食べられてもいいよ

時は夜。ハルトはフロイドに電話で呼び出され、フロイドとジェイドの自室へとお邪魔していた

フロイドに電話番号を教えたことは無いのだが、多分ジェイドのスマホを勝手に覗いたのだろう

細かいことはいちいち気にしないのがハルトの生き方だ。しかし、スルー出来ないこともある

「んんんんん、ダーリン。どういう状態?」

「…………。」

部屋に入るなり膝に抱えられ、頭頂部の匂いを嗅がれている状態から既に30分は経った。

片腕はハルトを離すまいと腰を抱え、もう片手はふわふわのしっぽを撫で続けている

「ダーリン?」

ジェイドは返事をする気が無いらしい。恋人の繰り返される呼吸音に合わせて、三角耳が揺れる

顔を見ることも出来ず、ハルトは自分のベッドに寝転がりスマホを弄っているフロイドにねぇ。と声をかける

「フロイド君、キミに呼び出されてから、ずっとこうなんだけど…」

「あー、ごめんねぇ。ミミイカちゃん」

今、充電中だから待ってあげてぇ。とフロイドは間延びした喋り方で言う。

スマホをベッドに置いてへにゃりと笑ったフロイドの表情は、ジェイドの笑い方とはあまり似ていない

顔は似てるのになぁ、などと考えつつハルトは首を少し傾げる

「何かあったの?」

「それがさー」

片割れが言うに、今日のジェイドは全くもってツイてなかったようだ

錬金術で相方がふざけて鍋が爆発し、クルーウェルに連帯責任で居残りさせられたらしい(ちゃんと巫山戯た雑魚には責任とらせたって。何したんだろーねぇー)

そのせいで昼食を食べ損ね(ただでさえ燃費悪いのに、ちょー機嫌悪かった)

午後からの飛行術では空腹のせいで普段より飛べずバルガスから居残りを命じられ(アイツ暑苦しくて最悪だよねぇ。ジェイドってばアナゴ食った時みたいなやべぇ顔してた)

その居残りのせいで今日中にとアズールから頼まれていた件が進まずお小言を頂戴し(嫌がらせに唐揚げ目の前で食いまくってさ、アズールマジ面白い顔してて超ウケた)

モストロラウンジではガラの悪い客に絡まれたんだとか(すげぇ勢いで蹴り出してたけど、多分八つ当たりだよねぇ)

