猫もウツボも、気紛れに一途
サバナクローの寮内にて。今日の洗濯当番のラギーとハルトは大きな籠を抱えて歩いていた
「晴れててよかった。雨だったら魔法で乾かすの大変だっただろうね」
ハルトがそう言いつつ脱ぎ捨てられたユニフォームを拾い上げる
マジフトの朝練終わりで出た汚れ物の衣類やタオルを集め仕分けしつつ
「そういや、今日は付き合ってるんスか?」
と挨拶代わりにラギーが尋ねる。
「んー、昨日の夕方別れた」
ハルトがそう答えると、ラギーはシシシッと肩を揺らして笑った
「どうせまた昼頃には付き合うんでしょ?」
「んー、今日は天気もいいし、デートしたいし…付き合うかもね」
猫の獣人であるハルトは、人魚のフロイドと付き合っていた
のだが、2人とも度を過ぎた気紛れで気分屋の為、恋人である期間がかなり短い。
早ければ半日程で恋人関係を解消してしまう。かと思えば、また数時間程でよりを戻すこともある
半日で別れる程度の関係なら好意もそれほどないのかと思えばそうでは無いらしい
ラギーは何回か、ニコニコしながらラブレターを渡してみたり校舎裏に呼び出して告白したりされたりしているのを見た事がある
告白された方は毎度毎度初めて告白されたかのように喜んで受け入れているし、告白する方も毎度毎度ふざけるでも無く真剣だ
「傍から見りゃ長続きしてるっスよねぇ」
ラギーは洗濯籠を持ち直しつつ笑う
「そう?」
「だって、最初に告白されたのが半年前っしたっけ?そのあとほぼ毎日付き合ってるんじゃないっスか」
「ほぼ毎日別れてるけどなぁ」
床に落ちた洗濯物を尻尾で引っ掛けて拾いながら、ハルトも笑う
「昨日は雨だったし、フロイドはモストロラウンジの仕事あったし、気分じゃないから別れた」
「これから1週間くらいは天気いいらしいっスよ」
デート日和も続くんじゃないっスか?とラギーがからかうように目を細めて言う
「俺とフロイドが1週間も続いたら新記録だな」
猫は目を細めて、雲の少ない青空を見上げて笑った
フロイドも自分も束縛は嫌いだ
束縛されるのも、するのも好きじゃない
いつだって自由で、他人に指図されることなく自分に正直に生きている。
そんな姿に惹かれたのだから、フロイドを自分の恋人という枠に閉じ込めてしまうのは変な気がしていた
フロイドも似たように感じているのか、それともいつもの気まぐれのうちなのか…互いに告白も別れも拒否をしたことは1度もなかった
ハルトは購買で手に入れた昼食のパンを片手に、フロイドの姿を探していた
ラギーが言っていた通り、フロイドとお付き合いを再開する為だ
フロイドはすぐに見つかった。天気のいい日は中庭のベンチで腰掛けていることが多いのだ
ハルトは声をかけようとしたが、フロイドの前に立つ他の生徒に気が付き、何となく身を隠し耳を立てる
「俺と付き合いたいの?別にいいよ」
「………。」
ハルトは、フロイドが他人の告白を承諾するのを初めて見た
今は、フロイドとハルトは別れている
フロイドと交際してないのだから、当然浮気でもなんでもない
フロイドが誰に告白されようが、それを承諾しようがなんの問題もない
しかし、ハルトは胸の辺りがモヤモヤとして仕方がない
ハルトはフロイドと食べるつもりだったサンドイッチを袋から取り出し、ガブリと齧り付く
「今日は1人で昼寝するか」
何にも気にしてないと言うようにわざとらしく呟くが、しっぽはパタリと地面に垂れ、耳はピッタリと頭に沿うように伏せてしまっている
「……案外俺ってば、フロイドのこと好きなんだなぁ」
ハルトは八つ当たりのようにまた勢い良くサンドイッチに齧り付いた
「ハルト、俺と付き合ってー」
突然現れた人魚に、ハルトは目を丸くする
