蜜に集る虫は

あてんしょん
ちょっと吐かせるよ!





カリムはたまたま通った中庭で屈んでいる人物を見掛け、足を止める

どうやら知り合いだったようで、片手を上げて親しげに声をかけながら笑顔で歩み寄る

「おぉ!監督生じゃないか!そんな所でどうし…た…?」

カリムは近付くにつれ表情を固くして駆け足になる。監督生の異変に気が付いたのだ

監督生は青い顔で喉を掻きむしり、ひゅーひゅーと掠れたような呼吸を繰り返して泣いていた

駆け寄ったカリムに気が付いているのかいないのか、涙で潤んだ瞳は虚ろに地面を見つめている

「どうした?監督生、答えられるか?」

カリムは蹲る生徒の背中を撫でつつ顔を覗き込む

荒い呼吸から、ふわりと妙な香りが漂い鼻を突く

「……毒だな」

カリムの表情がすっと冷たくなる

監督生の背中がぴくりと揺れた

「…頑張ってるから、あげるって…お菓子、もらって…食べたら、頭とお腹、痛くて……息、出来なくて…苦しくて…」

監督生は顔を上げカリムの方を見た

泣き腫らした真っ赤な目で、息も絶え絶えな様子で苦しそうに顔を歪めてカリムに縋り付く

「あいつら…僕のこと、笑ったんだ…認めるわけないって…気に入らないって…」

カリムは、毒による苦痛や受けた仕打ちへの悲しみや怒り…様々な感情で子供のように泣きじゃくる監督生を宥めてやりたかった

しかし、まずは毒を何とかするのが先だ

「悪い、監督生。話しは後で聞くからな」

カリムはニッコリと笑ってやる。監督生が少しでも落ち着けるように

監督生の瞳からは涙が溢れ続けている

カリムは自身が毒を盛られた時の事を思い出す。

見ず知らずの奴に毒を盛られるのはまだいい。身体の苦痛だけで済む。

しかし、親しげに接してくれた人物からのそれは心も蝕まれるように感じるだろう。

昨日優しくしてくれた親戚から、少し前に仲良くなった友から…様々な人物からの様々な手法で向けらる暗殺の刃に今ではすっかりと慣れてしまったが、初めは随分と苦しんだし悩まされた

こいつさえいなければと他人に願われる事がどれほど辛いものか

監督生はただでさえ見ず知らずの異世界に身体ひとつで来る事になり、いつ帰れるかもわからず強い孤独を感じていただろう。

自分にはジャミルがいたが、監督生にはその様な絶対的に信頼をおける人物は恐らくまだいない。

優しく声をかけられた時、どれ程嬉しかっただろう。心強かっただろう。それが一瞬で裏切られたのだから、傷付いて当然だ

「まずは辛いだろうが、毒を吐き出そうな。すぐに楽にしてやるから、俺に任せてくれ」

カリムは泣いて縋り付く監督生の手を優しく解き、四つん這いにさせ下を向かせる

「少し我慢してくれよ」

カリムはそう断ってから、監督生の口内に手を入れた

「えぐっ…うぅ…ぅっ…」

監督生は抵抗こそしなかったが、目を見開いて何か乞うように縋るようにカリムを見上げる

カリムは笑顔を作って監督生に優しく声をかける

「力を抜け…大丈夫、ゆっくりで良いからな…」

「うっ…おえぇ…」

「そう、いい子だ。そのまま全部出せ」

監督生はカリムに促され、嘔吐する

カリムは胃の中身を出し切ったのを確認してから、口内から手を引き抜いた

普段から常備している薬を広げ、いくつか混ぜて監督生の口元へ持っていく

「飲めるか?」

「……。」

頷いた監督生の体を抱えてやり、ゆっくりと瓶を傾ける

「よしよし、これで楽になるからな」

瓶の中身を飲み干した監督生の頭を撫で、安心感を与えるように軽く抱きしめてやる

「よく頑張った。えらいぞ、監督生」

完璧に解毒出来た訳では無いが、もとよりイタズラ目的の致死性の低い毒が使われていた為、命の危機はないだろう

今飲ませた薬で、あと数分もすれば痛みも呼吸苦も収まるはずだ

監督生はぐったりと寄り掛かってカリムを見上げる

「僕、なにか悪いことをしたんでしょうか…」

監督生は未だにポロポロ涙を流している

「…なんでそう思うんだ?」

「だって、毒なんて…」

監督生は自身を抱えるカリムの手を握る。痛い程握られたそれを、カリムは振りほどくことなく好きにさせてやる

「…僕、好きでここに来た訳じゃないのに…でも、なんとか馴染もうと思って、頑張ってるのに…なんで僕ばっかりこんな目に…」

精神的に不安定になっているのだろう…普段なら決して吐露しないであろう心情を、カリムはただ受け止めてやり笑う

「お前が頑張ってることはよく知ってるぜ!俺が保証してやる。全財産賭けてやってもいい。大丈夫だ。」

様々な感情で揺れる瞳を手の平でそっと覆い隠し、カリムは優しく穏やかに

「俺を信じろ。少し寝て、起きたら全て良くなってるさ!だから安心していいぜ。」

と声をかける

「おやすみ」

子守唄を歌う母親の様な声色で初歩的な眠りの魔法を唱える。

魔法耐性のない監督生はすぐに深い眠りへと落ちていき、穏やかな寝息を立てはじめる

「ジャミル」

カリムは監督生の汗ばんだ額を撫でながら従者を呼ぶ

眉間に皺を寄せて怯える小動物のように丸くなって寝ている監督生は、普段よりもずっとずっと幼く見える

可哀想に。怖かっただろう。苦しかっただろう。辛かっただろう。でももう大丈夫だ

「俺の手が届く範囲なら、守ってやるし助けてやるからな。」

ジャミルはカリムのすぐ後ろに立って、2人を見下ろしていた

「少し頼みたい事があるんだが…」

カリムが振り向かずに口を開けば、ジャミルはすぐに

「わかっている。毒を盛った奴らを探し出せばいいんだろ」

と答える。カリムはニッコリと笑ってジャミルを見上げる

「あぁ、頼んだぜ」



☆☆☆
蜜に集る虫は、追い払わねば

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