プレゼントをお願いします

「プレゼントは結構です」
「お悩みの相談をして頂ければ」
「お祝いなら、ラウンジの特別メニューを注文して下さい」

今日の主役であるアズールは、相変わらず商魂逞しくやっている

Birthday boyと書かれたタスキを肩にかけモストロラウンジに立つ彼は実に活き活きしている

誕生日くらいラウンジを休んでゆっくりすればいいものをと思ったが、彼にとって楽しいのならなんでもいいかと考え直す

監督生と呼ばれているオンボロ寮の生徒が校内新聞の記事の取材をしている

アズールは慣れた様子で、まるでプレゼンのようにスラスラと実家のレストランや家族のことを話している

恐らくだが、何を聞かれても答えられるように陰で練習してきたんだろう

努力家の彼のことだ、この日の為に色々下準備していたに違いない

ハルトは、アズールの楽しそうな様子をニコニコ眺めていたが、客に呼ばれオーダーを取りに行く

アズールはインタビューの合間にちらりとハルトのことを目で追って

「………。」

またスラスラと質問に答え始めた



アズール・アーシェングロッドはハルトのことが好きだ

きっかけは1年生の終わり頃、アズールが寮長になる少し前だ

陸の生活に慣れてきていた油断と、モストロラウンジの運営、寮長になる為の準備と重なったことによる疲労により倒れた

変身薬を飲み忘れたようで、足はタコの触腕へと戻ってしまい、全く動けなくなってしまった

アズールにとって幸いな事に、植物園へ薬草を採りにいく途中だった為、人通りがなく他人に弱みを見せなくて済んだ

ジェイドかフロイドに連絡して、変身薬を持って来て貰えればなんとかなる

アズールはスマホを取り出そうと制服のポケットを探るが、目的のものに指が触れることはなかった

念の為に胸ポケットや脱げたズボンも叩いて確かめてみるが、布の感触があるだけだ

「…なんてことだ…。充電してそのままだ…」

アズールは頭を抱える。誰か通りかかるまで待って、借りを作って助けて貰わなければならない

それも大変精神的に苦痛なのだが、もうひとつアズールを苦しめるのは…

「暑い…このままでは干上がってしまう」

もうすぐ9月だと言うのにまだまだ弱まることの無い日差しは、人魚の敏感な肌を鋭く貫く

人魚は乾燥に弱い。人間の姿をとっている時でさえ、直射日光に長時間晒されると火傷のような症状が出て赤く腫れ、水脹れが出来ることがある

暫くは粘液が身体を覆っているが、エラが乾けば呼吸すら困難になってしまう

せめて動けるうちに木陰まで移動したいところだが、疲労が重なっているせいか身体が言うことをきかない

照り返しが憎い。鉄板で焼かれる魚の気分だ

「はぁ…最悪だ」

思わず毒吐いた時、アズールの視界が少し陰り暗くなる。

「??」

「…人魚?……もしかして、アズール君?」

なんとか顔を上げると、紫色の見慣れた腕章を付けた生徒が覗き込んでいた

彼は同じオクタヴィネル寮で1つ年上の先輩

「ハルト、さん」

「あ、やっぱりアズール君だ。人魚だったんだな、お前」

ハルトはアズールの八本の触腕を興味深そうに見ている

アズールは過去に、ヒレを持つ人魚達にこの姿のことで揶揄われ虐められていた過去があるため、正直あまりタコの姿を見られたくはなかった

「…あまり見ないで貰えますか?」

アズールは顔を顰めて吐き捨てるようにそう言う

「あぁ、悪い。格好良かったから、ついね」

ハルトはからから笑って、アズールの口元へ何か差し出す。

小瓶に入った液体が揺れていた

アズールはしばらく呆気にとられたようにハルトの顔を見つめていたが、慌てて口を閉ざす。

「これ飲んで。タコってほとんど筋肉だろ?今のお前じゃ重くて運べないからね」

「……結構です。自分でなんとかします」

