もうどうにも止まらない

「きゅるるる、ぐるる」

ハルトは少し赤い頬で喉を押えて何とか声を抑えようと苦戦していた

「はしたないですよ、ハルトさん」

「稚魚じゃあるまいし、早く鳴き止んでください」

アズールとジェイドが意地悪く口元を歪めて笑いながらそう咎める

「いつまでもうるせぇんだけど」

フロイドが機嫌悪くハルトを睨みつけると、ハルトは好物を目の前にしたかのように瞳孔を開いて、また

「きゅるる」

と鳴いた



事の発端は一目惚れだった。しかし、ロマンチックとは程遠い

ハルトは、入学したばかりの頃にたまたま廊下ですれ違ったフロイドと肩をぶつけてしまった

その際、機嫌がすこぶる悪かったフロイドは、謝罪しようとした後輩の首を掴み思い切り地面に叩きつけた

普通ならそこで怯えるなり怒るなりするのだろう

フロイドは、一瞬で地面に叩きつけられた衝撃で呆然としている雑魚がどう動くのかを冷静に観察していた

やり返してくるなら、もっと強く絞めてやろうと考えていた。逆らえないように躾けるのは早い方がいいのだ

しかし、ハルトは動かなかった。細められた黄金の瞳に見惚れていた

天井をバックに冷たく自分を見下ろす強いオスを見つめ

「きゅるるる」

と求愛鳴きをもらす

フロイドは組み伏した雑魚がきゅるきゅると求愛してきたことに呆気に取られて思わず手を離した

鳴いた本人は自分の喉を押えて顔を赤くする。一目惚れしたらしいハルトは、自分の意志とは関係なく鳴り続けるそれを止めることが出来ない

「あはっ。何お前、ウケるんだけど。ドMなの?」

フロイドは未だ仰向けに倒れたままのハルトの胸倉を掴んで無理やり立たせる

「す、すみません…」

「別に謝んなくてもいいし。機嫌治ったし」

フロイドはヘラッと笑った。

「…きゅぅ」

この時から、ハルトはフロイドの顔を見ると求愛鳴きが止まらなくなってしまったのだ



ハルトはアズール達とは違う海出身の人魚だ。

言葉が発達している現在で、わざわざ鳴き声で求愛を伝えることは少なくなっているが、
サメの人魚であるハルトは、ほかの人魚と比べて多少原始的というか野性的な所がある

思わず一目惚れした相手に喉を鳴らしてしまうのは仕方がないのかもしれない

しかし、本来なら自分の意思で鳴き止む事も当然可能なのだが…

「人間の体がまだ上手くコントロール出来なくて…すみません…」

人間歴1年にも満たないハルトは、喉を抑えて眉を下げる

ハルトとしても、早く鳴き止みたい

大声で「あなたが好きです!」と告白し続けているのと同じ状況なので当然恥ずかしい

告白され続けているフロイドもうんざりした様子だ

「いっそ鳴けねぇように喉絞めてあげよっか?」

同じ寮で生活しているので、どうしても他の寮と比べると顔を合わす機会も多いし、モストロラウンジで働いている最中もきゅうきゅう鳴かれては仕事に支障が出る

「まぁ、仕事はフロアとキッチンで別れてもらうとして…とにかく早くコントロールを覚えなさい」

アズールはニヤニヤしながらそう言う

「まぁ、傍から見ていると滑稽で面白いですし、お客様からも見世物として好評ですよ」

求愛し続けているハルトとあしらい続けているフロイドを冷やかしにくる客が増えているらしい

「皆さん趣味が悪い…いえ、人の色恋沙汰というものに興味がおありのようで」

ジェイドがクスクス笑うと、フロイドは顔を顰めた



「最近鳴かなくなったな」

クラスメイトのジャックにそう言われ、ハルトは苦笑する

「アズール先輩やジェイド先輩に毎日からかわれててさ。なんとか止めれるようになったよ」

「フロイド先輩が視界に入る度にきゅるきゅる言ってたもんな、お前」

ジャックは少し前までの様子を思い出しながら笑う

顔を真っ赤にしてなんとも言えない表情で、きゅうきゅうと愛を囀る喉を抑える様がどうも純粋に見えて可愛らしかった

本人の申し訳なさそうな情けない顔と、フロイドの呆れ顔の対比が周囲の笑いを誘っていた

「そういや、あの先輩のどこがいいんだ?」

と心底不思議そうに尋ねる。

普段からあまりいい噂は聞かないし、1度巻き込まれて対立することとなったが、やり方も卑怯で容赦がなくあまりいい印象は残っていない

ハルトは少し困ったように笑う

「最初はまぁ、一目惚れ。一瞬で床に叩き付けられてさ。強いやつって好き」

「…。」

ジャックはドン引きする。普通床に叩き付けられて怯えこそすれ、惚れはしないだろう

ハルトはジャックのドン引きな様子に気が付きつつ無視して続ける

「その後から求愛鳴きが止まんなくなっちゃったんだけど、うっとおしいって言いつつ毎回無視しないで反応してくれるし。」

求愛鳴きをやめろとは言われるけど、1回もフラれてないんだよね

とハルトは頬をかく

「お前、結構ぞんざいな扱い受けてないか?」

「それでも、付き合うつもりは無いとか、嫌いだとか、そういうのは言われたことないんだ」

ハルトは目を細める。ジャックは心底惚れている様子のハルトを見下ろし

「案外一途だな、お前」

と呆れたように笑った

「あ、アズール先輩、ジェイド先輩、フロイド先輩こんにちは」

前から歩いてきた見知った人物たちにハルトは笑って挨拶する

ジャックも軽く頭を下げる

「こんにちはハルトさん」

「最近は鳴かなくなりましたね」

アズールとジェイドは含み笑いをしつつそう言う

どこが不機嫌そうなフロイドは、幼馴染の視線から鬱陶しそうに目をそらす

「やっとコントロール出来るようになりまして…ご迷惑おかけしました」

ハルトは恥ずかしそうに笑う

フロイドはそんなハルトを見下ろし、無表情でずいと前に出る

「フロイド?」

不思議そうなジェイドの声を気にすることなくハルトの真ん前に立ち、顔を近づける

「あの、フロイド先輩?」

ハルトは目の前の男をただただ見上げる

ジャックは二人の間に割って入るべきか少し考えていた

フロイドは全くの無表情で、何をするつもりなのかさっぱり読めない

と、ゆっくりと手を持ち上げ、ハルトの首元を掴む

「フロイド、先輩?………ふぎゃっ!!」

アズールもジェイドも、ジャックも突然のことに呆気に取られる

ハルトはいつかのように勢いよく地面に叩き付けられた

フロイドの黄金の瞳がスッと細くなる。ハルトの心臓がきゅっと掴まれたように痛む

「きゅう…」

ハルトの喉がまた自分の意志とは関係なく愛を囁き始める

「きゅるるるる」

フロイドは

「それでいいし」

と笑って立ち上がる。そして、立ち尽くす全員を置いてさっさと機嫌よく歩いていってしまった

「……大丈夫か?」

ジャックはフロイドの背中を見送ってから、はっとして地面に仰向けに倒れたままの友人をみる

ハルトはしばらく呆然と天井を見上げていたが、顔を両手で覆って

「無理…好き…」

と求愛鳴きの間に呟いた

「………人の好みにとやかく言うつもりはないが…趣味悪いぞお前」

ジャックのつぶやきに、アズールとジェイドも静かに頷き同意した





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