向日葵の告白2
潮風と穏やかな日差しの中、時折カモメの声が上空から降ってくる
フロイドと監督生は町へと来ていた
フロイドは小柄な監督生に合わせてゆっくりと足を動かす
学園以外の場所をほとんど見たことがない監督生は、楽しそうにキョロキョロと周りを見回して歩く。
フロイドは監督生が人混みに流されたり迷子にならないように目を配っていた
学園の外でもちょっと目を離すとすぐに変な輩が寄ってくる。大抵フロイドに気が付くとそっと離れていくので今のところ暴力に訴えずに済んでいる
190越えの大男の威嚇はとても迫力がある。しかし、監督生を見下ろす際の大男の表情は別人かと見まごう程とても穏やかだ
「すみません、お休みなのに買い出しに付き合って貰っちゃって」
「んー?別にいいって。俺も見たいもんあったし」
アズールから電話がかかってきた際はまだ寝ており、散々アズールを罵って休みなのにふざけんな意地悪性悪タコばーかと騒いでいたのだが、そんなことは微塵も出さずに笑う
「で、どこ行くの?」
「えと、この地図だと…スパイスのお店が近い…ですかね。食器は重たいし、最後に買いたいですもんね」
「スパイスの店ね。小エビちゃん、こっち。」
フロイドは監督生の手に自分の手を重ねる。骨ばった男の手とは違う、小さくて柔らかな白い掌はすっぽりと収まってしまった
慌てる監督生の手を軽く引いて、靴を鳴らして足取り軽く歩き出す
「デートみたいだねぇ、小エビちゃん」
そう思わない?と、金とオリーブの瞳を細めて優しく蕩けるように微笑まれ、監督生は熱い頬を抑えながら小さく頷いた
スパイスの店の看板が見えた時、急に大音量で曲が流れ始める
フロイドがうるせっ。と耳を抑えて顔を歪める
何かのイベントかと不思議そうにしつつ足を止めた監督生の周りで、人々が陽気に踊り始めた
「何コレ。なんか周りのヤツら急に 踊り始めたけど」
「これって、フラッシュモブってやつじゃないですか?」
「フラッシュモブ?」
フロイドが首を傾げ、オッドアイをキョトンと瞬かせて監督生を見下ろす。子供のような幼い表情に、監督生はクスリと笑う
「通りすがりの人を装ったエキストラさんが、ゲリラパフォーマンスをして、サッと解散するっていう…マジカメとかでたまにバズってるんですよ」
「俺も踊っていいの?」
「んー、あまり参加しない方がいいかもしれません」
監督生はフロイドの手を引いて、踊りの邪魔をしない様にフラッシュモブから離れようとする
しかし、何故か彼らの輪から一向に抜け出せない
「あの、どいて下さい…あの…」
「小エビちゃん、多分だけど、」
これ俺らについてきてね?とフロイドが鬱陶しそうに顔を歪める
「え?なんで?」
「知らねぇけど邪魔…。ねぇ、蹴散らしていい?」
「それはダメですよ、フロイド先輩」
「なんでぇ?」
「外で問題を起こすとアズール先輩に怒られちゃいますよ」
「えー、どうでもいいし…」
苛つくフロイドをなんとか宥めている間に、踊りの中心から抜け出せないまま曲が終わった
やっと抜け出せるかと思ったら、今度は1人の煌びやかな衣装を纏った男が監督生方へと歩いてくる
「何あいつ。小エビちゃんの知り合い?」
「いえ………あ、モストロラウンジで口説かれたことがあります…確か、ロイヤルソードの方ですよ…」
フロイドと監督生はヒソヒソと小声で話す。何だかとても嫌な予感がする
踊っていた人達や、何事かと見つめる買い物客達の視線が監督生とその前に跪いた男に集まる
「美しい人、どうか、この僕と付き合って下さい!」
差し出されたのはバラの花束だった
何処からか野次が飛び、まばらな拍手が聞こえる
「えと…あの…」
監督生は突然の告白に戸惑う。一度口説かれたことはあるが、それだけの人だ。名前も知らない
思わず助けを求めるように周りを見回す。みんなが良い返事を期待する様に見つめて、監督生の答えを待っている。
こんな派手な告白…人目があるところで…みんな見てる…フロイド先輩の前で告白された…やだ…どうしよう…こんな大勢の前で断ったら、私が悪者にされる?…恥ずかしい…こわい…
監督生の頭の中でグルグルと思考が回る。変な汗が噴き出して、顔が熱くなる
なんとか上手いこと揉めないように断らなきゃ。でも、どうやって?
口の中が乾いて、喉が張り付いて上手く声が出せない
出来ることなら、魔法のようにこの場から消えてしまいたいと願うが、魔力のない監督生には無理な事だ
フロイドは、羞恥心とパニックでカチコチになっている監督生を見下ろす
今すぐ力尽でコイツらを蹴散らしてやっても良いけど、多分小エビちゃんはおびえちゃうしなぁ。どうすっかなぁと思案しつつ、ボリボリと頭を
く
差し出されたバラの花束が戸惑う様に揺れる。いや、困ってんのお前じゃなくて小エビちゃんだから。
フロイドははあぁとため息を吐く。何故か監督生が怯えたようにフロイドを見上げた
「暴れたりしねぇし、怒ってねぇよ。」
フロイドは監督生の髪をポンポンと宥めるように撫でる。見下ろす少女からほんの少し、肩の力が抜けた気がした
「あー、ちょっとゴメン。お前さ、小エビちゃんのこと好きなの?」
中々薔薇を受け取って貰えず返事がない上に知らない男に水を差され、告白した男は少し苛立って
「そうだ。プロポーズの邪魔をしないでくれるかい?」
とフロイドを睨みつける
フロイドはふーん。とつまらなさそうに答えつつ、上着をぬいだ
そして、窺うように泣きそうに潤んだ目で自分を見上げている監督生の頭へと上着を被せる。
他人の視線から庇うように1歩前へ出て
「小エビちゃんのことが好きならちゃんと調べてから告白しなきゃダメじゃん?」
とフロイドはへらりと笑った
「小エビちゃんねー、恥ずかしがり屋で人見知りだからサプライズは苦手なの。あと、オス全般も苦手だから急に告白してもダメ。俺にだって毎日顔合わせて、やっと最近笑うようになったんだから」
だからね
「悪いけどお断り」
フロイドは上着を頭から被ったままの監督生の手を引いて人集りをスイスイと抜けていく
人前でフラれた羞恥心か怒りか、真っ赤な顔で
「君はその子の何なんだ!恋人ではないんだろう?」
と怒鳴るように言う。監督生の肩がびくりと揺れる
それを見て、フロイドはにっこり笑って振り返った
監督生の頭を自分の胸へと押し付け、表情を見られないように隠してから
「まだ、恋人じゃないけど」
この子は俺んだから、横から手ぇ出すな。絞めんぞ。
と静かな声色で威嚇する。
告白した男も踊っていた人たちも野次馬も、まるで誰もいないかのように沈黙する。
「行こっか、小エビちゃん」
フロイドはまた優しく手を引いて歩き始める
監督生は自分の手を引く大きくて骨ばった手をただ見つめて、足を動かしフロイドに続いた
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