「…ジロジロみちゃって不快にさせたお詫び。って言ったら?」

「……仕方がない、好意を無下にするのは失礼ですので」

アズールが口を開けると、ハルトは小瓶の蓋を外し、噎せないようにゆっくりと液体を流し込む

「…甘い。」

「甘いもん嫌い?」

「嫌いでは無いのですが、カロリーが…」

「アズール君は痩せすぎな気がするけど…」

「そんなことありません。」

「俺、ウソが下手ってよく言われるの。アズール君のこと、綺麗だしかっこいいし、1年なのに凄いなって思ってたよ」

ハルトはへにゃっと笑う。アズールは能天気そうな先輩の顔を眺め、口を引き結ぶ

「え、なんか嫌なこと言っちゃった?」

「……いえ。別に。」

アズールは目を閉じた。アズールの身体が縮み始める

ハルトが飲ませた液体はピッシュサルヴァーと言われる縮み薬だ。

薔薇の王国で有名な飲み物で、身体が大きくなるケーキ「アッペルスヘン」と一緒に売られていることが多い。

後で聞いた話だが、ハルトは薔薇の王国出身らしい

アズールはあっという間に手のひらに収まる大きさになった

「…ちょっと小さくし過ぎではないですか?」

不満そうにアズールはハルトを見上げる。その辺に落ちていたバケツに魔法で水を満たしながら

「まぁそう言わずに…。はいどーぞお客さん。寮の部屋に行けば薬の予備ある?」

「はい。お願いします。」

アズールは器用にバケツに吸盤を張り付かせ這い上がり、水にぽちゃんと入った

小さなバケツの中をクルクル泳ぐタコの人魚を見つめる。何だか不思議な気分だ

人魚のイメージと言えば、下半身が魚のあれだ。陸に伝わっているのも大体そういうタイプの人魚で、タコの人魚というのは中々珍しいらしい

銀色の髪が水流といっしょにふわふわ揺れる。空のような青い目がこちらを向いて、静かに細められる

海の底に暮らす、美しい未知の生命

「……このまま金魚鉢で飼いたいな。」

「素直な方ですね。ボクを飼うなら立派な蛸壺と高価な餌を用意してください。半端な餌では食べませんよ。」

「おー。高くつく後輩ちゃんだねぇ。」

ハルトは肩を揺らして笑って、バケツを揺らさないように胸に抱えて歩き始める

アズールは水面の下側からハルトの顔を見つめ、コポリと泡を吐き出した



「ハルトさん、少しよろしいですか?」

自身主催のバースデーパーティを終え、モストロラウンジも片付け終えたアズールはハルトを呼ぶ

「はい。お呼びですか、寮長」

他の寮生と同じ様にそう返事をすると、アズールは人気の無くなったラウンジで露骨に顔を歪めた

「前のようにアズール君と呼んで頂いて結構ですと、何度も…」

「はいはい、悪かったよ、アズール君」

ハルトは苦笑する。

アズールはモストロラウンジの支配人であり寮長である。歳上であろうが、立場が上であるアズールに適当な態度はとれない

初めの方は自分より年下の癖に様々な肩書きを手に入れたアズールを妬んだ先輩方からよく絡まれていたが、全員リーチ兄弟と共に実力で叩きのめして従えた。

ハルト以外の先輩な気安くタメ口や呼び捨てでアズールと呼ぼうものなら

「躾が足りませんでしたか?」

と日頃のストレス発散を兼ねてボコボコにしていた

なのにこの後輩は、自分には今まで通り接しろと言ってくる。周りの目があるので、中々アズールの要求通りには出来ないのだが、それが彼にとって不満らしい

分かりやすくムッとして子供のように拗ね始めたアズールに、ハルトは少し困った様に眉を下げつつ

「アズール君、誕生日おめでとう」

と言った。

「なんですか突然」

「いや、今日ちゃんとさ、面と向かって言ってない気がして」

「………紅茶でもいかがです?」

「アズール君がいれてくれるの?」

「あなたがお望みなら」

「ふふ、アズール君のいれた紅茶が飲みたいなぁ」

「仰せのままに」

