可愛い雑魚ちゃん

なんなんだコイツは。ハルトは本日何回目かも分からない文句を脳内で呟いてため息を吐いた

同じクラスにフロイド・リーチという男がいる。

2m近い身長に金とオリーブのオッドアイ、黒いメッシュの入ったターコイズブルーの髪

ここが男子校でなければ女子が放っておかなかっただろう整った顔立ちのこの男は、何故かハルトを連れ回していた

お気に入りなのかと問われれば、おそらく違う

フロイドはお気に入りの生徒にはニックネームを付けて(彼なりに)可愛がっているのだが、ハルトはニックネームを付けられたことは無い

だからと言って名前で呼んでいる訳ではなく…

「雑魚ちゃん、行くよ」

「………。」

雑魚ちゃんと呼ばれたハルトは答えずため息をつく。フロイドは気にした風もなく、ハルトの手を引いて歩き出す。

次は魔法薬学だった気がする。実験着を取りに行くのだろうか。

他のクラスメイトが「また連れてかれてやんの…」と哀れんだ目で見てくるのが居た堪れない気持ちにさせる。

フロイドにとって、自分は群れの中の1匹に過ぎないようだ

水槽に1匹だけで飼っているのなら名前を付けることもあるかもしれない。

しかし、水槽の中に何匹も同じ種類の魚が泳いでいれば、わざわざ名付けたりしないだろう。

フロイドにとって、クラスという同じ水槽の中にいる雑魚の1匹という立ち位置に過ぎない

そう思うのだが、なぜその群れの中から自分を引っ張り出して連れ歩くのか…

初めは警戒したり、逃げたりもした。フロイドは何かと暴力的な噂を聞くし、度を過ぎた気紛れで迷惑を被っている生徒も多い

正直、積極的に仲良くなりたいとは思わなかった。

しかし予想に反してフロイドは多少気分を害しても手を出してくることはなかったし、逃げたことに対し拗ねることはあっても怒ることは無かった

それで絆されたというか、毒気が抜かれたというか…とりあえずハルトは抵抗せずにフロイドに連れられていることが多くなった

「あ、金魚ちゃんじゃーん!!」

フロイドの手がパッと離され、遠くに見えた赤髪の生徒の方へ走っていく

フロイドのお気に入りの生徒の1人、リドルだ。真面目な彼は、よくフロイドの悪ふざけの犠牲になっている。

リドルはフロイドを視界に入れた途端に顔を引き攣らせて露骨に嫌そうな顔をする

「げ!フロイド!」

「金魚ちゃーん!あそぼー!!」

「フロイド!ノートを返せ!」

「取り返してみなよー。あーでも、小さいから届かないねぇ?」

「ウギイィィィ!!!」

リドルが真っ赤になってユニーク魔法を放つが、フロイドもユニーク魔法でポンポン弾いて応戦している

すっかりリドルを怒らせ揶揄うことに夢中になっているようで、先程まで連れ回していたハルトの事など居なかったかのような扱いだ

ハルトはいつもの事なので、気にすることなく1人でてくてくと歩き出す。魔法薬学室は遠いのだ。さっさと行かなければ間に合わない

たしか、授業前にいくつか薬草を準備しなければならなかったはずだ

リドルには悪いが、フロイドは任せた。リドルがすごく必死にハルトの名を呼ぶのが聞こえる気がするが、空耳だろう。

「あ!雑魚ちゃん?!」

リドルが呼んだためか、こちらに気がついたらしいフロイドの声がした

「雑魚ちゃん、なんで置いてくの?」

倒れそうになるほどの衝撃で後ろから肩を抱かれる

2、3歩前へとふらついたが何とか耐えて、唇を尖らせるフロイドを見る

「俺は足が遅いから、早く行かなきゃ間に合わないの」

「ふーん。雑魚ちゃんちっちゃいもんね」

「あのね…俺だって170はあんの…フロイドがデカいだけだし。……ん。」

ハルトは急に足を止め、まじまじとフロイドを見上げる

「なに、雑魚ちゃん。」

「そいやお前さ、俺の名前知ってる?」

「え?知らない。」

フロイドは即答した。ハルトはへにゃっと笑う

「だと思ったよ」

ハルトは歩き出す。フロイドはしばらく質問の意図を考えていたが

「……考えんの飽きた」

と呟いてハルトの後に続いた



昼休み。ハルトとフロイドは中庭でランチを食べていた。

待ち合わせした訳でも約束したわけでもなく、例のごとくフロイドが手を引いて連れてきたのだ

もきゅもきゅと小さな口で菓子パンを頬張っているハルトを見下ろしつつ、フロイドは食べ終わったパンの空き袋をくしゃくしゃと丸める

