大人の余裕

「ハルト、手伝ってくれるか」

「はいなー」

授業終わりにクルーウェルに呼ばれ、耳がピンと天井を向く。ハルトは勢い良く立ち上がりしっぽを振って駆け寄っていく

ブンブン揺れるしっぽの起こす風で紙くらいなら吹き飛ばせそうだ

「これを一緒に運んでくれるか?」

「はいなー!」

「Good boy」

ハルトはくしゃくしゃと頭を撫でられるとニコニコ笑って機嫌よく荷物を受け取る

実験の機材や余った材料を運ぶ際、クルーウェルは良くハルトを呼び付ける

他の生徒は必ず文句を言うなり渋るなりするのだが、ハルトは喜んで引き受けてくれるので楽なのだ

ラギーはそんな様子のハルトを見て呆れたように笑う。

アズールや他の生徒のように打算的な考えは一切なく、ただただ純粋に人の役に立てるのが嬉しいなんて、変わってるにも程がある

「よくやるっスね。1マドルにもならないのに」

「おれはヨシヨシされるのが好きなので!」

「犬っスねぇ…」

「はい!」

からかってやるつもりが元気よく返事を返され、毒気を抜かれたラギーは目の前の犬の頭をポンポンと撫でてやる

耳を倒して気持ちよさそうに目を細めてハルトは笑い、ふわふわとしっぽを振る

しばらく犬と戯れていると刺すような視線を感じ、ラギーは肩を竦める。視線の主を指差し

「ほら、先生待ってるッスよ」

と促してやると、ハルトは

「あいなー!」

と元気よく返事をした。自身も備品を手に教室の入口で待っているクルーウェルに駆け寄っていき、歩き出した背中に続いた

「厄介なのに好かれちゃって、まぁ…」

ラギーは面倒臭そうに呟いてその背中を見送った



倉庫に荷物を片付けた後、2人はクルーウェルの自室へ来ていた

「お邪魔します」

「荷物運びご苦労だったな。助かったぞハルト。Good boy!」

撫でられる前から耳を倒してご褒美を待っているハルトに、クルーウェルは思わず笑いながら手を伸ばす

少し乱暴にぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜてやると、犬は嬉しそうに笑い声をあげる

「んふふ。おれ、先生に撫でられるの好きです」

「お前は毛並みが良くて撫で甲斐が有るな。」

ふわふわの毛並みを堪能してから、ちょっと座って待ってろ。とソファーを指差す

首を傾げつつ素直に座ったハルトを横目に、クルーウェルは棚から取り出した箱を机の上に置いた

贔屓にしている店のロゴが入った箱からレーズンバターサンドを取り出し、ソファーにちょこんと収まっているハルトの方へ投げる

「わわっ、お菓子ですか?」

「お手伝いのご褒美だ。他の仔犬共には内緒だ、ここで食ってけ」

「わぁ!いただきます!」

ハルトはキラキラと目を輝かせてレーズンバターサンドを頬張り始める

それを見て笑いながら、クルーウェルは取り出した煙管に葉っぱを詰めて火をつけた

ゆっくりと煙を吸い込み、天井へ向けて吐き出す

ハルトは耳を立てて

「む。いけないんですよ、先生」

とクルーウェルを咎めるように見る。菓子はもうその手になく、すでに食べ終わってしまったらしい

「何がだ?」

「タバコは身体に悪いんです!」

あとクサい!とハルトは吠えるように言った

「フフフ。そうだな。仔犬のお前には特に臭うだろう」

「でも先生、いっつも匂いしませんね。魔法で消してるんですか?」

「俺も家具や衣類に匂いが着くのは好まんからな。結構気を使っている」

クルーウェルはふーと煙を吐いて、なにか思いついたようにニヤリと笑う

ソファーに大人しく座っている犬のすぐ前まで歩を進める。そして、先程のようにゆっくりと苦い煙を吸い込む

「先生?」

クルーウェルは不思議そうに見上げてきたハルトの顔に煙を吹きかけた

「わぷぷっ!先生、ひどいです!」

「…ははっ、お前はガキだな、ハルト」

「?」

クルーウェルはケラケラ笑ってハルトの頭を撫でる

ハルトは煙が滲みて潤んだ目を瞬かせ、首を傾げて先生をただ見上げるだけだった



「お前、くせぇな。この匂いは…クルーウェルのタバコか?」

寮に戻るなり、たまたま居合わせたレオナに顔を顰められ、ハルトは耳をぺしょんと倒す

「先生ったら、おれにタバコの煙を吹きかけてきたんです。酷くないですか?」

「…お前はガキだな」

レオナは自分より低い位置の頭に手を乗せ、力任せに押さえ込みながら笑った

突然上から押されたハルトは倒れそうになりつつ何とか踏ん張る

頭上から降ってくる笑い声は随分と楽しそうだ

「ガキのお前に、優しい俺が教えてやるよ。煙を吹きかけるのは、求愛だ。」

「へ?」

レオナはニヤリと笑って、手の力を抜いた

上体を起こして自身を見上げたハルトの顔に向けて、煙を吹きかける真似をする

「お前を抱いてやってもいいって合図だよ。まぁ、地位の高い奴の戯れだが…熱砂の国の坊ちゃんなら知ってるかもな。」

「………。」

「想像しただけで照れてんのか?ガキくせぇなぁ、お前は」

いつも賑やかしい犬が黙りこくる様子を見て、レオナは珍しくゲラゲラと声を上げて笑った



「クルーウェル先生…」

ハルトは再びクルーウェルの自室へ訪れていた

「どうした?入れ」

促されるまま中へとはいる。クルーウェルは煙管片手に小テストの採点をしていた。

一度ペンを走らせる手を止め、ハルトを見る

ハルトはしばらくモジモジとしてから

「先生は、俺とエッチしたいんですか?」

と尋ねた。クルーウェルは、少し顔を赤くして真剣な表情で言われた言葉が聞き取れず、耳をピコピコ動かしている犬の顔をぽかんと見つめる

「レオナさんが、煙を吹きかけるのは求愛だって」

「…ふっ…はははっ」

「わ!嘘だったんですか?!レオナさんにからかわれました?!」

突然机に顔を伏せて大声で笑い始めたクルーウェルに、ハルトは顔を真っ赤にして慌てる。

耳は撫でつけられたようにぺしょんと倒れ、ふわふわのしっぽは垂れ下がってしまう

「いや、違わないな。」

ひとしきり笑った後に立ち上がり、犬の頭を撫でてやる

そして煙を吸い込み、ハルトの肩に手を回して引き寄せてから顔に向けて煙をふーっと吐き出した

「けほっ」

「で?わざわざ俺のところまで来た、可愛い仔犬のお返事は?」

「ひぅっ」

煙を吹きかける意味を聞いて、何故かいても立ってもいられずにクルーウェルの所へ来たハルトだが、その先は全く考えてなかった

頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。まるで、脳内にも煙がかかったようだ

「あ、あの」

クルーウェルは慌てふためく犬に顔を寄せ、覗き込むようにして

「ふふっ。お前はガキだな」

と軽く笑いハルトに口付ける

タバコの匂いと苦い味、そして大人の色気にハルトは頭がクラクラした


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