思わせぶり

部活の顧問のバルガスに頼まれ、ハルトはレオナの自室を訪れていた

こういう頼まれ事はラギーが請け負うことが多いのだが、彼も副寮長の代わりのようなことをしているので何かと忙しいらしい

「今日は多分、自分の部屋で寝てるっスよ。」

とラギーに言われた通り、部屋の中に気配がある

「レオナさーん。起きてますか?お話があるんですけどー」

「…あぁ、入れ」

てっきり無視されると思っていたが、案外あっさりと許可が出たことに多少驚きつつハルトは部屋の中へと入る。

レオナはこちらに背を向けてベッドに寝転がったままだった

獅子にとって、ハルトは全くもって警戒するに値しない人物のようだ

「レオナさーん。マジフト部の備品について痛っ」

持ってきた資料を読み上げようとしたハルトは、急に口元を押さえ顔を歪める

レオナの耳がぴくりと揺れる

「あぁ?どうした?」

「いや、唇が切れたみたいで…」

大分深く切れてしまったらしく、口の端から血が流れる。レオナはのそりとベッドから体を起こし、ハルトの方を見た

「いててっ…僕には、サバナクローの環境は乾燥し過ぎなんですよね」

「あー、そういやお前人魚だったな」

指で血を拭うハルトを見る。

薬を飲んでいる為人間の姿をしているが、彼の正体はカジキの人魚だ

正体と言っても別に隠している訳では無いし、サバナクローの乾燥に耐えかねて滝に飛び込んで泳いでいる姿もよく見かける

「人魚は魚と違って陸で息できるし多少の水質変化にも動じないけど、乾燥には耐えられないんだよね。寮長はレオナさんがいいけど、住むところはオクタヴィネルが良い…」

と虚ろな目で狭い滝壺を泳ぐ人魚の姿は割とシュールだった。

くわぁと大きく伸びをして、レオナは無言で手招きした

ハルトは首をかしげ、手招きされるまま近寄っていく

ハルトが目の前まで来ると、獅子は腰を掴んで自身の膝の上にハルトを無理矢理座らせた

「………。」

「れ、レオナさん?!」

「黙ってろ」

レオナは口の端から流れる血をベロベロと舐める

「いたっ…レオナさん…っ…沁みるんですけどっ…」

舐める度に痛みでビクビクと震えて身を引こうとするハルトの後頭部を押さえ付ける

ハルトは痛みより羞恥心を覚える。レオナは元より表情の変化が乏しい方だと思うのだが、今は特に何を考えているのか読み取れない

出来れば止めて欲しいので距離をとりたいのだが、後頭部を押さえつける力が強くそれは叶わない

しばらく舐め、レオナは

「止まったな。」

と言った

「へ?」

「血だよ。」

目を丸くして自身を見るハルトをベッドへと放り投げる。

「うわぁっ!」

「ハハッ、ダッセェ顔してんな」

「………陸の止血方法ですか、今の。」

「まぁそんなとこだ。」

陸の文化に疎い人魚は、止血と言えどあんなキスみたいなマネは普通しないもんじゃなかろか。と内心呟く。

獣人、人間、妖精等、種族が違えばまた文化も生態も違うのだろうけど、気軽に唇に触れてくるスキンシップはあまり聞かない気がするのだが

少し赤い頬でベッドに仰向けになり呆然としているハルトを見下ろし、獅子はゴロゴロ喉を鳴らして笑う

「ちょっと大人しく待ってろ。」

レオナはゆっくりと立ち上がり、棚の方まで歩いて行き引き出しの中をガサゴソと漁り始めた

その背中を見つつ、身を起こしたハルトはおもむろに唇に触れる

「確かに止まってる…」

「おい。また出血すんだろうが、触んな」

「あ、すみません。」

「お、あった。」

引き出しから目的の物を見つけたらしい。小さな容器を手にして、ハルトの前まで来るとトンと肩を押す

ぼすっとベッドに仰向けに倒されたハルトは事態が飲み込めずぱちぱちと目を瞬かせる

