疲れた時には甘いもの1

「はいはいー、鍵閉めちゃうよー、さっさと帰ってー」

モストロラウンジの鍵閉め当番になったハルトはストラップを指先でくるくる回しながら駄弁るスタッフに声をかける

リーチ兄弟とアズールがいないと気が緩むのか、いつまでもダラダラと帰り支度をしないのだ

本来ならフロイドはここに残っているスタッフと共に一緒に掃除をしていたはずだったのだが

「飽きたぁ…つか、ジェイドいねぇのに俺だけ働くとかマジ無理ぃ。」

とモップをブン投げて先に帰ってしまった。

不機嫌なフロイドを止められるスタッフ等誰もいないので、みんな口に出さずに内心で文句を言いつつ業務を遂行した

好き勝手した分の給料はちゃんと引かれているので、意外と文句は少ないのだが(自主的な早退時でも誤魔化さずにタイムカードを押しているので、妙なとこで律儀だと思う)

幼馴染でも依怙贔屓せずに給料天引きするアズールは支配人としては好感が持てる

だからと言って契約したいかと言われるとちょっと…いや、だいぶ悩ましい所もあるが…

「ええー?もうちょっとくらい良いだろー?」

「良い訳ねぇだろ、俺が帰れないじゃねーか。」

ハルトは床に落ちてた空のペットボトルを拾ってゴミ箱に投げる

「ナイッシュー」

「どーも。ほら、さっさと帰れ」

「はいはい」

スタッフをロッカールームから追い出し、残った人がいないか見回りしてからハルトは笑う

腕を天井に掲げて大きく体を伸ばす。今日はやたらと客が多かった上に、主力のジェイドがいなかったのでフロアを回すのが辛かった

「さーて…今日は頑張ったし、ご褒美タイムと行きましょうか♪」

妙に可愛らしい丸々としたシャチのストラップのついた鍵をポケットから取り出し、自分の名前のかかれたロッカーを開く

ロッカーからカバンを取り出して、ビニール袋を引っ張り出す

ビニール袋の中身はアイスとメロンパンだ

アイスには冷凍魔法がかけられており、キンキンに冷えたままになっている。2年生で習う簡易的な魔法の1つだが、食材の保管にも役立つし重宝している

1個100マドルのカップアイスと、2個100マドルのチョコチップメロンパン。それらは決して高価なご褒美ではないが、安価で手軽で気兼ねしなくていい所がハルトは好きなのだ