「雑魚ちゃん、なんでいっつも俺といんの?」

フロイドがそう心底不思議そうに尋ねる。ハルトは口内のパンを飲み込み、ゆっくりと首を傾げる

「………お前が連れ回すからじゃん」

「そうなんだけどさぁ…」

ハルトがぱちぱちと不思議そうに目を瞬く。フロイドはボリボリと後頭部をかいて、んー。と唸る

言いたいことが上手くまとまらないのか、しばらく唸ってから

「雑魚ちゃん、なんて名前だっけ?」

と紙袋から新しいパンを取り出しつつ尋ねる

「ハルト」

今更だなぁとハルトは笑って、まだ手に残っていた菓子パンを口内に放り込んだ

今更か。とフロイドはハルトの頬がもぐもぐ動かされる様子を観察する。

確かに今更だ。ずっと連れ回していたのに、ハルトの名前すら聞こうとしなかった。

彼のことは何も知らない。

「好きな食べ物は?」

フロイドはまた尋ねた

「え?んー、揚げ物?」

「じゃあ、嫌いなもん」

「トマトとピーマン」

「趣味は?」

「散歩かなぁ。のんびり歩くの好き」

なぜ自分は質問攻めにあっているのだろうと思いつつ、ハルトは答える

フロイドにとって何かしら意味があるのかもしれない。もしかしたら気まぐれかもしれない。

でも、いつも一方的に話してばかりのフロイドがハルトの言葉に耳を傾けていると思うと、悪い気はしなかった

フロイドはポンポンと、良くまぁそんなすぐ次が思い付くもんだと言いたくなるペースで質問をしていく

好きな教科とか、嫌いな先生とか、家族構成とか、恋人はいるのかとか

「ねぇフロイド、ちょっと疲れたんだけど」

ハルトが次の質問が口から飛び出す前にそう遮ると、フロイドは少し目を瞬いてキョトンとしてから笑った

「ごめんねぇ。なんかさぁ、名前知ってる?って聞かれた時にさ、雑魚ちゃんのことなんも知らないなって思ったの」

でもさぁ

「なんか雑魚ちゃんと居ると楽なんだよねぇ」

「楽?」

「んー、よくわかんねぇけど、楽。」

「ふーん」

フロイドは自分でもよく分からない感情を何とか言葉にしようと悩んでいるようだ

「楽だから、一緒にいたいし、一緒にいるならもっと知りてぇなぁって急に思ったの」

フロイドはハルトの頭をぽんぽんと軽く叩く

ハルトはしばらくフロイドの好きな様に撫でられていたが、ねぇ、とフロイドの手を掴む

「どしたの、雑魚ちゃん」

「俺にもニックネームつけてよ。その雑魚ちゃんって、ちょっとヤダ。雑魚っていっぱいいるじゃん」

「ん、いいよー」

フロイドはハルトの頭を掴んで、自分と向き合わせる。乱暴な仕草だが、力は意外にも加減されている

「ハルトはねぇ」

ベラちゃん。とフロイドは歯を見せてニコニコしながら言った

「その心は?」

「共生してるから」

「きょうせい?」

「んふふー。共生関係だねぇ、オレたち」

「…?よくわかんねぇ」

フロイドは機嫌よく笑っている。不思議そうに見上げるハルトに詳しく説明してやるつもりは無いようだ。

「そっかー。俺、ベラちゃんのこと、好きなんだねぇ」

「へー…。へ?」

「あっはは、間抜けな顔ー」

突然サラリと告白された気がしたんだが?とぽかんと口を開けるハルトをフロイドはニンマリと笑って見つめる

ウツボの俺にとって、口を開けるのって求愛だけど知ってんのかな。無意識だろうなぁ

じーっと熱っぽく見つめられて顔を赤くするハルトをギュッと抱き締めて、腕に閉じこめる

「これからもよろしくねぇ、ベラちゃん」

フロイドは優しく甘い声でそう囁くように言う

ハルトはフロイドの言葉が聞こえているハズなのに、思考が停止して上手く意味が理解できないまま、小さく頷いた



☆☆☆
アズール「え、付き合ってなかったんですか?フロイドとハルトさん。」

ジェイド「そのようですよ。そして、今も付き合ってはいません」

アズール「あんな一緒にいるのに?」

ジェイド「あんな一緒にいるのにです。フロイドは気まぐれですから、自分のことすら無意識に振り回してしまっているようで…面白いですね!」

アズール「無意識にハルトさんを連れ回しておいて、自分の好意にすら気がついてなかったと…」

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