと思ったのだ

ハルトは存外顔に出やすいセベクの様子を少し可笑しく思いつつ

「若様って誰なの?」

と尋ねる

「茨の谷の次期王であり我が寮の寮長でもある、マレウス・ドラゴニア様だ!!」

「へぇ!あのドラゴニア先輩の!?凄いね」

ハルトの素直な褒め言葉が満更でもなかったようで、セベクはふふんと得意げに胸を張る

自身が実力を認めた人には盲目的に敬意を払うタイプらしく、セベクが若様の悪口を言っていることなど1度も聞いたことがない

「貴様、思ったよりも話しがわかるな。特別に若様について話を聞かせてやろう!」

「んー、紅茶出る?」

「茶菓子も出してやる」

ハルトは少し苦笑する

セベクにとって、若様の話を聞かせてやるのは最上のご褒美らしい。

まぁ、本人からの好意だし…ということでハルトは話を聞いてやることにした

これをきっかけに、毎日のように「今日の若様」を聞かされるようになるとは思ってもなかったが



「で、今日は何があったの?」

ハルトはベッドに腰掛けて話を聞く体制に入る

ハルトの前には簡易テーブルと紅茶とクッキーが置かれている

全てセベクが用意したものだ。

彼の若様についての話は長い。話している内に熱が入るし、とにかく長い。

そして途中で茶化したり口を挟むとキレる為、誰も好き好んで聞きたがらないのだが、ハルトはそれなりに楽しんで聞いている

ちょっと厳ついルームメイトが尾を振る子犬のように無邪気に語る様がちょっとばかし可愛らしくて好きなのだ。

言うなればギャップ萌えと言うやつだろうか。あとはもう少し声が小さいと嬉しいのだが

セベクにとってもハルトに話を聞かせるのが楽しみになっているようで、毎度毎度の茶菓子の準備も苦ではないらしい

「今日はだな…」

セベクも自分のベッドに腰かけて話し始める。

ハルトはニコニコ話を聞いてやりつつ、若様検定なるものがあれば80点は余裕で採れるなぁなどと考えていた

マレウスの好きな食べ物も得意科目もガオガオドラコーンくんの成長具合も全て覚えてしまった

毎日そこまで代わり映えしないだろうに、今日の若様談義も実に絶好調だ

飛行術の最中に手を振ってくれたらしい。あのマレウス・ドラゴニアが能天気に手を振っているのなんて全く想像できないのだが、身内には案外甘いのかもしれない

「…おい、ハルト」

「ん?なに?」

「その、お前は」

セベクは急に歯切れが悪くなる。先程までの息をしていないかのようにスラスラ話していた勢いはどこへ行ったのやら

首を傾げるハルトに、セベクはぐぬぬぬと唸る

「お前は、苦ではないのか?」

「へ?何が?」

「その、ボクばかり話しているから…」

お前は、退屈ではないかと

セベクの緑色の目が躊躇いがちに、窺うようにハルトを見る

珍しい。とハルトは目を丸くする。

(マレウスやリリアを除く)人の目など気にしないタイプと思っていたが…

「退屈ならわざわざ時間作ってまで聞かないよ。」

「そうか。」

「そうだよ。」

「その、シルバーにお前にばかり迷惑をかけるなと言われてな」

覇気のないセベクはあまり慣れなくて、なんだか居心地が悪い

ハルトは困ったように笑う。セベクは見慣れた表情を見て、眉尻を下げた

「声がおっきい時は困るけど、それ以外で何か迷惑だと思ったこともないよ。」

「そうか。」

「そうです」

「その、ボクは、」

お前のことが嫌いではないから、

「迷惑でないのなら良かった」

セベクの声はいつもの様にハキハキしておらず、蚊の鳴くようなか細い声だった

ハルトは目を丸くして、そして

「声ちっさ!!!」

と笑った



「ハルトー!!!!」

今日も遠くから自分を呼ぶ大声が聞こえる

頭の上の大きな三角耳はいつもセベクの馬鹿でかい声を探してしまう

「セベク、声が大きいよ」

「すまん、お前を見るとつい…」

今日もこの男の声がハルトを困らせる

それが案外、苦じゃないものだからハルトはいつもの様に困ったような笑顔を浮かべてしまうのだ



☆☆☆
コウモリ仲間(?)でリリア先輩からもお茶会に誘われるハルトくん

リリア「どうじゃ?セベクはああ見えて可愛いやつじゃろ」

「そうですね。ドラゴニア先輩やヴァンルージュ先輩の事、それになんだかんだ言いつつシルバー先輩のこともとても大切に思っているのがよく伝わります」

リリア「うむうむ、お主も愛いのー!!このワシが可愛がってやろう!よーしよしよし!」

「あっ、耳はやめて下さっ…あんっ」


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