フロイドの感想を混じえた報告を聞いて、ハルトは耳をペタンと倒す

「んんん、お疲れ様」

「ミミイカちゃん、今日は部活行ってて会えてなかったでしょ?それで、余計に拗ねちゃったみたい」

「拗ねると、おれの頭吸うの?」

「ミミイカちゃんの匂いが落ち着くんでしょ」

フロイドが話している間も、ジェイドはハルトの髪に顔を埋めたままだ

「ジェイド君、頑張ったんだね」

腕を伸ばして、自分の上にある頭を撫でる

ハルトのふわふわな髪質とは違って、ジェイドのサラサラの髪は、抵抗なく指の間をすり抜けていく。

ジェイドが呼吸する度、息が擽ったいのが三角耳がピコピコ震える

「ねぇダーリン、ちょっと離して?」

「……いやです。」

「ジェイド君、意外と困ったちゃんじゃん」

「意外とぉ?」

片割れとその恋人を眺めて、フロイドはケラケラ笑う

「俺らん中で1番困ったちゃんはジェイドだよぉ。拗ねると1番長いし面倒臭ぇの」

ねぇ、ジェイド?とフロイドが言うと、少し顔を上げたジェイドは恨めしそうに片割れを見る

ハルトさんに余計なことを言わないでください。と目が訴えている

ジェイドは肌触りが良い揺れる三角耳に頬を寄せ、小さな声で

「…困ったちゃんの僕はお嫌いですか?」

と窺うように尋ねる。その声が妙にしおらしく、可愛らしい

「んんんんん、嫌いじゃないから困ってるんだよなぁ」

「………ハルトさん、好きです。」

ジェイドは先程から動かされていた耳をぱくりと食む。

ハルトは突然の刺激に驚き、ビクリと肩を揺らしたが苦笑いして好きにさせてやる

牙は立てられれおらず痛みは無いのだが、唇でハムハムと啄まれむず痒い

身動ぎしようとすると、逃げられると思ったか腰に回された腕に力が入る

しっぽの先を震わせて耐えているハルトを見て、フロイドはにやぁと口を横に裂けさせて笑った

「ミミイカちゃん、物好きじゃん」

「フフフ、おれは小さいけどキミらより先輩なんだよ」

ハルトは両腕を上に伸ばし、手探りで恋人の耳に触れる。今度はジェイドが擽ったそうに身動ぎする

「さて、マイダーリン。そろそろ離して?おれの故郷の料理はいかが?」

「ハルトさんの故郷の料理?」

「フフフ、おれを見てるとお腹を空かせちゃうジェイドくんに、キノコ料理を作ってあげちゃおう」

「キノコ料理…」

モゾリとジェイドが動く。フロイドが小声でやるじゃん。と呟いた

「…ハニーのご飯、食べたいです」

「ん、じゃあついておいで」

ジェイドの腕がハルトの腰から離れる。

ハルトはジェイドの手を引き、部屋から出て行く。2m近い大男が小柄な狐に手を引かれて素直に歩く姿は多少滑稽に映る

そんな2人の背中を眺めて

「身長差的に、親子か誘拐犯にしか見えないのウケる」

とフロイドは笑った




「ジェイド君、辛いの平気?」

「はい。」

「ニンニクも大丈夫?」

「大丈夫です」

ジェイドに確認しつつ、モストロラウンジのキッチンを漁る

賄い用に持ち込んだ自国のスパイスをいくつか並べ、くんくんと匂いを嗅いで確認する

店の食材を勝手に使用すれば当然アズールは怒るだろうが、新メニュー候補だと言って少し味見して貰えば許されるだろう。

それがダメなら弁償すればいい。等と楽観的に考え、ハルトはニンニクとトマトを取り出す。

あとはデザート用に仕入れてあるヨーグルトと、ドリンク用のレモンも拝借する

遠慮なく食材を漁る恋人を見下ろしつつ、ジェイドは少し笑う。

ハルトは気が付いていないのだろうが、しっぽが無意識にジェイドの足をスルスル何往復も撫でている。暖かく擽ったいそれを掴んだら驚くだろうか。

「僕だけがご馳走になるなんて…フロイドは拗ねているでしょうか」

「今日はジェイド君の為だからね。」

フロイド君にもまた今度、何かご馳走するよ。とハルトはジェイドを見上げて笑う。

ジェイドは口を結んで不満そうにする

「…嫌です。ハニーの料理は僕のものです」

背の低いハルトに合わせて膝を折り、スリスリと子犬のように頬を擦り付けてくる後輩に、ハルトも同じようにして応える

「フフフ、困ったマイダーリン。じゃあ、ちょっと待っててね」

ハルトは背伸びしてキッチンに立つ。フライパンにオリーブオイルを注ぎ、火にかける

ニンニクと生姜を刻み、スパイスと共にフライパンへ入れ炒める

