この世界に少しづつ沈め

監督生はシャワーを浴びていた

お風呂は好きだ。一日の疲れがお湯とともに流れ落ちていく気がする

バスタブに身を沈め、ふーと長い息をつく

この世界で覚えた流行りの歌を歌いながら、バスタブの中で泳ぐように足を動かす

この世界にもすっかり馴染んでしまった。新しいことを覚える度、元の世界の記憶が薄れていく

「………。」

監督生は勢いよくバスタブから出て、栓を抜き、裸のまま軽く掃除を済ませてから風呂場から出た。

用意しておいたバスタオルで体を拭いて、ブラが一体化したシャツを着る。昼間はきちんとブラを嵌めるのだが、夜は締め付けられたくない。

これが楽でいいのだ。

パンツと短パンを履いて、パジャマ代わりのTシャツを腕に引っ掛ける

随分とだらしのない格好だが、オンボロ寮には自分とグリムしかいないので気にする必要は無い

肩にバスタオルをかけて大きく口を開けて欠伸しつつ、監督生は談話室へ向かう

「グリムー、課題終わったー?…ん?!」

監督生は思わず持っていた部屋着を落とした

談話室にグリムの姿はなく…

「小エビちゃーん。その格好はちょっとダメじゃね?」

ソファーに長い足を持て余しながら座っていたフロイドがこちらを振り返って口元を緩める

「え、フロイド先輩?なんで?」

「髪の毛ビショビショじゃーん。小エビちゃん弱いんだからちゃんと乾かしなよ。こっちおいで」

フロイドは勝手知ったる様子でドライヤーを引き出しから取り出して、どかりとソファーに腰を下ろす

トントンと手で腿を叩いているが、そこに座れと言うことだろうか

監督生は落とした部屋着を着つつ、諦めたようにフロイドの方へ歩み寄る

機嫌を損ねる前に従っておいた方がいいと、彼と知り合っての短い期間に充分学んだ

促されるまま膝に腰を下ろす。何時もより顔が近くて少しドキッとしてしまう

自分が持つと手首を痛めそうになるくらい重たいドライヤーが、フロイドの手にあると玩具のように見える

どうせ自分しか使わないからと買った、子供っぽいピンクの安売りされてたドライヤー。こんな日が来るなら、もう少し良い奴買っておけばよかった。なんてどうでもいいことを考える

