マブ、頑張る
監督生が泣いた。いっつも馬鹿やって一緒に笑ってた監督生が泣くのを初めて見た
たまに異世界から来た奴だってことを忘れるくらい普通に馴染んでたし、監督生が元の世界のことを話すことなんてなかった
「帰りたいなぁ…」
ポロポロと涙を零して泣きながら、監督生は痛々しく笑ってそう言った
きっかけは些細なことだった
「寮長がさ、今度の何でもない日のパーティにお前も連れてきていいって」
「クローバー先輩が好きな物作ってくれるって言ってたぞ」
エースとデュースは監督生を挟んで3人で歩いていた
今日の授業を終え、明日の授業で使う薬草を植物園に採りに向かっているのだ
グリムは「面倒なことは任せたんだゾ!子分!」とさっさと逃げてしまった。
その際にエースも同じように逃げようとしたが、監督生とデュースが腕を掴んで離さなかったため無事道連れとなった
いつの間にか監督生が真ん中のポジションになって、いつも通りの立ち位置になってもエースは逃げなかった
何だかんだで3人で過ごすのは嫌いでは無いのだ
「好きなものかぁ…トレイ先輩が作るものは何でも美味しいから悩むなぁ」
監督生はニコニコ笑う。トレイが時折味見と称して持ってきてくれるお菓子にしっかり胃袋を掴まれている
「チェリーパイなんてどうだ?」
悩む監督生にエースが二ヒヒと企んだように笑って言うと、すぐにデュースが
「それはお前が食いたいもんだろうが」
と軽く小突いた。
「つか、お前ってあんま好き嫌いないよな。」
デュースの手を払って、エースは監督生の肩に腕を回す
「そう?」
「確かに、お前は何でも食うよな…」
デュースのちょっと呆れたような視線に監督生はちょっと気まずそうな顔をする。
少し前にリリアから貰った飴を平気な顔をして食べた時のことを言われている気がしたのだ
癖が強いし美味しくはなかったが、失礼かと思って頑張って吐き出さなかっただけなんだけどな…
食べ物を粗末にするなと親から教わっているので、1度口に入れたものは極力吐き出さないようにしている
ただし、フロイドから貰った謎のお菓子は吐き出した。命の危機を感じるものや毒物を吐き出すことはマナー違反にはならないと思う
ついでに、ジャミルが半分嫌がらせで出てきた激辛カレーは反射的に吹き出した(散々笑い転げた後ふつうに美味しいカレーをご馳走してくれたが)
「んー、まぁ食べ物の好き嫌いはそんな無いな。あ、でも今食べたいもんって言ったら…」
クッキーかな
エースの手を払って代わりに肩に腕を回してきたデュースの腕を掴んで持ち上げて頭の上に乗せ、監督生は呟くように言った
「クッキー?ありきたりだな。何味?」
「何味ってか、母さんが作ってくれた鉄みたいにかったいクッキーでさ」
エースは「母さん」と聞いて少し身構える。何となく、監督生から元の世界について聞くのは気が引けるのだ
「奥歯で噛んでも噛み砕けなかったのは笑ったなぁ」
監督生はデュースに頭を撫でられながら、少しずつ俯いていく
口元は笑みを浮かべているが、その目は笑ってなどいない
少しずつ潤んで、視界を歪めていく
「鉄クッキーって呼んでからかってたら怒っちゃってさ、でもなんか美味しかったから何度も作ってくれってせがんでさ」
監督生の足が止まる。地面にポタポタと小さな染みが出来る
監督生は自分が泣いていることに気がついて驚いた表情になった
デュースは撫でていた手をどこに持っていけばいいのか分からず、所在無さげに空中を彷徨わせる
エースは
「なぁ、監督生。この話止めね?」
と言いかけたが、結局何も言えず口を閉ざす。今、監督生を黙らせるのは酷だろう
監督生も悪いとは思った。急にホームシックになって泣き出して、2人が戸惑うのも当然だ。
でも1度言葉にしてしまったら、話し出してしまったら止まらなかった
「もう一度、母さんのクッキーが食いたいよ。」
いつか帰れるのかもしれない。それは明日かもしれないし、もしかしたら数年後かもしれない。
考えないようにしてきたが、もしかしたら、いつまでも帰れないのかもしれない。もう二度と、家族に会えないのかもしれない。
元の世界のことはあまり口にしないようにしてきた。
元の世界に帰りたいと願うことが、なんとなく今の仲間たちに悪い気がして…
この世界で過ごす時間を無駄にしてしまう気がして…
それでも、やっぱり
「帰りたいなぁ…」
監督生は溢れ出したその言葉を止めることは出来なかった
「トレイ先輩、鉄みたいに硬いクッキーってどうやったら作れますか」
トレイは可愛い後輩のエースが真剣な顔をして(何故か少し不満そうな顔をしつつだが)そう尋ねてきたことに驚き、しばらく目を瞬いた
抜け目ない後輩は何かと自分の好物を作らせようとするのだが、自分からお菓子作りに参加したいと言い出したのは初めてだ
