能天気は龍を救う(?)

リリアは困惑半分、面白さ半分でマレウスを見上げていた

何が原因かはハッキリと分からないのだが、マレウスがドラゴンの姿から人間の姿に変身できなくなってしまった

幸いなことにディアソムニア寮には鍛錬場があったので、屋根のあるところに入ることは出来た

流石にドラゴンの姿だからと言って屋外に放り出して置くのは気が引けるだろう

気分がモヤモヤしているのか、マレウスに呼応するように空は暗雲に包まれている

時折雲の中で黄緑色の雷が爆ぜる

「うむ…どうしたもんかのぉ」

リリアは床に伏せて大きなため息を吐くドラゴンを見つめて呟いた



「わぁ…ドラゴンだ…本物だ…!」

監督生は遊園地に来た子供のようにはしゃいで、少し上気した頬でそう笑った

リリアはマレウスが度々気にかけていた人の子をディアソムニア寮へ招待していた。

多少なりともマレウスの気晴らしになるだろうと思ったのだ

マレウスは大きな目を細めて、リリアをじっとりと睨めつける

マレウスはドラゴンの姿を他人に見せることをよく思っていない。人間とは小さくか弱い。自分のことを過度に畏れる

異世界から来て無知が故に懐く人の子が、自分を畏れて近付いてくれなくなったらどうするつもりなのか

監督生はリリアの小さな背中の後ろからじっとマレウスを見ている

「こやつが恐いか?」

リリアはマレウスの物言いたげな視線を受け流しつつ、自身の背中から出て来ない監督生にそう尋ねる

マレウスは少し身構える。他人から恐がられるのは慣れているが、監督生の口からそう言われてしまったら流石に傷付く。うっかり雷を落としてしまいそうだ

監督生は少し考えて

「この子が恐いっていうか…昔友達の家の大人しいって言われてたハムスターにめっちゃ噛まれてから生き物全般ちょっと恐いです」

同じ理由で、ウサギもまぁまぁ苦手です。

監督生はドラゴンから視線を外さずに真顔でそう言った。リリアは予想外の発言に思わず噴き出す

大型の生物に襲われるだとか食われそうだとか、そういう心配や恐怖はあまり無いらしい。

目の前のドラゴンに対しても、ちょっと痛い思いをしたくないので距離を取っている、という程度の認識らしい

だからと言ってハムスターとドラゴンを同等にするとは、逆に度胸があるのではなかろうか

「こやつは賢い。人を噛んだりなど決してせんぞ。触ってみろ」

ゲラゲラ笑いながらリリアは監督生の背を押す

「ドラゴンって多分、高貴な生き物じゃないんですか?そんな気軽に触って大丈夫なんですか?」

見た目に反する強い力で背を押されてよろめきつつ、監督生はリリアを振り返る

「お主が気に入らないなら、既に火を吹いて燃やしておろう。」

ほれ、はよせい。と促され、ドラゴンを見上げる

マレウスは監督生が撫でやすいように床に顎をつけて伏せる。長いしっぽがぱたんぱたんと床を叩くように揺れる

「んっふふ。猫ちゃんが撫でられ待ちしてる時に似てる」

思わずこぼした本音に、リリアは思わず脱力し地面に伏せた

「猫じゃと!あっはっはっはっ!!ドラゴンもお主の前じゃ形無しじゃの!!」

笑い転げるリリアを横目に、マレウスはムッとしつつふーっと長い息を監督生に吹きかけ抗議する。

「わわっ」

生温い風を全身に浴びて、監督生は苦笑いする

誰が猫だ。と訴えるようなドラゴンの視線に

「ごめんね、親しみやすいってこと」

と言い訳して鼻先を撫でる

マレウスは気持ち良さそうに目を細めて大人しくしている

「思ったより柔らかいんだね。もっと鎧みたいに硬いんだと思ってた。あと、暖かい」

もっと撫でろと言うようにマレウスは小さな人間に頭を押し付ける

「ふふふ、大きなわんちゃんみたい。甘えたがりだねぇ」

「ブフォァ!!!」

立ち上がりかけていたリリアが再び笑い転げる

こやつは今日をワシの命日にしたいのではなかろうか。

リリアは何とか呼吸を整えようとしつつ考える。

ハムスター、猫ときて、今度は犬だ。ドラゴンを一体なんだと思っているのか。しかも何故か少しずつ大きくなっている

次は牛だろうか、馬だろうか

監督生はグリグリと押し付けられる頭を全身で受止めてニコニコ笑っていたが、ふとツノを見つめて動きを止める

「君のツノ、ツノ太郎のと似てるね」

マレウスもつられるようにピタリと動きを止めた。この人の子が自分の正体に気がついたのかと身構える

…が、そんなことはこの能天気な監督生には杞憂だったようで

