新興宗教

真夜中に部屋を抜け出したハルトは、誰もいないディアソムニア寮の談話室に跪き窓の外を見ていた

ハルトの国は宗教が生活の一部であった

目覚めたことを神に感謝し、食事の際は神に祈りを捧げ、何事も神が与えてくれたことと喜び、不幸があれば神に許しを乞う

ハルトにとってはそれが当たり前。両親はよく言った

神のおかげでお前は生きている。ご覧、神を信仰しないものは不幸になるよ

生まれてからそう教えられたハルトにとって、それが当たり前だった

この学園に来るまで、なんの疑問もなかった

しかし国を出てみれば、誰も何にも祈らず自分の力で生きている

「あぁ神様、俺は今まで何を信じていたのでしょう」

ハルトは両手を組んで祈り、問いかける

返事は今までだってそうだったように、何も聞こえない

ハルトは目を閉じ、大きく息を吸い込む

両親は怒るだろうか。お前は信仰が足りないから導いて頂けないのだと

「お主はいつもそうして祈っておるの」

近くで声が聞こえ、目を開ける

「うわっ!リリア副寮長!」

すぐ横に顔があり、少し驚いて身を起こす

長い時間動かないハルトを不思議そうに覗き込んでいたリリアは軽く肩を揺らす

「驚かしたか。すまんな」

「いえ。」

ハルトは組んでいた手を解いて、首を横に振る

リリアはその手を見る。小さくて細くて頼りない手だ

いつも胸の前で組まれている手は、まるで弱き者が急所を隠しているようだ

何かに脅えて、何かに縋って、手を伸ばして自分から求めることを怖がって縮こまっているような滑稽な姿に映る

リリアは手から視線を外し、立ち上がったハルトに

「お主はいつも何を祈っておるんじゃ?」

願い事でもあるのか?と心底不思議そうに尋ねた

ハルトはまた胸の前に手を組んで貼り付けたように笑う

「いえ、俺の国では全て神様が与えて下さるものなので、全ての事柄に感謝を捧げるんです」

「ふむ。して、神様はそれでお主に何をしてくれるのじゃ?」

「見守り、導いてくださいます」

定型文を読み上げるような、抑揚の無い声だった

「そういう精神的なことでなく」

具体的になにをしてくれるのじゃ?

リリアは笑う。獲物を追い詰める蛇のように、ザクロを差し出す王のように

ハルトの顔から笑顔が剥がれ落ちる

しばらく考えて、目を閉じて、ゆっくり開いて

「…正直、わからないんです」

と答えた

「ハルト、ワシはお主を一目見た時から気になっておった」

お主はどうやら、その神に縛られておるな

リリアはハルトの顎に指をかけ、牙を覗かせ笑う

「どうせなら、ワシを信仰するつもりはないか?」

ハルトは1歩引いた。何か、得体の知れないものに丸呑みにされるような感覚がしたのだ

「リリア副寮長を、信仰?」

「長年生きておるが、神なんぞ実際に見たことは無い。お主が望むなら、お主を守って導いてやろう」

「…リリア副寮長に、何か得があるのですか?」

「…人の寿命は短い。一時の戯れよ」

リリアは口元を歪めて笑う

存在しない者に祈り縋ることしか教えられてこなかったハルトが哀れで、少し構ってやりたくなっただけだ

彼は入学してから、不安そうな目をしていた。周りを見て、手を組んで、何をしているのかと自分の行動を疑問に思いつつも止められず…

「必要なら、お主の国に帰らなくて良いようにマレウスに話しを通してやろう。茨の谷で共に暮らそうぞ」

どうじゃ?

リリアは首を傾げて、可愛らしく尋ねる。

ハルトは差し出された手を見下ろし、穏やかに微笑む

「きっと誘いに乗れば、道を違えたと神はお怒りになるんでしょうね」

「怒ったところで、お主になんの手出しもしてこんのじゃろ?」

「そうなんです」

ハルトは吹っ切れたようにケラケラと笑った

「我が主、リリア様。どうか俺をお導き下さい」

跪いて、リリアの手を取る

「ふむ、よかろう」

まずはワシお手製の茶菓子でも食べようぞ。とリリアは笑ってハルトの手に口付ける

「喜んで」

真似をするように、ハルトもリリアの手の甲へ口付けた



☆☆☆
ハルトは、リリアお手製のクッキー(と呼ばれた黒いもの)を食べて気を失っていたようだ。

いつの間にか自室のベッドで朝を迎えていたし、死ぬほど腹が痛い

目覚めて一言。

「……バチが当たったのでは…?」

と呟く。横でハルトの様子を見ていたらしいリリアが

「存在しないものから、バチを貰うわけないじゃろ!」

とケラケラ笑った

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