「フロイド先輩、なんでドライヤーの場所知ってるんですか…」

フロイドは大人しく座った監督生に機嫌を良くしつつ

「オンボロ寮乗っ取った時に監視カメラつけたから」

と目を細めてニヤリとした

「え?!うそ?!」

「うそ。」

「うそか…」

「小エビちゃんすぐ引っかかるから逆につまんねー。普通に勘だし」

フロイドはそう言いつつケラケラ笑って、遠慮がちに座った監督生の腰に腕を回して引き寄せる

監督生は、いや実際に監視カメラ仕掛けるくらいやりそうじゃん。と言いかけたが何とか飲み込んだ。

非力で無力な小エビは学んだのだ。口は災いの元、細かいことは気にしない。

しかし、無視できない問題もある

「………で、なんでここに?」

「んー?なんとなく」

「んー…。そうですか…」

フロイドはちゃんと温風が出たか自分の手のひらで確かめてから、雫が滴る髪に指を通し始める

ここに来た理由を教える気は無いらしい。フロイドは鼻歌交じりでドライヤーを動かす

妙になれた手つきが心地よく、監督生は猫のように目を細める

「……そういやフロイド先輩、私の下着姿、見ましたよね。なんか無いんですか。」

「なんかって?」

「感想とか?」

「服着てたじゃん。」

フロイドは気持ち良さそうな監督生の耳の後ろに丹念に温風を送りつつ、平然と言い放つ。

そりゃまぁ、普段はブレザーに隠れて見えない体型が顕になってて、ほんの少し目を奪われたけど。等とは口にはしなかった

フロイドとて年頃の男の子である訳で、同じくらいの年頃の女の子の下着姿にときめかない訳は無いわけで。

なんならちょっと押し倒したいくらいなわけで

それでもそんな欲求を口にしないだけの真摯さは一応落ち合わせていた。雌には優しく。と口を酸っぱくして両親から教え込まれた賜物だ

監督生は少し不服そうにする

「いや、着てましたけど。シャツ1枚だったじゃないですか…」

これがエースかデュースだったらぶん殴ってますよ。と唇を尖らせる

「んー、まぁ、ドキッとはしたかも」

ちょっとね。とフロイドは肩を揺らして笑う。膝の上の監督生までその揺れが伝わって、何だかあやされる子供の気分だ

「てか、小エビちゃん、もっと恥ずかしがれよ。雌ってきゃーとか言うんじゃねーの?」

「あぁ、その、驚きの方が勝って…」

「ふーん。」

フロイドはドライヤーを止める。まだ髪は多少しっとりとしているが、雫が落ちる程ではなくなっている

シャンプーの少し甘い香りがふわりと鼻をくすぐる

フロイドは途端に何かイケナイコトをしている気分になる

先程の姿が脳裏に鮮明に浮かび上がる。ぽたぽたと雫を垂らす髪に、火照って少し赤い頬。控えめだが確かに膨らみのある胸、思ったより細かった腰のライン…

今も剥き出しの太ももは、風呂上がりのせいで薄桃に熟れている。……これ以上は色々不味い

フロイドは誤魔化すように

「つか小エビちゃん、俺の裸見たじゃん。どうせ見せるなら裸見せろよ」

と茶化して言う。

「いや、見せたかったわけじゃなですし。…てか、フロイド先輩の裸見た事ありました?」

こてんと首を傾げた監督生に、フロイドは大袈裟にひっでぇ!と声を上げギュッと絞める

腕の中でぐへぇと色気のない呻き声がした

「ほら、海ん中で!!イソギンチャク事件でアズールと揉めてた時!!」

「……人魚姿かぁ」

監督生はいつかの事件を思い出す。海でウツボ2匹に追いかけ回された記憶がある。確かに全裸だ。てか、基本人魚は服を着ないのでは?