「あ、ツノ太郎は友達なんだ。背が高くてかっこいいんだよ」

妖精族?でね、もしかしたら君の血筋とかだったりするのかな

「ツノ太郎が妖精ってことは、ドラゴンも妖精なのかなぁ」

監督生は呆気に取られたように目をぱちくりしているドラゴンに気が付き、ケラケラ笑う

「ごめんね、ツノ太郎にも「お前はいつも1人で楽しそうに喋るな」って揶揄われちゃうんだけど、聞き上手だからつい話し過ぎちゃって…」

いやそのドラゴンマレウス本人だから。と喉まで出かかったが、リリアは何とか堪え、笑い過ぎて目に浮かんだ涙を指先で拭う

そういえばこの人間は以前から、マレウスをツノ太郎等と大層ユニークなあだ名で呼んでいる。

異世界から来て世間知らずで無知であるが故にマレウスを恐れないのだと考えていたが…

この世界に元から生まれていたとしても、度を過ぎた能天気な性格で恐れなかった気もする

恐れ知らずというか、平和ボケしているというか、呑気というか…

マレウスも同じように考えているのか、少し呆れたような表情をしているようにみえる。

「それにしても、大っきいね。牛とか馬くらいなら一口で食べれそう」

「ふごっ!」

まさかの予想通りに出てきた動物の名前に、リリアはまた脱力し地に伏せた。

ダメだ、この子をそろそろマレウスから引き剥がさないと笑い死ぬ。

マレウスは自身の鼻先を撫で続けている監督生を眺めつつ、少し口を開く

「わ、大っきい…」

自分の手のひらよりも大きな牙を見せられ、監督生はほんの少しだけ怖くなった

牛程度の大きさを丸呑み出来るとしたら、当然それより小さい人間はもっと楽に丸呑みできるだろう

目の前のドラゴンがその気になれば、自分は一瞬で殺される

マレウスは首を擡げて監督生を見下ろす。

監督生は少し怯んだように1歩下がる

マレウスは監督生が怯えないように大口を開けないように気を付けつつ顔を近づける

監督生はドラゴンが気を遣っている様子をなんとなく理解し、大きな牙が眼前に見えても逃げなかった。

マレウスは満足そうにむふーと息を吐く

そして、監督生の服を器用に咥えて持ち上げ、くるりと身体を丸めた中心に収めてしまった

「え?あの、ドラゴンさん?」

マレウスは少し身動ぎして体制を整え、ふうぅーと長い息を吐いて動かなくなる

これあれだ。前に飼ってた犬が寝床に入って寝る準備を終えて一息ついた時のやつだ。と監督生は昔を思い出す

寝ている間にお気に入りのおもちゃを取られないように抱え込んでいた。ちょうど今、抱え込まれた自分のように

「あの、リリア先輩…どうすれば…」

監督生は眉を下げて困った表情をしながらリリアに助けを求める

リリアは

「すまんが、昼寝に付き合ってやってくれ。寝相は悪くないし、お主を潰す様なことは決してせんで安心せい」

とからから笑って言って、魔法で監督生の上に毛布を落としてやる

「無理に取り上げると、癇癪を起こしかねん。」

監督生はドラゴンが癇癪を起こしたらさぞ恐ろしいだろうなぁと呑気に考えて、受け取った毛布で体を包む

「すこしだけだからね、おやすみ」

ドラゴンの腹にもたれかかり、目を閉じる

マレウスに身体を預けてゆっくりとした呼吸音を聞いているうちに、監督生はすやすやと寝入ってしまった




マレウスは未だ安心しきって寝息を立てている監督生を抱えて歩く

リリアの気晴らしが効いたのか、昼寝の後にあっさり人の姿になることが出来た

マレウスの機嫌に同調していた重くて暗い雲もどこかへ行き、青空を覗かせている

「良い子を好きになったな、マレウスよ」

監督生をオンボロ寮まで連れて行く道すがら、リリアは笑う

マレウスは何も答えなかったが、優しい眼差しで監督生を見下ろし、愛おしそうに抱きしめた



☆☆☆
脳天気な監督生ちゃんくんは、この後マレウス本人にドラゴンのことを話すと思う

「ツノ太郎!すごいよ!ドラゴンに会った!ツノ太郎に似てて、かっこよかったよー!ツノ太郎も見た?」

マレウス「生憎、見ていないな」

リリア「んっふwww」

「そうなの?すごく大きかったよ!今度あったら背中に乗せてもらいたいな!それで空飛んだらすごく楽しそう!」

マレウス「お前が望むなら、きっと乗せてくれるだろう。また会えるといいな」

「うん!ツノ太郎も一緒に会おうね!」

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