不治の病

恋煩い、とはよく言ったものだ。

熱をあげる、熱にうかされる…まさしく恋は病。

それはジリジリと焼け付くように、蝕むように

恋焦がれる。なんて言葉があるように、心臓に火傷を残していく



監督生はモストロラウンジのポイントカードを満たす度に、アズールに愚痴を聞いてくれる時間を作ってくれと頼む

誰にも聞かれないところで、誰にも漏らさないという契約の元の愚痴だ

アズールは正直、そんなまどろっこしい下らない願い事の為に良くもまぁポイントを律儀に貯めて…と呆れていたのだが、何度も愚痴を聞いてやるうちに気がついた

監督生は、誰にも心を許してない。誰も心に踏み入れさせていない

普段からよく一緒にいる1年生たちにも、あのモンスターにも…よくよく考えれば当然だ

監督生には親も昔からの友人もいない。出会って1年未満の知り合いしかいない。周りにいるのは、生まれも育ちも違う赤の他人だけだ

だから、契約に守られたこの場所でしか本心を吐き出せないのだ

哀れで可哀想な子だと思った。愚痴ひとつ、弱音ひとつ、悪口ひとつ、対価なしで吐けないと言うのだから

契約の内容はジェイドやフロイドに伝えていないのだが、彼らなりに何か勘づくものがあったようで

気まぐれにスタンプを多く押してやっているようだ

「疲れたと顔に書いてありますね」

「小エビちゃん、そろそろアズールっとこ行きたいんでしょ?」

なんて話しながら慌てる監督生からポイントカードを取り上げている姿を何度か見かけた

「どうぞ」

アズールは紅茶とクッキーを監督生の前に置いた

モストロラウンジのVIPルームのソファーに腰掛け

「ありがとうございます」

と、監督生は草臥れた顔で笑った。

普段の人好きのする穏やかな笑みとは違う、自分のみに見せる表情だ。アズールはそっと自然な動きで胸を抑える

ジリジリと燻るような感覚。監督生が「監督生」である仮面を外す瞬間の表情は、アズールの胸を焦がす

対面する生徒は、長い長いため息をついて

「最近はこの時間が待ち遠しくて仕方がないんです」

と零す。

「…あなたの愚痴を聞いていると面白くて好きですよ」

アズールはシュガーポットを監督生の方へ押しやり、足を組みながら笑った

「いつも穏やかに笑っているあなたの本音を独り占めしているようで」

「あはは、大きな弱みですね」

監督生は紅茶に砂糖を入れる。クルクルとカップの中身をスプーンで混ぜる

「アズール先輩。僕ね、今日、告白されたんですよ。知らない奴に」

監督生はカップを混ぜる手を止めない。アズールは自身のカップに口を付ける

「だから僕、言ったんです。」

あんたは、僕の為に家族も故郷も友も捨てる覚悟で告白をしてくれたのかと。

僕と同じものを捨てて、僕の居場所になってくれるのかと。

「僕をこの世界に繋ぎ止めるってことは、僕にそれらと永遠に別れろと言っているのと同じことだから、その責任が取れる?って言ったんです」

紅茶が渦を巻く。クルクル、クルクル、監督生の感情を溶かし込むように

ふと目線をアズールのレンズ越しの瞳に移す

「なんて答えたと思います?そいつ」

「さぁ、僕には分かりかねます」

アズールは素っ気なく答えた。考える素振りもなく、即答した

知るものか。監督生の弱音も本音も知らない者の答えなど

監督生は小さく肩を揺らして笑った。スプーンを置いて、まだ渦巻くカップの中身を覗き込む

「…そいつ、何も言えませんでした。考えたことも無いでしょうね。そういうことですよ」

アズールは口元だけ笑みを浮かべる人物をじっと見つめる

アズールは、何度か考えたことがある。監督生に告白したら、なんと答えるだろうかと

自分の為に元の世界の全てを捨てさせるのなら、対価として自分も今まで得てきた全て捨てるのは当然だ