「それは、なんか、ノーカンですよ」

「ノーカンじゃねーし。陸の雌に見せたの初めてだし。あーあ、俺の裸見といてノーカンとかマジないわー小エビちゃんに弄ばれたわー」

「ちょっ!人聞きの悪い!やめてくださいよ!!」

フロイドはけたけた笑う監督生の項に顔を埋める。擽ったそうに監督生が身動ぎした

「で、小エビちゃん。」

「なんですか?」

「俺ね、マジな話、小エビちゃんの事、好きかも」

「へ?」

「小エビちゃん、俺の番にしたい」

フロイドは目を閉じて、そう言った。

しばらく、監督生の呼吸の音だけが聞こえる。長い沈黙だった。

フロイドは静かに目を開ける。ただ沈黙があけるのを待つ

「フロイド先輩…」

「…なぁに?」

「………フロイド先輩、多分、ここが男子校で、私が陸で初めて見た女の子で、物珍しさとかそう言うのがごっちゃになってるだけですよ」

だからきっと、そんな一時的な気持ちで付き合ったら、黒歴史になります。

「やめておいた方が、互いのためですよ。それに、私、急に消えちゃうかも知れないし。元の世界に帰ったら、二度と会えないかもしれないし」

監督生は少し震える声で、そう言った。

腕を弛め、監督生の顔を見下ろす。


なんでお前が泣きそうな顔してんの。とフロイドは少し苦笑いした

今ふられたのは俺なのに、小エビちゃんがふられたみたいな顔してるじゃん

小エビちゃん、期待したくないって顔。期待しなかったら、絶望しないもんね。

フロイドは少し考えて

「………もしも小エビちゃん以外の陸の雌を見ても俺がときめかなかったら、」

小エビちゃん、嬉しい?そう甘い声で尋ねる。

「そうですね。それは、」

とても嬉しい、かもしれません。

「ふーん。」

フロイドは再び腕に力を込めて、監督生を抱きしめる。監督生は抵抗しない。

それはもう認めちゃってもいいんじゃないの?と思ったが、フロイドは眩しいものを見つめるように目を細める。

番にしたい。今すぐ服をぬがして、ぐちゃぐちゃにして認めさせてやりたい。なんて気持ちもあるけど、小エビちゃんが望まないうちは手を出さないでやろう

小エビちゃんの覚悟が出来るまで待ってやろう。

他のやつを待つだとか決断を委ねるだとかは死んでもしたくないが、小エビちゃんなら許してやろう。

そう思えるくらいには、フロイドにとって彼女の存在は大きかった

「小エビちゃんは馬鹿で可愛いねぇ」

優しい声でそう囁いて、ソファーに深く身を沈めた



「ねぇ小エビちゃん。俺が卒業するまで、元の世界への帰り方、わかんなかったね」

「そうですね…」

時の流れは早いもので、ひとつ上の学年のフロイドは今日、NRCから卒業する

監督生は正直、あまり元の世界のことを思い出せなくなっていた。多分、帰り道なんてないんだ。そんな予感がすることが多々あった

でも、それを認めてしまったら、自分が努力してきたことが水の泡となってしまう。なんの意味も無かったことになってしまう。

「まぁ、あと1年はここに居られますし、何とかしますよ」

監督生は寂しそうに笑いつつそう言う。

いっそ目の前の男に泣いて縋って、海の底へ沈めてもらいたい。この世界に来た時のように、問答無用で手を引いて帰らなくてもいいように…そんな考えが頭を過る

フロイドはそんな監督生の顔をじっと見て、少し破顔した

フロイドは自分より小さな監督生と、屈んで目線を合わせる。

「ねぇ小エビちゃん。」

「なんですか、フロイド先輩」

「俺、小エビちゃんが1年生の時に告白したけど流されたでしょ。」

「そんなこと、ありました?」

「あった。俺、よーく覚えてるし。」

フロイドは告白した時のことを思い出す

『………もしも小エビちゃん以外の陸の雌を見ても俺がときめかなかったら、小エビちゃん、嬉しい?』

そう尋ねた時、監督生は蕩けるようにはにかんで

『そうですね。それは、 とても嬉しい、かもしれません。』

と言っていた。きっと監督生本人すら気がついていない本音。無意識の甘い表情……あの時の髪の乾き具合も、膝の上の温度も、全て思い出せる。鮮明に、鮮明に。

「小エビちゃんが卒業するまでの間に、誰にもときめけなかったら迎えに来るからね。あの日、小エビちゃんが勘違いだって言ったけど、そうじゃなかったら」

小エビちゃんに、責任とってもらうからね。

「生き物はどうせいつか死ぬんだし。元の世界に急に帰ってもいいから…迎えに来るから…待っててよ」

フロイドは甘く甘く囁く。迷子の子の手を引く様に、深い海へ誘うように、。

「……、1年、」

「不安?」

「そりゃ…だって、フロイド先輩だし。飽きっぽいし、気分屋だし。私だって、1年後にここにいるかわからないし。」

「ふーん?」

フロイドは屈むのに飽き、体を伸ばす。代わりに小エビを抱えて、自分の目線に合わせる

「じゃあいいこと教えてあげる、小エビちゃん」

オレね、あの告白した日からずーっと小エビちゃんが好き。

「ずーっと好きだけど、小エビちゃんが納得出来るまで待つって決めたの。」

「………フロイド先輩」

「なぁに?」

「私、待ってていいんですか?」

監督生は泣きそうな顔で笑う。馬鹿な彼女の精一杯の本音。

「いいよぉ。俺やさしーし。小エビちゃん卒業するまで待っててあげる。どうしてもって言うなら、元の世界にでも迎えに行ってあげる」

フロイドは監督生と額を合わせる

ピアスの飾りの揺れる音が耳を掠める

「だから早く、俺の所まで沈んでおいで。小エビちゃん」

この1年は、元の世界への未練を断ち切るための1年なんだろうな。なんて考えながら、監督生は目を閉じた



1年後

「迎えに来たよ、小エビちゃん。」

そう笑う長身の男に、蕩けるようにはにかんで抱きしめられる少女の姿があった。



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