レオナはゆったりとした動きで、自然と逃げ道を塞ぐようにハルトに覆い被さった

「あの、レオナさん?」

「動くなよ」

レオナの手が眼前に迫り、ハルトは思わず目を閉じる

レオナはそんなハルトを見下ろして、優越感で笑みを浮かべる

「とって食いやしねぇよ。今はな」

先程見つけ出した容器の蓋を開け、薬指で中身を少しだけ取り出す

そして、ゆっくりゆっくり馴染ませるように唇へと塗り込んやる

ハルトは目を開け、すぐ近くにある男の顔を見上げなにか言いたそうにしている

自身を見つめるハルトの額に口付けて

「リップクリームだ。ヴィルの野郎に押し付けられたんだよ」

とニヤリと笑って牙を見せた。

リップクリームってなんか棒状のやつを直接唇に塗るんじゃないの?とハルトは疑問に思ったが、目の前の男の色気に負けて開きかけた口を閉ざす

「ほらやるよ。塗っとけ」

レオナはベッドから降りてハルトに小さな容器を投げて寄越す

「で、備品がなんだって」

「……あぁ、えっとですね」

レオナに促され、ここへ来た理由を思い出したらしいハルトは手に持っていた資料を見る

思わず握り潰してしまったようで、それはくしゃくしゃになってしまっていた



別の日、またバルガスに捕まったハルトはレオナの自室を目指して歩いていた

直接合って話してくれれば早いものを、レオナは熱血漢なバルガスを鬱陶しがって話しをしたがらないのだ

すると誰かが伝書鳩代わりに二人の間を行き来しなければならない。前回に引き続き、嬉しくない白羽の矢が立ったのだ

寮長室のドアの立ち、ハルトははぁとため息を吐いてから中の気配に声をかける

「レオナさーん。入りますよー…いてっ。また切れた…」

唇を押さえる。前回深く切ってしまった所がなかなか治らないのだ

「うわっ」

急に目の前のドアが開く。顰め面したレオナがハルトを部屋へ引き摺り込むように胸ぐらを掴んで顔を寄せる

「……俺がやったリップクリームは?」

至近距離で睨みつけられ、ハルトは慌ててポケットから持ち歩いてた容器を取り出す

「へ?あ、持ってます!勿体なくてあまり使ってないんですけど…」

「………。」

不機嫌な顔のままリップクリームを取り上げ、片手でハルトをベッドへとぶん投げた

「うわぁ!あ、あの、レオナさん?」

いつかのように覆い被さる男に、ハルトは身を縮める

幼い頃にサメに襲われた時の恐怖を思い出す。抵抗する間もなく食われそうだ

レオナは自分の唇にリップクリームを塗り、牙を見せて笑う

「目を閉じろ」

「はい。」

ハルトは言われた通りに目を閉じ、胸の前で手を組む

怯えるように組まれた手を解いてベッドに押さえ付けてからハルトにゆっくりと口付ける

ビクリとハルトの肩が揺れる

「レオナさ…」

「黙ってろ」

何度も角度を変えて口付けを落とす

ハルトは薄らと目を開ける

目が合うと、ライオンは目を細めてニヤリと笑った

「まだ塗り足りないか?」

「いえ、もう充分です…」

ハルトは真っ赤な顔をして目をそらす

レオナは満足そうに唇を舐めてハルトを見下ろす

「リップクリームひとつまともに塗れねぇ人魚の世話は、優しい寮長の俺がしてやらねぇといけねぇなぁ」

「えと、レオナさん…」

ハルトの胸倉を掴んで身体を起こし、額に口付ける

「次に塗り忘れてたら、どうなっても知らねぇぞ」

「ひぇっ」

レオナはパッと手を離し、大きく伸びをしながら部屋から出ていってしまった

ハルトはレオナのベッドに仰向けになり、しばらく呆然としてから両手で顔を覆う

「く、食われるかと思った…」





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