対価とは、釣り合いとは、同じ重さでなくてはならない

告白したとして、監督生はきっとその言葉を受け取らないだろうと思っていた

監督生ははぁ…と息を吐いて、ポロポロと涙を零し始める

「いっそ、そうだと言ってくれたなら!!縛り付けてくれるならば!!覚悟してくれるならば!!僕は、この世界を選べるのに…」

監督生はカップを両手で包み込む。両の手のひらにじんわりと熱が伝わってくる。

あぁ、生きてる。夢じゃない。温もりはそう自覚させる。ほっとすると同時に、少し燻る胸の痛み

「僕ね、元の世界に帰りたい。でも、この世界も好きだ。どっちかなんて選べない。帰っても、帰れなくても地獄だよ…」

僕ばっかり悩んで、馬鹿みたいだ

アズールは自嘲気味に笑う監督生にハンカチを差し出す

「でも、どうせ、卒業したらみんな僕のことなんて忘れる…僕がいても、いなくなっても関係ない」

監督生はハンカチを受け取らなかった。ポロポロと零れる涙を拭うことすらしない

「僕、1人で悩んで、怒って、泣いて、1人芝居もいいとこです…馬鹿みたいですね。なんの価値もない、魔法も使えない僕がどう足掻いても何も変わらない」

でも、この世界に残るなら、誰かに縋らなきゃ居場所がないんです。守られなきゃ何も出来ない。捨てられちゃ困るんです。

アズールははぁ。とため息を吐いた。

唇に少し笑みを浮かべてそっと立ち上がり、監督生の隣に腰掛ける

ハンカチで顔を隠すように涙を拭いてやる

「僕の故郷へ来ませんか?」

「…さっきの僕の話、聞いてました?」

監督生の顔は見えないが、少し声が低くなる。

アズールはケラケラ笑った

「ええ。」

監督生の顎を掴み、自分の方へ向かせる

「僕の両親へ挨拶しに行きましょうか。「この方と陸で暮らすことにしました。なので、今後海へは帰りません」と、紹介しましょうか」

監督生は目を見開いた。目の前の青を見つめ、息を飲む

「僕は、全て捨てられますよ。まぁ、ジェイドとフロイドは勝手に着いてくるかもしれませんが。」

アズールは顎から手を離した

「僕は何処ででも上手くやって行ける力がある!何処かの誰かが仰ったように努力家なので、また1からやり直しても必ず成功してみせる」

まぁ、その誰かは、自分を無価値だと思っているようですが

「あなたが大した価値のない人間だとしたら、そんなあなたに負けた僕の価値は更に下だとでも?」

アズールはふんと鼻を鳴らす

「あなたは、この僕に勝った。そして、僕の心臓を焦がして不治の病にしてしまった。その対価として、あなたに責任をとらせる権利が僕にはある。違いますか?」

監督生はアズールを見つめ、涙で濡れた顔でへにゃんと笑う

「無茶苦茶だ」

「そうですね。」

「でも、熱烈です」

「そうですね。」

「……僕があなたに差し出せるのはこの身一つです。それで、アズール先輩はいいんですか?」

「はい。」

監督生は膝を抱えて丸くなる。アズールにはその姿が、寒さに凍えているようにみえた

「アズール先輩は馬鹿です。僕の為に、故郷も友達も捨てなくて結構です。でも、」

もし許されるなら、隣に僕を置いておいて下さい。

アズールは監督生の頭から上着をかけてやり

「…今はそれで良しとしましょう。」

と穏やかに笑った

「あなたが僕の胸を焦がしたんです。あなたが僕を火傷させた。あなたの生涯をもって、償わせてやる」

逃げられると、思わないことです



☆☆☆
どっちの世界にも、大切な人はいる。
でも、その大切な人が
同じだけ僕を想ってくれてるか
わかんないよ

僕と同じだけ愛してくれるなら
僕は焼け死んだって構わないよ

月が綺麗ですねって言われたなら
あなたに燃やされたいって、答えるだろう


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