当たり前の幸せを

あてんしょん
毒も皿も食い尽くして。の続き…のようなもの。
別に読まなくても大丈夫です。



アジーム家の次期当主となれば、自国の有名人の食卓に招かれることもある

ハルトはいつものように毒味役として、ジャミルと共にカリムの後ろに控えていた

「どうぞ遠慮なく。毒なんて入ってませんよ」

等と冗談のつもりか相手が笑う

カリムもジャミルも、そのくだらない発言に浮かべた愛想笑いを一切動かすことは無い

商談等何も興味が無いハルトであったが、相手はそんな自分でも知っている程有名な急成長しているライバルの商人ではなかったか。

カリムはでは遠慮なくと笑顔で手をつけるフリをする

「申し訳ありません。主に叱られますので、形だけでも毒味をさせて下さい」

ハルトはカリムを制して笑った

「意味の無いことだとは分かっておりますが、仕事をせずに帰る訳にはいきませんので」

ハルトは笑って匙を手に取る

目の前に並ぶ豪華絢爛、多種多様の料理からは数々のスパイスの匂いが漂う。肺いっぱいにその香りを吸い込めば、自然とヨダレが溢れてしまいそうだ

でも一部の料理には毒が盛られている。毒がどれだけ無味無臭に近くともスパイスで誤魔化そうとも、幼い頃から今日まで毒味をしてきたハルトにはわかる。経験と勘が言っている。毒だ。

しかし、毒に気がついてもハルトは食わねばならない。避けてはならない。探し当てて、腹に収めなければ

自身が文字通り身をもって毒が盛られていると証明しなければ、カリムが自分の為にわざわざ用意された食事に手をつけなくていい理由にならないのだから

ちらりとみればカリムもジャミルも、自然な動きでマジカルペンに触れている

この2人も気が付いているのだろう。ことが起こればすぐに対処してくれる

「では失礼」

ハルトは一匙、料理を口に運び咀嚼しゆっくりと呑み込んだ



小さい頃、初めて毒を食った時、確か俺は喉を掻きむしり泡を吹いて倒れた。近くにいた大人達に無理やり吐かされて、薬を強引に流し込まれて一命を取り留めた

ジャミルは次はお前がやるんだと吐き出し方を指導され、カリムは怯えて無茶苦茶に泣き叫んでいたような気がする

場面が変わる。ジャミルがべそべそに泣いている。毒を上手く吐かせることが出来ず、死なないでくれと泣いている。この時、カリムと2人がかりでなんとか薬を飲ませてくれたんだっけか。

毒を吐ききれなかった為か熱が長引いた。その間に、俺に代わって毒味した兄弟が1人死んだ

そういやこれ以来、ジャミルが俺の前で泣いているのは見たことがない気がする。

あぁ、この記憶はいつだったか。俺がもう毒味をやりたくないとジャミルに縋って泣いた時のやつだ。
親に言うと酷く怒鳴られ殴られるから、ジャミルに泣きついたんだ

あの後結局バレて、ジャミルと共にしこたま怒鳴られた。ジャミルは何も悪くないのに、巻き込んでしまった。申し訳なかった

くるくる回るろくでもない思い出。大体毒に苛まれ苦しみ泣いて藻掻いて…そんな記憶ばかりだ。

これはもしや、走馬灯というやつだろうか。それなら、俺は死ぬのかもしれない

それもいいかもな。もう食事に怯える日々も終わりだ。天国なら、何も気にせず好きなもんを好きなだけ食えるかもしれん

ハルトは全てを手放してしまおうかと笑う。

「戻ってこい!!」

どこからが声が聞こえる。必死な声だ。今にも泣いてしまいそうな、叫び声

「起きろ!!ハルト!!」

あぁ、起きねば。俺が死ねば、後悔する奴がいる。苦しむ奴がいる。悲しむ奴がいる。

「いつまで寝てるんだ!!返事をしろ!!」

友が呼ぶ。起きねば。起きてくれ。起きろ!!