アズールの機嫌は直ったらしい

ラウンジのカウンターに入り、以前お気に入りだと言っていた茶葉の瓶を開ける

ハルトはいつもアズールが座る席に腰掛ける

アズールが慣れた手つきで紅茶をいれる姿を、ハルトは目を細めて愛おしそうに見つめる

「俺ね、アズール君がお茶いれるの見るの好き」

「知ってます」

あなたって、ボクの顔好きですよね。とアズールは蒼の目を細める

「あなたはいつも僕を見ている。」

「バレてた?」

「当然。」

スッとカップがハルトの前に置かれる。アズールが拘って選んだ、自慢のカップとソーサーの柄がさりげなくこちらへ向けられる

「ところで、ボク、誕生日なんですよ」

アズールはイタズラを思い付いた少年のように微笑む

「存じてますけど。さっきおめでとう言ったじゃん」

「おかしいですねぇ。ボクの誕生日をご存知ですのに」

あなたからまだ何も頂いてないのですが…。とアズールはズズイとハルトに顔を近付ける

ラウンジには2人きり。アズールは落ち着いた雰囲気のライトに髪を煌めかせ、ハルトを見つめる

「……アズール君、」

「はい。なにか、ボクに言いたいことがあるでしょう?」

「アズール君、」

ハルトはゆっくりと口を開き

「もしかして、誘ってる?」

と少し笑って尋ねる。アズールはニッコリと微笑んで…

「なんでこの雰囲気で告白しないんですか?!」

とブチ切れた

「ええ?!」

「ええ、ええ、あなたのおっしゃる通り誘ってますとも!」

アズールは先程までの大人びた妖艶な雰囲気などどこへやら、子供のように癇癪を起こし始める

「全く!あなたはボクのことが好きなくせになんで告白しないんです?ボクの何が不満なんですか!!」

こんなに分かりやすく2人きりで過ごしているのに!ボクはあなたに告白される為に自分を磨いてきたんですよ

「なのにあなたと来たら見つめるだけで一向に手を出してきやしない!!なんなんですかあなたは!!!」

アズールは涙目で捲し立てる

ハルトは目を白黒させつつ

「えと、今の、アズール君からの告白?」

と聞き返す

「…悪いですか?あなたが悪いんですよ。あなたは僕のこと嫌いなんですか?」

「嫌いじゃないよ」

気圧されつつ、ハルトは苦笑いする

アズールはカウンターから身を乗り出し、ハルトの胸ぐらを掴んで噛み付くように顔を引き寄せる

「なら、つべこべ言わずにさっさとボクにキスをしろ!!」

無茶苦茶だった。雰囲気も何もありゃしない。ロマンチックな計画もどこかへ吹っ飛んでいった。

アズールは興奮で真っ赤な頬をして、涙で潤む碧でハルトを捕らえて離さない

ハルトはアズールのメガネを外し、カウンターに置いた

そして彼の望むように、その柔らかな唇に自分の唇を重ねる

アズールは胸倉を掴んでいた手を離した。ハルトは名残惜しそうに離れた唇に破顔する

「お誕生日おめでとう」

「それはさっき聞きました」

「生まれてきてくれてありがとう」

「はい」

「プレゼントは、今のキスで構わないの?アズール君」

アズールは目の前の男の瞳を見つめ、少しムッとする

「そんなもんじゃ足りませんね。ボクに恥をかかせたんです。そちらから告白し直してください」

「仰せのままに」

「あと、次の休みにデートもしてもらいます。」

「はいはい」

「あと」

「うん。」

「あなた自身、全てボクに下さい。後悔させませんから」

「はいはい。なんたってアズール君はバースデーボーイだからね」

アズールはカウンターから出てきて、ハルトの隣に腰かけて笑う

「まだまだたっぷり甘やかして下さい」

だってボク、今日は誕生日なので。



☆☆☆
Happybirthday!!!アズール君!





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