向日葵の告白

監督生はこの学園で唯一の女子だ。異世界から訪れ、身寄りのない彼女は学園長の保護下で男子校であるNRCに特例で通っている

学費や生活費は学園長から支援して貰っているが、少しでも自立しようとモストロラウンジでバイトをしている

他の場所で働こうにも、履歴書に住所の欄も保護者の欄も埋めようがないのだから、モストロラウンジしか選択肢は残されていなかった。ミステリーショップはサムひとりで十分らしい

フロイドから見て、監督生は人見知りで鈍臭く、要領も悪い…接客業にはあまり向いていないタイプのようだ

それでも、ペースは遅くとも何事も一生懸命に取り組む姿は好印象に映った

モストロラウンジでは、正直まだ戦力外だ

しかし、学園でただ1人の女子に会おうと客足は伸びたし、職場に異性がいると従業員も張り切るのでそこそこ役立っている

あなたは居るだけで充分価値があるのですよ。とアズールはニコニコしていた。まぁ多少時間が掛かっても仕事はきっちり覚えていただきますけどね。と付け足すのは忘れなかったが

フロイドは教育係兼護衛役として監督生についている

紅一点はとても目立つため、目を離すとすぐにちょっかいを出されセクハラの餌食にされるのだ

注文を取りに行かせる度にスカートを引っ張られたりしつこく口説かれ涙目で助けを求めて来るので、最近は一々助けに行くのも面倒で初めからフロイドが後ろに守護神のように立っている

そのおかげで客に絡まれることは激減し、フロイドに感謝し他のスタッフに対するより早く懐いた。フロイドにとっては完全に役得だ

「小さい頃に、男の子に虐められたので…正直、自分より背の高い男の人はみんな怖いんです」

エースとデュースとは早く馴染めたけど、ジャックとかは実はまだちょっと怖い時があって…

と気まずそうに打ち明けて来た時、フロイドはこの子は俺が守ってあげようと胸に誓った

小柄な彼女からすれば、ほとんどの生徒が自分より大きい。通りで普段からビクビク小エビのように萎縮していたはずだ。

多分だが、彼女を虐めた男子達は気があって手を出していたのだろうが、そんなことはいじめられた本人には関係の無いことだ

毎日のように職場で顔を合わせているフロイドに慣れるのも結構時間がかかったし、話しかける度にビクリと肩を震わせていた。

しかしフロイドにしてはかなり根気強く関わり、最近になってやっとへにゃりと自然に笑うようになった

他のスタッフには相変わらず萎縮しているのを見ると、フロイドは小さな優越感を覚える

「すみません、お休みなのに買い出しに付き合って貰っちゃって」

監督生は眉を下げて困った様にへにゃりと笑う。その笑う時のクセがフロイドには愛おしくて堪らなかった



「すみませんが、買い出しをお願いします」

監督生を呼び出したアズールは、革張りの椅子に深く腰かけ、難しそうな書類に目を通しながらそう言った

いくつかのスパイスと新しい食器、それに注文していた魔法薬の材料の受け取りを任されてほしいのだとか

他のスタッフだと荷物の扱いが雑なので、監督生に白羽の矢が立ったらしい

「高価で貴重な材料なので、乱暴にされると困るのですよ。その点あなたは信頼出来る」

アズールは買い出しのリストと店への簡易的な地図を監督生に手渡す

「必ず領収書を貰ってくださいね。名前は無記で構いませんので」

「わかりました」

「あぁ、そうだ。お供にフロイドを連れていきなさい」

食器類は女性には重いでしょうから。とアズールはしれっと付け足した

ここの学園の生徒…特に、獣人や人魚といった種族は妙に女に対して優しい。未だにレディファーストに慣れない監督生は、何だかむず痒くなってしまう

しかも相手は気取った様子もなく、自然とそういう事をするのだからタチが悪い。こちらの心臓が持たない。

さらに言うなら、フロイドは監督生の想い人だ。仕事とはいえ、2人きりでの外出はちょっと…いやかなり意識してしまう

監督生はスカートのシワを伸ばすように無意味に手を動かし、モジモジと恥ずかしそうにしつつ

「フロイド先輩はオフですよね?悪いですよ」

と困った様に眉を下げる。

「私ひとりで何とかします」

アズールは書類から目を離し、スカートを弄る監督生を眼鏡越しにちらりと見て、スマホを取り出す

片手で器用にボタンを押し、長い呼び出し音を聞くことしばし

「あぁ、フロイド。今、少しいいですか?」

フロイドと名前を聞いて、監督生の肩がびくりと揺れる

「……買い出しを頼まれて貰えませんか?………はい。知ってます……はい。」

電話の向こうのフロイドはかなりごねているようだ。それはそうだろう。せっかくの休みに買い出しなんて、誰でも行きたくない

「あの、アズール先輩…」

何か言いかけた監督生を片手を上げて制するアズールは、特に苛立った様子もなく電話越しの罵声を聞いていた

しばらくフロイドの言いたいように言わせてやってから

「では監督生さん一人で行ってもらうしかありませんね…僕は仕事が立て込んでますし、ジェイドも生憎他の仕事を任せていて付き添えません」

とわざとらしくため息を吐く。電話の向こう側が沈黙した

「…そうです、監督生さんに買い出しを頼みました………はい、麓の町まで。……では今から来て下さると?…はい、ではお願いします」

アズールはスマホを机に置き、揉み上げ辺りの髪を弄りつつ気まずそうに立っている監督生にほほ笑みかける

「フロイドが今から準備して来るそうです。2人で買い出しを頼みましたよ」

「えー…」

「良かったじゃないですか。デートですよ」

アズールはニヤリと片方の頬を吊り上げて笑う

「んえ!?あ、その」

「いいんです、いいんです、隠さずとも。応援してますよ」

アズールは立ち上がり、真っ赤になって俯く監督生の頭をポンポン撫でてやる。

フロイドも監督生もわかりやすく互いを意識しているクセに、自分が相手から好かれているとは思ってもみないらしい

どちらとも関わりのあるアズールからすれば手に取るように2人の気持ちはわかったし、全く進展しないことが焦れったくてヤキモキしている

これを機にさっさと付き合ってしまえ

「それなら、もっとお洒落してきたら良かったです」

監督生が恨めしそうにアズールを見つつぼそりと呟く

「あなたは気取らない今のままが可愛らしいですよ」

アズールは監督生の視線をサラッと流しつつケラケラ笑った

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