「ハルト!!!」



「ハルト!!!」

目を覚ますとすぐにカリムが飛び付いてきた

首に手を回し、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる

「よかった!死んじまったらどうしようかと思って…俺、俺…!」

「カリム、離れろ。ハルトが苦しそうだぞ」

カリムはハルトを抱きしめる力を少し緩める

ハルトはカリムの背中に手を回しつつ、くるり部屋を見渡す。いつの間にかNRCの寮の自室に寝かされていたようだ

「また戻ってこれた…今回は走馬灯まで行ったわ…」

「………。」

無言で見つめる友にハルトがへらっと笑うと、ジャミルは思いっ切りその頭を殴りつけた

「いってぇ!!」

「起きるならさっさと起きろバカ!!心配させんな!!」

「うわぁぁあん!!ごめんなハルト!お前が死ななくてほんとに良かった!!!」

本気で怒るジャミルと泣き出してしまったカリムを交互に見て、ハルトは

「あぁ、また会えてよかったよ」

と穏やかに笑った。



カリムは、出来ることなら毒味役を付けずに1人で食事をしたかった

自分の代わりに友が血反吐を吐いて苦しむのを何度も見た。死んだ者もいた。真っ青な顔で爪が剥がれるほど床を掻きむしって苦しんで死んだ

食事の度に怯えて手を震わせて、匙を落とす。飲み込む度、身に何か起きやしないかガチガチになって、しばらくしてようやく安堵の息を吐き出す

友が顔を歪めて隠れて、こんな怖い思いをしたくないと泣き叫んでいるのを見た。怒鳴りつけられ殴られ、感情を無理やり押し込めるのを見た

それらは自分が幼い頃の記憶で、今のハルトはそんな様子を微塵も見せない。

しかし本人は気が付かないのだろうが、毒味の時に顔を引き攣らせることが今もたまにある。きっと怖いのだ。隠すのが上手くなっただけで、昔と変わらず怯えているのだ

本当なら、自分が受けるべき苦痛を他人に受けさせる

いっその事、自分が死ねばいいのではないかと何度か思った。その考えはカリムを何度か追い詰めた。

しかし

「お前が安心して食えるのが好きだ。美味そうに飯を食うのが好きだ」

ハルトはそうやって笑う。

「お前を恨んだことは無いよ。お前が生きてて、美味そうに飯を食って、それを俺が見ている」

あぁ、それがどれだけ幸運なことか

ハルトはいつも笑う。幸せそうに目を細めて、蕩けるように笑う

「ハルト、俺、お前を失うことを思うと本当に怖いんだ。」

カリムは泣きながらハルトに縋り付く。暖かさに、心音に安堵する。

「ありがとう。戻ってきてくれてありがとう。生きてくれてありがとう」

カリムはハルトの顔を見れなかった。顔を胸に埋めるようにして、何度も

「ありがとう」

と伝える

「当然だろ。お前を後悔させる訳にはいかんからなぁ」

ハルトは笑ってカリムを宥め、ジャミルはふー…と長いため息を吐いた



ジャミルは幼い頃から、ハルトの感情を何度か受け止めてやってきた

食べるのが怖い。死ぬのが怖いと毎晩のように魘されるのを宥めてやった

ハルトは自分の兄弟が死んだ時、吐くほど泣いて自分を責めた

そして言った

「俺の代わりに誰かが死ぬなんてごめんだ」

泣いて、縋って、怯えて

「こんな思いをカリムにさせるのだって嫌だ」

そう言ったのだ

ジャミルは何度か言った

「逃げてもいいし、止めてもいい。主を恨んでも憎んでもいい。」

と。しかしハルトは首を横に振る

「俺が死ぬまでは、他の誰かが傷つかなくて済む。それでいいじゃないか。カリムだって、好きで主になったわけじゃない。アイツも苦しんでることがある。」

だから、それでいいじゃないか。

ハルトは笑って、自ら毒を呑む。

ジャミルもカリムも、友を死なせまいと毒の鑑定と解毒には随分と詳しくなった

それでも毎回うまく対応出来るかはわからない。

「俺は死んだって誰も恨みはしないさ。まぁ、そもそも毒では絶対に死なないさ」

ハルトは笑う。友が当たり前に無警戒に食事するのを幸せそうに眺めて笑う。

まるで自分に手に入らないものを羨むかのように。

ジャミルはいつもいつも、そんなハルトを見つめて

「………。」

何も言わずにため息を吐くのだ



☆☆☆
「死んでくれるな友よ」
泣いてくれるな友よ

「毒を食うのを止めてくれ」
友のためなら毒も全て飲み干そう

「お前はどうなる?」
いいさ、いいさ、気にするな。
本当は少し怖いけど
それが俺の役目なのだから
お前が笑えればそれでいいさ

「お前が死んだら笑えない。お前がいないと笑えない。それでいいさとは、笑えない」

[ 341/554 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -