あなたを見てるとお腹がすきます

陸に上がって2ヶ月ほどの頃

ジェイドは図書館に来ていた。海の中では紙はふやけてしまう為、貝殻や硬いものに文字を書いていた

紙の書籍と言うものは珍しい。そんな珍しいものが大量に集められているという場所を、陸に上がる前から1度見てみたかったのだ

「本当に、沢山の本があるんですね」

ジェイドは所狭しと並んだ棚を見上げる

手が届く場所より高い場所にも積み上げられ、時折浮遊している本がどこかへ飛んで行く

「ねぇ、そこの大きな君。」

「おや?」

上ばかりに気を取られていた為か、自分を見上げる人物に気が付いていなかったジェイドは少し驚く

いつの間にか隣には、随分と小柄な生徒が立っていた。ワインレッドと黄色の腕章…スカラビアの生徒の様だ

顔と同じくらい大きな三角耳と、フサフサに膨らんだしっぽが揺れる

ジェイドはパタパタと揺れる大きな耳から目が離せなかった。人魚のジェイドにとって、ふわふわの毛皮は見慣れないものだ

「ねぇ、大きな君、聞いてる?」

「はい、すみません。その」

「フフフ、君、海の匂いする。人魚でしょ?」

これ、珍しい?と小柄な生徒がピコピコ耳を動かしてみせる。

「お願い聞いてくれたら、触ってもいいよ?」

「お願い?」

「おれ、小さいでしょ。手が届かないの。あの本、とってくれない?」

しっぽを揺らしながら首を傾げる。ジェイドは小柄な生徒が指す方を見て

「足台があるようですが」

と口元に手を当てて少し笑った

「意地悪だな、キミ」

小柄な生徒が耳を倒して苦笑いする

「足台使っても、届かなかったの。ねぇ、大きな君、先輩の頼み聞いてよー」

ジェイドはクスクス笑いつつ軽々と本を手に取る

「大きな君ではなく、ジェイド・リーチです。先輩」

「ンフフ、おれはハルト。フェネックっていう、狐の獣人なの。よろしくね、ジェイド君」

ハルトはしっぽを揺らしてにっこり笑う

「ところで、その本、取ってくれたんじゃないの?」

「フフフ…約束通り、その可愛らしいお耳としっぽを触らせて下さい」

「やだー、見かけによらずえっちじゃん。ジェイド君」

「では、この本は元の場所に片付けておきますね」

「待った待った!触っていいからソレちょうだいよ!」

「契約成立ですね」

ジェイドはクスクス笑いつつ、差し出されたふわふわのしっぽを堪能する

「これは…クセになりそうですね。」

見た目は太いが、殆どは毛でとても柔らかい

「フフフ、たまになら触らせてあげる」

ハルトは目を細めて少し得意気に笑った



ジェイドの肩書きが副寮長になった後も、時折ハルトとの妙な関係は続いていた

ジェイドはしっぽと耳を触らせて欲しいとハルトを見かける度に声をかけ、対価と称して様々な手伝いを行っていた

それを見掛けたジャミルが呆れたように「通い妻…」と呟いていたとか、いないとか。

現在、ハルトはモストロラウンジでバイトをしている。ジェイドが誘うと、二つ返事で働きに来てくれた

小柄なハルトがフロアでちょこちょこと動き回る姿が、ジェイドには大変健気で可愛らしく映り目が離せない

ふわふわのしっぽを揺らしながら、器用に人の間を縫ってオーダーをとり食器を回収し、注文された料理を届けていく

ジェイドはそんな姿を眺めていると、あの大きな耳に牙を立て、しっぽをむんずと掴んでやりたくなる衝動に襲われることがある

喉が渇く、腹が減る。その延長にある様な、下腹が疼く感覚。

陸に上がって初めての感覚に戸惑いと興味が湧き上がる

「ねぇダーリン、あの食器おろして。届かない」

ハルトは足音がほぼ聞こえず、気配が薄い。いつかのように急に足元に現れるものだから、ジェイドは顔には出さないが少し驚く

「はいはい、ハニー。小柄なあなたには少々荷が重いですからねぇ」

頼ってきたハルトのパタパタ揺れる耳を撫でながら、ジェイドはクスクス笑う

いったい自分は、いつから彼のダーリンになったのだろうか。咄嗟にハニーと返してみたが、ハルトは満更でもなさそうに笑う

ハルトは掴みどころがなく飄々としている。そんな彼の気まぐれな戯れが、ジェイドにはどこか愛おしく感じる

「はい、小さなマイハニー。あなたの非力な手でちゃんと持てますか?」

「相変わらず、意地悪だなぁ、ジェイド君は」

ハルトはジェイドを見上げて苦笑いする

なんだかんだ言いつつ、頼まれた食器をおろして手渡してくれる後輩の手つきは丁寧だ。ハルトは左右に尾を一振する

ジェイドの視線が無意識に揺れる尾を捉える

「ありがと。」

「ハルトさん。仕事の後、少しお時間を頂いても?」