慣れた様子でヘラでフライパンの中身を混ぜつつ、次の食材を刻んでいく

ジェイドはちょこちょこと動く背中にピッタリと張り付き、尾を踏まないように気を付けつつ一緒に移動する

少し動きづらいと思ったが、ハルトは咎めることなく後輩の好きにさせてやる。熱せられたスパイスが香り立つと、ジェイドは頬を弛めた

お腹が鳴りそうだ

「いい香りですね」

「熱砂の国のスパイスだよ。おれの実家がスパイスのお店なの」

「おや。アズールが喜びそうです」

「フフフ、アズール君はダーリンのお友達だし、安くしてあげてもいいよ」

「いえ、ハニーに損をさせる訳にはいけません。」

「ンフフ、アズール君も大変だ」

ジェイドを背中に引っつけたまま、ハルトは耳を揺らして笑う

ジェイドの足をするりとしっぽが撫でる

刻んだ玉ねぎとトマト、別のスパイスをいくつかフライパンへと投入する

「あとはお塩とジェイド君の大好きなキノコを入れて、仕上げはこれ」

「ヨーグルトですか?」

「そ。あとレモン搾れば完成。お皿を取ってくれると嬉しいんだけど、ダーリン?」

ハルトは覗き込むジェイドを見上げて、イタズラっぽく笑う

「小さなハニーからのお願い、ね?ジェイド君」

「マイハニーの頼みなら、仕方ありませんね」

腰を屈めて額にキスを落として、ジェイドも困ったように眉を寄せて笑う

「機嫌は治った?」

皿を下ろすジェイドの膝辺りに尾を擦り寄せながらハルトは恋人を真似して口元に手を当ててくすくす笑う

「ハルトさんがお耳を撫でさせてくれて、あーんをしてくれたら、ご機嫌になるかもしれません」

「もう撫でてるみたいだけど」

「すみません、クセで。」

擽ったさに身を捩りつつ、フライパンを傾けて料理を皿へと盛りつける

ジェイドは不意にハルトのピアスに触れ、指先で転がすように弄ぶ

「ピアス、増えましたね」

「甘えたちゃんのウツボが噛むからね。」

「そんな困ったウツボがいるんですか?大変ですね」

「あれれ、どのお口が言うのかな?」

ハルトはケラケラ笑う。

ジェイドはピアスを軽く引っ張った。噛みすぎて耳に穴があく度、ハルトはピアスを強請る

キミがつけた傷だから、責任取って埋めてくれと笑う。なんでも許容してくれるのは当然嬉しいが、行き過ぎてしまうのではないかとたまに恐ろしくなる

噛むだけでは飽き足らず、噛み千切り咀嚼し、腹に収めたくなってしまうかもしれない

「…また齧りたいの?」

ハルトは小首を傾げて後輩を見上げる。後輩はなんとも言い難い表情をしている

「そうですね。誰にも見えないところにも、傷痕をつけたいです。」

僕だけが知っている、なんて官能的ではないですか?

ジェイドは屈んで、ハルトの細い首に骨ばった指でなぞる

ハルトはすっと目を細める。

ジェイドは、傷をつける時は至福の表情をするくせに、後になって少し震える指先で痕を撫でる時は後悔したような顔をする時がある

痛いのは嫌いだ。しかし、この後輩からの贈り物だと思えばそれも悪くは無い。傷つけるなり食べるなり、好きにすればいい

「…おれを食べるなら、このお料理はいらない?」

「いえ、いただきます」

「じゃあ、冷めないうちに」

ハルトはいつものように笑った。ジェイドは若干毒気を抜かれ、手渡されたフォークを素直に受け取る

「おいしい?ダーリン」

「はい、とても。」

スパイスとニンニクの香りが食べても食べても食欲を増進させる気がする。ヨーグルトのお陰かさほど辛さはなく、さっぱりとしている

ジェイドは皿に山盛り積まれた料理をどんどん平らげていく。

「ンフフ、ジェイド君って見た目によらずエッチだよね」

ハルトは何を思い出したか、含み笑いしながら後輩を眺める。

「そんな僕はお嫌いですか?」

ジェイドはフォークを置き、慣れた手つきで耳の下から裏側を掻くように撫でる

ハルトは気持ちよさそうに目を細め

「ちゃんと全部好きだよ、ダーリン」

と、大きな尾を揺らして、後輩のオッドアイを見つめて微笑んだ



☆☆☆
あなたを見ているとお腹がすきます
あなたになら、食べられてもいいよ

それって、月が綺麗ですねと似てるようで
独りよがり

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