蜜に集る虫は…
「は?俺の作ったもんが食えねぇの?」
フロイドが低い声でゆっくりとそう問いかけると、監督生は身を縮こませて2、3歩後ろへ下がる
フロイドは1歩前に出て空いた距離を詰め、小さな生徒を壁に追い詰めて見下ろす
フロイドは時折機嫌がいい時に監督生にお菓子を作ってくることがあった
野良猫に餌付けする程度の感覚で、たまに小エビを可愛がりたい気分になると持ってくるのだ
いつもならニコニコ笑って受け取りその場で美味しいと食べ始めるはずなのに、監督生は何故かお菓子を受け取れないと断った
せっかくの餌付け気分を台無しにされたフロイドの機嫌は急下降する
「ねぇ?なんで?なんで俺の作ったもん、食えねぇの?毒なんて入ってないよォ?」
フロイドはニッコリと笑ってみせる
監督生は「毒」という単語にピクリと反応し体を揺らした
フロイドの表情がすっと抜け落ちる
「………。毒、入ってると思った?」
フロイドは監督生をじっと見下ろす。監督生はブンブンと音が鳴りそうな程勢い良く首を横に振る
「……じゃあ、誰に毒盛られたの?」
フロイドは壁に両肘をついて監督生に顔を近づける
自分の玩具に誰かが手を出したらしい気配を感じたのだ
所有物を自身の知らないところで勝手に弄られる等、面白いはずもない
監督生は至近距離のフロイドの瞳を見つめ、ゴクリと唾を飲む。緊張で口の中がカラカラに渇く
恐怖で声が出ない監督生を見下ろし、フロイドは牙を覗かせる
「さっさと答えろよ。」
その声は深海のように冷たかった。監督生はびくりと肩を震わせ
「…っ!……あ、あの、実は…」
恐る恐る口を開き、説明を始めた
「ふーん。で、そいつらのせいで、人から食いもん貰うのが怖くなってぇ、俺のお菓子も食えないって言うんだぁ」
フロイドは機嫌が治ったとは言い難いが、先程よりかは怒ってないらしい。
というよりは、怒りの矛先が他へ移ったと言った方がいいだろうか
フロイドに絞め上げられるのではないかとガタガタ震えている小エビを抱えて、つまらそうに壁にもたれ掛かる
「せっかく作ったのに、小エビちゃん、食えねぇの?」
「ごめんなさい…フロイド先輩や他の方達が毒なんか入れるわけないってわかってても、怖くて…」
監督生は毒を盛られたことがトラウマになってしまい、他人の手料理に一切手をつけられなくなっていた
何でもない日のパーティに誘ってもらった時もタルトに手を付けられず、カリムが元気づけようと開いてくれた宴でも料理を口に運ぶことが出来なかった
カリムとジャミルは気にするなと言ってくれたが、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。人の好意を警戒して受け取れなくなるなんて思ってもみなかった
好意で作ったものを無下にされるのだから、きっと相手だって傷付くし嫌な思いをするだろう。現にフロイドはかなり腹が立った様子だった
しかし、どうしても恐怖が勝って手を付けられない。また裏切られて、苦しい思いをさせられるのがこわい。
暗い表情で顔を伏せる監督生をみて、フロイドは眉間に皺を寄せる
「小エビちゃん、見て」
フロイドは監督生を離すと、監督生の正面に屈んで視線を合わせる
戸惑う監督生の目の前で持ってきたお菓子をパクッと齧って食べてみせた
ザクザクと咀嚼し、ゴクリと飲み込む
「ん、美味しい!俺って天才じゃん!」
はい、小エビちゃん!と齧ったお菓子を監督生の口の中に放り込む
「毒味したし、大丈夫でしょ?」
フロイドは優しくそう言った
1度口に入れられた食べ物を作った本人の目の前で吐き出すわけにもいかず、監督生は躊躇いつつも咀嚼し始める
フロイドは穏やかに笑い
「美味しい?」
と尋ねる。監督生はごくりとお菓子を飲み込んで、緊張に固まった身体の力を少し抜いて笑った
「美味しい、です」
「でしょ?はい、あーん」
フロイドは機嫌を良くしてニコニコと笑い、小エビに餌付けする
監督生は少し恥ずかしそうにしつつもそれを受け入れた
「ねぇラッコちゃん、小エビちゃんに毒飲ました犯人、わかったの?」
監督生から事情を聞いたフロイドは、カリムの元を訪れていた
「俺さぁ、そいつら絞めてぇんだけど」
瞳孔が開いた状態でかたちだけ笑っているフロイドに、カリムは少し困った様に苦笑いする
「フロイド、悪いんだが今回は俺に任せて貰えないか?」
もう少しすれば、ジャミルが見つけ出した犯人を捕まえて連れてくるだろう。フロイドとかち合えば、問答無用で殺しかねない。
カリムも多少懲らしめてやるつもりはあるが、命までは奪う気は無い
フロイドは無表情になり、カリムに詰め寄る
「…俺さぁ、自分のもんに手ぇ出されるのクソ嫌いなんだよねぇ。小エビちゃん、トラウマで手料理食えないとか言ってんだよ?」
俺の玩具にちょっかいかけた奴、ほっとけって言うの?
今にも暴れだしそうなフロイドを見上げ、カリムは仕方がないと小さな瓶を取り出す
「…なら「これ」を頼まれてくれるか?」
「これ?」
「ウミヘビ君、やるじゃーん」
フロイドは防音のしっかりされた部屋でニコニコ笑う。場所は知らない方がいいだろう。長生きをしたいならば
部屋には紐でぐるぐる巻きにされて虫のように転がっている生徒が数人いた。
口はガムテープで塞がれ、ただ脅えた様子でフロイドを見つめている
どの生徒も大して怪我をしておらず抵抗したあとがない…つまりは抵抗する間もなく一瞬で捕縛されたのだろう
フロイドはたまたま近くにあった生徒の身体をつま先で蹴って仰向けにさせる
「ラッコちゃんさー、結構エグいこと考えるよね」
フロイドは愚かな生徒達に見えるように、小瓶を揺らす
「これ、何かわかる?お前らが小エビちゃんに飲ませた奴に似てる「お薬」なんだってぇ」
フロイドは心底楽しそうに続ける。歯を見せ、口を横に裂けさせて捕食者のように笑う
「似てるっていうのはぁ、死なねぇけど、もっと苦しむ様に改良したやつなの。アズールに頼んだんだぁ」
生徒の髪を掴み、口を塞ぐために貼られたガムテープを無理やり剥がす
「お前ら、今からのたうち回って反省してね?」
瓶を無理やり口に突っ込み、吐いたら殺すからねと穏やかに告げる
1人ひとりに丁寧に薬を飲ませてやりながら、フロイドは機嫌よく続ける
「これでも反省しなかったら、俺が好きに絞めてもいいって言われてるんだぁ」
転がっている生徒を適当に踏み付け蹴飛ばし、部屋の隅に置かれた椅子に腰掛ける
「俺が飽きないように、満足するまで…せいぜい頑張って苦しんでね」
フロイドはこれから始まる余興を、優雅に足を組んで笑って見下ろす
「そういやさぁ…ジェイドが言ってたけど、普段怒らないやつが怒るとヤバいって」
フロイドは笑みを深める
「ラッコちゃんって、そーゆータイプだったんだねぇ」
薬が効き始め、苦しそうに呻き出す生徒達を鑑賞しながら、フロイドは静かに目を細めた
☆☆☆
蜜に集る虫は、叩き潰さねば
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