「ん?別にいいけど」

珍しいお誘いね、ダーリン?とわざとらしく小首を傾げる姿が妙に色っぽい

「フフフ、2人きりでお話したい時もあるんですよ、ハニー」

ジェイドはクスクス笑って大きな三角耳に手を添え、親指の腹で撫でる

「んんん、お耳は敏感だから、気軽に触っちゃ嫌よ。」

「すみません、ついクセで」

ジェイドは口では謝罪しつつ、耳を撫でる手は止めない

「んんんんん、ジェイド君は意地悪だ」

ハルトは耳を離して貰えず、困った顔でただ離してもらえるのを待つ。

離す気がない時に無理に逃げようとすると、遠慮なく引っ張られて痛いのだ

この後輩は時折無自覚で暴力的になる節がある。人魚としての本能か、彼自身の本性なのかは知らないが。

キッチンに入っていたフロイドが

「ねぇアズール、またジェイドとミミイカちゃんがイチャイチャしてて萎えるんだけどー」

と面倒臭そうに報告し

「職場でイチャイチャしてないで、さっさと働いてください」

とアズールが呆れた顔で手を払うまで、ジェイドは手を離さなかった



「あなたを見ていると、なんだかお腹が空きます」

2人で戸締りや明日の仕込みの確認をしている最中、ジェイドはそう呟くように言う。

ハルトはチェック表にペンを走らせつつ、ちらりと背の高い後輩を見上げる

「おれを食べたいわけ?」

「いえ、なんというか…奥歯が痒いのです」

ジェイドは困ったと言う様に眉を寄せてみせる。

「ハルトさんの耳に噛み付いて穴を開けたい。あなたのしっぽを力いっぱい引っ張りたい。そんな欲求が止まりません。」

「んー…」

「あなたが悲しむ姿は見たくないのですが、同時に意地悪をして酷く泣かせてやりたい気持ちになります」

この気持ちはなんなのでしょうか?

ジェイドはハルトの耳に手を伸ばす。軽く指先で触れられた耳が反射的にピコピコ揺れる

「それ、本人に聞く?」

小柄な狐は、自分のしっぽを抱えて困ったように笑う。

我ながらいい毛並みだ。最近はこの後輩にブラッシングやらトリートメントをされるので、前よりずっとふわふわになった

甲斐甲斐しく世話を焼いてくるくせに、時折しっぽの根元をギュッと握ったり意地悪をしてくることがあるなぁとは思ってはいた。

本人なりに葛藤して抑えてはいたのだろうが、我慢出来ずに欲望が溢れた時にやっていたんだろう。

ハルトはほんの少し迷って

「おれが言うのもなんだけど、おれがかわいいんでしょ。キュート・アグレッションってやつだ」

と言った。

「きゅーと、あぐれっしょん」

「好きな子ほど虐めたいってやつね。ダーリンがおれのことを好きだなんて、思いもしなかったけど」

「ふむ。」

ジェイドはじっとハルトを見下ろす。

好き。好きなのか。この先輩のことが。この小さなキツネのことが。

目が離せなくて、気になって仕方がない。下腹が疼く。自分の中に収めてしまいたい。笑顔だけじゃ足りない。泣き顔も、苦しむ顔も全部みたい。その感情の名前。

なんだか妙にしっくりきた。ストンと落ちるところに落ちた。そんな気がした。

「恋をしていたんですか、ボク」

ジェイドは目を真ん丸にして、苦笑いしているハルトをまじまじと見つめる

「恋かは知らないけど…」

「好きです。」

「…わぉ。」

自覚すればジェイドは早かった。

「好きです。付き合って下さい。」

「そんな即決していいの?勘違いかもしれないよ?」

「僕のことはお嫌いですか?」

ジェイドは小首を傾げ、わざとらしく可愛子ぶってハルトの前に屈む

ハルトは珍しく自分より低い位置にある後輩の顔を見つめ、耳をペちゃんと後ろへ倒す

「優しく撫でてくれるなら、嫌いじゃないよ。」

「…噛むのは、ダメですか?」

「…んんん。血が出ない程度なら。」

「跡はつけても?」

「ジェイド君、見た目によらずえっちじゃん」

ハルトが笑うと、ジェイドは小柄なキツネをひょいと抱えて立ち上がる

すぐ目の前のオッドアイが窺うように見つめている

「んん。壊さないように、優しくしてくれるなら、まぁ」

いいよ。

ハルトはジェイドの額に小さな唇を押し付ける

ジェイドはしっぽを撫でつつ、お返しとばかりに思い切り大きな耳に噛み付いた



☆☆☆
カリム「お、ハルト!お前ピアスなんてしてたか?」

「どっかのウツボが、力加減間違えて穴開けたから、対価に貰ったの」

カリム「どっかのウツボ?」

ジャミル「あぁ…(察し)」

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