煙に巻く、飴を撒く
人っ子一人居ない夜の校舎を歩きながら、ハルトはポケットからタバコを取り出す
慣れた手つきで箱を下から弾き、飛び出てきたタバコを咥える
学園生活の中では味わえない、至福の時に頬を緩ませる
マジカルペンを取り出してほんの少し火花を散らせ、火をつけ大きく息を吸う
「はぁー…」
肺いっぱいに吸い込んだ煙を大きく吐き出す
ハルトは、昼間は優等生として振舞っている。優雅で気品ある振る舞いから、どこかの貴族か王族だなんて噂されることもあった
だが実際彼はなんてことの無い庶民で、なんなら貧乏な暮らしをしていた
昔からの唯一の娯楽がタバコだった
鼻歌でも歌いそうな様子で真っ暗な廊下を歩くハルトだったが、急にピタリと足を止める
廊下の先に、小柄な人影が見える
「感心しないな、君らしくない」
その人物は腕を組み仁王立ちし、怒っているようだ
「げ。リドル寮長」
まずい人に見つかっちゃったなー。とハルトは頭を掻く
「何故こんな所に?」
「キミのルームメイトから聞いたんだ。まさか優等生の君がとは思ったが」
本当だったとはね。とカツカツとヒールを鳴らしてハルトの前まで来たリドルは、呆れたように大きく息を吐く
ハルトは苦笑いする。リドルは優等生を演じている姿に好印象を持っていたんだろう
周りが勝手に押し付けた評価だが、彼に嫌われるのは少し、ほんの少しイヤだなぁとハルトは思った
「あー、幻滅しました?」
「…そうかもしれないね。」
リドルは規則を破っておきながら悪びれる様子のないハルトにマジカルペンを構える
「言いたいことはそれだけかい?」
「あー、まぁ、そうですね」
ハルトは名残惜しそうにもう一度だけ煙を吸い込み、指で挟んだタバコをポンと投げる
タバコは火花に包まれて空中で弾けた
吐き出した煙がユニコーンの形になり、火花の中を走る
「普段はやらないけど、火の魔法が得意なんです」
リドルは少し呆気に取られる。何か言い訳をするでも逃げるでもなく、煙を吐き終わったハルトはただ罰を待つように立っている
「ハルト」
「はい、寮長」
「その、タバコは美味しいのかい?」
リドルはペンをおろし、そう尋ねた。普段の優等生とは違う一面を見せるハルトに少し興味が湧いたのだ
「…あー、美味しくはないです。ただ、」
苦い煙を吸って、臭い息を吐いて、そしたら嫌なことを忘れられるんですよ
ハルトはへらっと笑う。いつもの人好きのする穏やかな笑みとは違う笑い方だ
「僕では力になれないのかい?」
リドルは咄嗟にそう口にしていた
ハルトは
「は?」
と口を開ける
「変な意味ではないよ。寮長として、規律を守らせる為に聞いているんだ。タバコを吸いたくなるような事がなくなれば、必要ないんだろう?」
ハルトは開けていた口を1度閉じたが、すぐに噴き出してケラケラと笑い始める
リドルは顎を上げて
「何がおかしいんだい…?あまり笑うと首を刎ねてしまうよ?」
と低い声で警告する
「いや、まぁ、なんでもありません。寮長」
ハルトは笑いながら、自分より背の低いリドルの前に屈み上目遣いで見上げる
「悪い子の俺は嫌いですか?」
普段は優等生なハルトは人をからかったりなどしない。が、今の彼はいつもより穏やかで、いつもより楽しそうに見える
リドルはハルトの考えが読めず、少し首を傾げて考え
「君自身をどうこう言うつもりは無いが、タバコは没収させてもらうよ」
と手を差し出す。ハルトは肩を竦めた
「ちぇっ…禁煙かぁ…じゃあ、飴でも買ってこないと」
大人しくタバコの箱をリドルの手に乗せる
リドルは少し笑った
「僕が用意してあげるよ」
「寮長が?」
「こんなもの、いらないようにしてあげるよ。」
ポイと投げられたタバコが、バラの花弁に変わり落ちてくる
「それは、楽しみにしてます」
ハルトはその花弁を1枚器用に掴んで笑った。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。こんな時間まで起きているなんて、法律違反になるよ」
「はい寮長。」
「あと、らしくない。なんて言って悪かったね」
「………。」
リドルがヒールを鳴らして歩きだす。ハルトも大人しくその背中に従って歩き始めた
次の日の放課後
「ほら、約束の飴だよ」
食べてご覧。と小さな袋に詰められた飴を手渡す
ハルトは早速1つ口に入れ
「なんか、不思議な味がします」
と素直な感想をもらす
「そうだろうね。」
隠し味が入っているからね。とリドルは笑った
「なんかこの飴、気に入りました」
ありがとうございます。とお礼を言って飴をポケットにしまうハルトを見つめて、リドルは口元に手を添えて微笑む
「これからはあんな物でなく、きちんとボクを頼るんだね」
「はい、寮長」
ハルトは肩を揺らして、夜に出会った時のようにケラケラ笑った
☆☆☆
飴に魔法をかけた
小さな幸せが訪れるまじないと
ちょっとした辛さを溶かすまじない
あとは、好意と愛を一欠片
優等生の君が、肩の力を抜いて笑えるように
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