つい先程、自分以外の告白を受けたはずのフロイドが、何故自分の目の前でニコニコしているのだろうか
「…フロイド、さっき告られていいよって返事してたじゃん」
「え?見てたの?」
「…見てた。」
ハルトの耳がぺたりと倒れるのを見て、フロイドは肩を揺らす
倒れた耳を掴んで、立てたり撫でたりしながら
「付き合った途端にメアド教えろとか放課後デートしたいとかラウンジのシフト教えてとか、鬱陶しかったからその場で別れた」
と笑って
「もしかして、嫉妬した訳?」
と意地悪く尋ねる。気まぐれな猫のことだ、嫉妬等していないだろうとフロイドは考えていた
気にした風もなく笑うのだろうと思っていた
だが、ハルトはしばらく口を開かなかった。
「…ハルト?」
焦れたフロイドが名前を呼ぶとようやく口を開いた。聞き取れないほど小さな声で端的に
「…した。多分」
とだけ。
「へぇ」
フロイドは猫が頑なに自分と目線を合わせないことに気が付く
表情には出にくいが、素直なしっぽがフロイドの足に絡み付いて離れない
僅かに胸に芽ばえる優越感に、フロイドは頬を弛める。
思ったより俺に執着してくれてんじゃん。
「ねぇ、ハルト。俺さぁ、ハルト以外のやつと付き合うの、多分つまんねぇと思うの」
ハルトはどう思う?とフロイドは猫を覗き込む
覗き込まれたハルトは、フロイドの目を見て
「……俺、あんま束縛すんのとかされんのとか好きじゃないけど、フロイドが他の奴と付き合うのはヤダって思った。」
「俺も、ハルトが他の奴と付き合ったら絞めるかも」
ひょいと脇の下に手を入れてハルトを持ち上げて、フロイドはケラケラ笑う
「今まで通り、俺とハルトが付き合うのも別れるのもありだけど、他の奴と付き合うのは無しね」
「俺じゃなくて、フロイドが他の奴と付き合ったんじゃん。」
「5分だけね。」
「5分でもダメ。フロイドは俺のなの。」
「ハルトってば面倒くせっ」
フロイドに振り回されるうちに、ハルトの耳もしっぽもぴんと持ち上がっている
フロイドはそんなハルトの耳を見て、愛おしそうに目を細め…
「いてっ!」
ハルトを抱き締めて噛み付いた
「なんで耳噛むの」
「求愛」
「そうですか。」
ハルトはフロイドの鎖骨を見つめて
「にゃあ」
と猫らしく鳴いて目を閉じた
「今日は付き合ってるんスか?」
ラギーがいつものように尋ねる
「昨日別れたよ。今日はフロイドから告白してくるらしいから、それを待ってるとこ」
ハルトはヘラッ笑う
世間ではそれは別れてないし、気紛れだ気分屋だと自称する割に案外一途だとラギーは内心思いつつ
「今日も明日もいい天気らしいっスよ。デート日和でよかったっスね」
と笑った
☆☆☆
「今日は付き合ってるんですか?」
そうアズールがいつもの様に尋ねる
「昨日別れた。今日は俺から告白すんの」
フロイドは朝早くからハルトが好きなナッツの入ったクッキーを焼いている
「それはハルトさんへのプレゼント用ですか?」
ジェイドが尋ねると、フロイドは笑って焼きたてのクッキーの1枚をジェイドの口に入れる
「おいしい?」
「はい。おいしいです」
「あははっ。俺ってば天才ー!」
可愛らしい猫の描かれたラッピング袋にクッキーを詰めて、メッセージカードとリボンをつける
「残り食べてもいいよ。んじゃ、ハルトのとこ行ってくんねー」
と機嫌よく走り去っていくフロイドの背中を見送り
「似たもの同士というのか、類は友を呼ぶというのか」
とアズールは面倒臭そうに呟く
「どっちかと言えば、蓼食う虫も好き好き、では無いですか?」
フロイドに貰ったクッキーを頬張りつつ、ジェイドは笑う
「彼らにとっては、毎日が初恋のようなんでしょうね」
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