「お願いします!!クローバー先輩!!」
デュースも真剣な顔をして勢いよく頭を下げる。2人して突然どうしたというのだろうか
「まてまて、まずは説明してくれてもいいんじゃないか?」
トレイは苦笑いしつつ2人の後輩を宥める。エースはムッとしたような少し拗ねたような表情で
「監督生が食いたがってるんです。」
と端的に答えた
「えっと、監督生が…母親の作った鉄みたいに硬いクッキーが食べたいって泣きだして」
少しでも元気づけられたらと思って…
デュースがそう眉を下げて付け足す。
トレイは頬をかく。エースの表情の理由が少しわかったような気がした
監督生の故郷を否定したい訳じゃないし、自分達だけじゃ孤独を埋めてやれないと何処か理解している。
が、それに対して納得は出来ずにムクれているのだ
「硬いクッキーなぁ」
大まかな材料でもわかれば良いのだが、それしか情報はないらしい
「家庭で作ってたなら、ビスコッティのような凝ったものでなくて、たまたま硬く焼けたクッキーなんだろうなぁ」
トレイは顎に手を当てて考え、答えを待っている後輩ふたりを見る。
「水分とバターは少なめにして…あとは砂糖を多めにして焼いてみるか。お前らが言い出したんだから、ちゃんと付き合えよ」
「はぁい」
「お願いしますっ!」
可愛い後輩2人を連れて、トレイは笑いながらキッチンに向かう
監督生のためにクッキーを焼きたいから教えてくれだなんて、随分優しい頼み事じゃないか
「監督生に、お前らがいて良かったな」
そう思わず呟くと、2人は顔を見合わせて
「……。」
「……。」
何も言わなかった
「ほら、これ食えよ」
「エースとボクと…ちょっと先輩達にも手伝ってもらって作ったんだ」
朝一で渡された妙に可愛いラッピングをされた袋を渡され、監督生は目をパチパチと瞬く
昨日は突然泣いた挙句、薬草採りもせずオンボロ寮に帰ってしまったことをどう謝罪しようかと少し気まずかったのだが、完全に面食らった
「ぼさっとしてねぇでさっさと食えよ」
エースは少しムスッとした表情で(不機嫌な訳ではなく単なる照れ隠しだ)監督生に押し付けた袋を開けて、中身を取り出す。
多少不格好なクッキーを監督生の口内に放り込んだ
監督生は取り敢えず咀嚼しようとして
「かたっ!」
歯がギリリと妙な音を立てたことに驚く
奥歯の方へ舌で押しやり、何とか砕こうとするがビクともしない
デュースは監督生の反応を見逃すまいと、穴が空くほど見つめている
監督生は飴のようにクッキーを口内で転がしながら、頬をゆるめる
「もしかしてさぁ、昨日泣いたから、心配してくれた?」
「あぁ、その、少しでも元気付けられたらと思って…どうだ?お前の母さんのクッキーに似てたか?」
デュースがそう窺うように尋ねる
監督生はしばらくその顔を眺めて、我慢ならないというように噴き出した
「あっははっ!全然似てねぇ!!不味い!!」
「はぁ?!結構苦労して作ったんだけどぉ?!返せ!」
「やだ!」
柄にもなくマブのために一生懸命作ったクッキーを不味いと言われ、エースは奪い取ろうとするが、監督生はケラケラ笑いながら袋を胸に抱えて逃げる
「だって、塩っぱいよコレ!砂糖と塩ミスってるって!」
監督生は逃げながら大声で笑う
「はぁ?塩なんて入れてねぇぞ?!」
「あ、もしかして、頭が手伝ってくれたヤツ…」
オイスターソース入れてた気がする…とデュースが呟くと、エースは額に手をあててわざとらしく天を仰ぐ
「そりゃダメだわ」
「あははっ!まぁ、でも、その」
ありがとね、マブ
そう監督生は照れ臭そうに笑う
「元気出た。2人とも、ありがと」
「……寮長が手伝ってくれたやつはノーカンで、色の着いた奴食えよ。そっちはトレイ先輩が手伝ってくれた方だから」
「クマとか花の形の絵の描いてあるクッキーはダイヤモンド先輩が手伝ってくれたんだ!ヒヨコ柄もあるぞ!」
監督生を挟んで定位置に収まり、3人は歩き出す
「そういや、グリムは?」
エースが先程から姿の見えない監督生の相棒について尋ねると、監督生は少し気まずそうに
「あー、植物園で薬草ちぎってると思う」
と誤魔化すように笑う。薬草を採りにいったはずの監督生が泣きながら帰ってきたことに驚いて、準備を任されてくれたのだ
「じゃあ迎えに行くか。そういえば、僕たちも薬草の準備しないとな」
「昨日はお前の為のクッキー作りで忙しかったからなぁー」
「はいはい、悪かったよ」
監督生は両脇に並ぶ友を交互に眺めてから、2人の腕に自分の腕を絡める
「うおっ!どうした?」
「何?監督生、甘えてんのぉ?」
「いや、良い友達に恵まれて嬉しいなあって」
エースとデュースはしばらく顔を見合せ
「当然だろ?」
と笑った
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