誰もいなくなったモストロラウンジを踊るように移動して、キッチンに入る

「あ…雑な掃除しやがって…フロイドやジェイドがいないと直ぐこれだ」

途中で床に落ちたままの食材やスープか何かのこびり付いた汚れを見つけ、ハルトは顔を歪める

「俺の機嫌が良くて助かったな、アイツらめ」

今日のスタッフたちに文句を言いつつ、マジカルペンをひと振りして掃除道具に魔法をかける

「『お嬢さん 鐘が鳴るまで 俺と1曲踊って下さいな シンデレラ・タイム』」

ハルトのユニーク魔法は、物を使い魔のように使役することが出来るようになる

ハルトはにっこり笑って、演技かがった仕草で掃除道具達にお辞儀をしてみせる

「さぁさぁ綺麗好きなお嬢さん方、ダンスフロアを綺麗にして下さいな」

台拭きが自分で水に飛び込み、身体をねじって余計な水分を絞る。そしてアイスリンクを滑るスケート選手の様に作業台を綺麗にしていく

箒とちりとりはペアダンスの様に2組で床を掃きゴミを集め、モップはくるりと1周してからキッチンを主の望むように踊るように水拭きしていく

「そうそう、任せたよお嬢さん方。野郎の掃除は雑で駄目だね。明日の開店準備はジェイドだから、超怒られるとこだったじゃん」

掃除は道具たちに任せ、ハルトはメロンパンを横半分に切る

ヤカンをIHに乗せ、慣れた様子でカップにインスタントコーヒーをスプーン2杯

ほんのちょっと高めのインスタントコーヒーには、冷蔵庫に残っていた期限切れの生クリームを入れる予定だ

切った断面を上にしてオーブンに入れ、近くを通り掛かったモップと共にクルクルステップを踏む

「あまーいご褒美♪カロリーヤバいけど止められないね♪」

ハルトはご機嫌にステップを踏みつつピピッとオーブンをセットして

「はぅ?!」

背後にニンマリ笑う双子が立っていることに気が付いて固まった

「おやおや、まだ鍵が開いているので誰かと思えば」

「何してんのぉ?」

「あー…」

ハルトは目を泳がせる

勝手にキッチンを使用している事を怒られるだろうか…それとも、ユニーク魔法のことを詳しく聞き出されるだろうか

主の緊張を感じ取ったか、モップと箒がハルトの後ろに隠れて窺うように柄を覗かせる

「なにこれぇ!なんか可愛い!!踊ろー!」

「えー?!」

フロイドはモップをハルトの背中から引き摺りだしてフロアを掃除しつつ踊り始める

そんなフロイドを横目に、ジェイドはズズイと身を乗り出してオーブンを覗き込んだ

「何やら美味しそうな香りがしますね」

きゅるるるとジェイドのお腹が鳴った。190cmもある大男のくせに、腹の虫の音が妙に可愛い

「すみません、お腹が空いてしまいまして…」

可愛らしく小首を傾げて、少女の様にはにかむ仕草をしてみせる。なんでこの大男、妙に可愛いの。大男なのに。

ハルトはちょっと渋い顔になる

「……口止め料、と言ったらどうします?」

「んふふ、いいですよ。」

交渉成立のようだ。今日はやたらとサムさんにオススメされ、メロンパンもアイスも沢山買った。これで口止め料となるのなら安いものだ

「ジェイドだけずるいー。俺にもちょーだい」

「仕方ないなぁ。なんでサムさんがやたらと勧めてくれたのか、わかった気がするわ。食ったら今日のことは内緒だからねー」

ハルトはパンパンと手を鳴らす。箒がメロンパンとアイスが入ったビニール袋を柄に引っ掛けて主に渡す

踊り疲れたらしいモップは心無しかフラフラとしている

「お掃除ご苦労さん。元の場所に帰ってね、お嬢さん方」

袋を受け取り、ハルトはばいばいと軽く手を振る

「面白い魔法ですね」

元の場所に戻って沈黙した道具たちを見ながら、ジェイドがオッドアイの目を瞬かせる

「俺のユニーク魔法。俺のお嬢さん達、可愛いでしょ」

メロンパンを切りながらハルトは肩を揺らして笑う

普通の道具に戻ったモップを突っつきながら

「アズールが欲しがりそー」

とフロイドが口元を弛める

「確かに、応用が効きそうですね。アズールなら商売に役立てそうです」

「じゃあ、それも内緒でよろしく」

オーブンを開け、新たに切ったメロンパンも並べる。最初に入れたメロンパンの甘い香りがふわっと鼻腔を擽る

少し焦げ目がつくくらいまでカリカリに焼くのが美味いんだ

「メロンパンを焼いているんですか?」

「香ばしくなって美味しいんだよ。俺の好みでチョコチップメロンパンだけど食べれる?」

「はい、大丈夫です」

「ねぇ、俺このアイス食べていい?」

「あとでメロンパンに挟むからダメー」

「え?メロンパンにアイス挟むの?…悪い子だァ」

アズールにバレたら絶対カロリーヤバいってキレるよとフロイドがニヤニヤしながら言うと、ジェイドが口元に手をやって確かに。とクスクス笑う

「頑張ったご褒美だからいいのー♪今日はカロリー無礼講!」

メロンパンの表面がカリカリになるまで焼いてから、いつの間にかジェイドが用意してくれた皿に乗せる

「アイス乗せていいー?」

「1メロンパンに1カップまでですよー」

「1カップも乗せていいの!?マジ悪い子ぉ」

カップを逆さまにして焼き立てのメロンパンにボトリとアイスを落とす

「んっふふー♪コーヒーも淹れちゃって、こっちには生クリームね♪」

インスタントコーヒーだけどいいだろ?とハルトはカップを取り出しつつ尋ねる

「んー、まかせたー」

フロイドは早く食べたくて仕方がないようで、アイスの上からパンを被せつつソワソワしている

幼い少年ようなその仕草が妙に可愛らしい。190近い大男のクセに…

ジェイドが並べられたカップをハルトの肩越しに覗き込む

「僕は紅茶の方が好きなのですが」

「紅茶に生クリームは合わないぞ?甘い方が美味しくない?」

「おやおや、カリムさんのようなことを言い出しましたね」

ジェイドは、以前カリムに紅茶作りを教わった際に砂糖ごっそり入れられたことを思い出す

甘ければ甘い程良いと言っていたが、ハルトもそういうタイプなのだろうか

「茶葉は持ってないんだけど、自分でいれる?」

「そうですね…今回はコーヒーを頂きます」

「じゃあ、もし次があったら紅茶淹れてよね」

「わかりました」

にっこり笑ったジェイドにハルトも釣られて笑う

「まぁ、次はバレないようにするつもりだけど」

「ねぇ、もう食べていい?」

ハルトがコーヒーを淹れるまで律儀に待っていたフロイドが焦れて声をかける

視線はさっきからメロンパンに注がれたままだ

「あー、悪い悪い、食べよー。いただきまーす」

「いただきまーす!」

「いただきます」

3人はクリームが乗ったコーヒーを片手に、メロンパンにかぶりついた




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