マフィア

アズールには気になっている生徒がいた。相手には一方的に好意を持っているだけで、いわゆる片思い。

同じ寮だが、挨拶をする程度でまともに話したことすらない生徒だ

アズールはこの気持ちを伝えるつもりはなかったし、仲良くなろうともしなかった。この学内での自身の評価はよく分かっている

自分と共にいれば逆恨みもされるだろうし、ろくな目に遭わないだろう

どうせ所詮学園生活が終われば二度と会うことは無いし、懐かしい恋だったといつか笑えるだろう

そのいつかまで、この感情はしまっておこう。アズールはそう考えていた

自身の想い人…ハルトが複数の生徒に囲まれ暴力を受けていたのを見るでは、確かにそう考えていた

鏡舎に向かっていた際、人目につかないところでそれは行われていた

見つけた時には、ハルトはすでに立ち上がることも出来ず、頭を抱えて身体を丸め、呻き声を上げているだけだった

「何をしているんです?」

アズールは穏やかに声をかける。内心、すぐにでも全員痛めつけて殺してやりたいと思ったが、そんなことをしてはハルトは怯えてしまうだろう

ジェイドとフロイドはアズールの想い人がハルトだと知っていた

リンチされているのがハルトだと気が付くと、2人してニンマリと笑う

「おやおや、随分と楽しんでいらっしゃるようで」

「俺達も混ぜてよぉ」

ハルトは頭を抱えた腕の隙間からアズールを見上げる

「軽く遊んでやりなさい。」

アズールは怒りで震えそうな手を押さえつけて、にこやかにそう言い放った



「何かお困りでしたら、力になりますよ?」

アズールはソファーに腰掛けて双子に処置を受けるハルトにニッコリと笑いかける

「彼らにリンチされている時、あなたは防御魔法を張っていたのに関わらず反撃をしなかった。何か理由があるのでは?」

ハルトは処置をする双子から目線を外しアズールを見る。

「…気付いてたんですか。」

フロイドは絆創膏を取り出しながら肩を竦める仕草をする

「見りゃわかるじゃん普通。あんなに殴られてんのに擦り傷か軽い打撲ばっかで大して怪我してないし、おかしいじゃん」

ウミガメちゃん、わざと倒れてたでしょ。と腕にペタリと絆創膏を貼り付ける

「僕の記憶が確かなら、ハルトさんは防衛魔法全般の成績が良かったと思うのですが。あれくらいなら、全て無力化出来たのでは?」

ジェイドが足に消毒液のついたガーゼを充てながら続ける

ハルトは少し驚いた様でしばらく何も言わなかったが、その内はぁー…と大きなため息を吐いた

「……いじめの首謀者は、取引先の一人息子で…簡単に言うと、アイツの機嫌を損ねたらうちの一族が路頭に迷うことになります」

消毒液が染みたのか顔を歪めるハルトを見ながら、アズールは

「なるほど。親御さんはこのことをご存知で?」

と尋ねる。ハルトは首を横に振った

「知ってもどうも出来ません。我慢してくれ、耐えてくれ、仕方の無いことだと言われました」

「げぇ…ラッコちゃんとウミヘビ君のとこみたい」

はいおしまい。とフロイドが救急箱の蓋を閉める

「対価次第では、僕が助けになりますよ?」

「いえ、俺が我慢すれば丸く収まることですから」

アズールの「お誘い」を断り、ハルトはにっこりと笑った。アズールには、何処かそれが痛々しく見えた

「ジェイド」

「はい。ハルトさん、少しいいですか?」

名を呼ばれたジェイドは、ニンマリと歯を見せて笑う。普段から共に過ごすことが多い彼らに、いちいち細かい指示はいらない

「僕の目を見て…『そんなに怖がらないで、力になりたいんです。ショック・ザ・ハート』」

ジェイドはハルトの目を覗き込み、ユニーク魔法を使う。1度だけ、本心を喋らせる魔法だ

「アズールに、叶えて欲しい願いがあるのでしょう?」

ジェイドは優しく問いかける。

ハルトの口元は先程のように笑みを作ったままだったが、その瞳は先程とは違いドロドロと黒いものが深海のように渦巻く

「…アイツらも親もどうでもいいから、逃げだしたい。復讐したい。消えて欲しい。もしも叶うなら、」

俺の全てを差し出したっていい

「わぁ、ドロドロじゃん」

「フフフ…これは中々…」

答えを聞いて、双子は口を横に裂けさせて楽しそうに笑った。アズールも喉奥から低く笑う

「あれ、今、俺…」

頭を押さえて軽く振っているハルトに

「それくらい叶えられますよ。」

とアズールは優しく優しく、穏やかな声で言った

ハルトははっと顔を上げ、アズールを見る

「あなたが僕の恋人となって、死ぬまで添い遂げると言うのならば、叶えて差しあげます。」

ハルトはポカンと口を開けた。

「あは、ウミガメちゃん求愛してるみたい」

「フロイド、お話しの邪魔をしてはいけませんよ」

茶化す双子の声も聞こえない様子でハルトは小さな声で

「…アズールにとって、それが対価になるわけ?俺なんか欲しいの?」

と尋ねる

「秘密にしておくつもりでしたが、僕はあなたに惚れています。まぁ、あなたが自ら差し出してきたのですから、それを受け取らず遠慮する必要はないでしょう?」

いかがです?と黄金の契約書とペンが差し出される。

「アズール積極的じゃん!どうするぅ?ウミガメちゃん。アズール強いし、全部から守ってくれるよぉ?俺らも手伝うし」

「どうしますか?アズールの手を取りますか?それとも今のまま、惨めに他人に人生を潰されて生き続けますか?」

「…そうだな」

ハルトは少し迷ったが、ペンを手に取る

「いつかアイツらに殺されるくらいなら…アズール、アンタにあげちまってもいいかもな」

ハルトはへにゃりと笑った。笑って、契約書にペンを走らせる

「契約、成立ですね」

アズールもニッコリと笑う。ニヤニヤと笑う双子を携えて

「おめでとーウミガメちゃん」

「よかったですね、ハルトさん」

「さて早速、」

復讐をはじめましょうか。とアズールはハルトに手を差し出す

ハルトは差し出された手を、ぎゅっと握り返した



☆☆☆
馬鹿だね馬鹿だねウミガメちゃん
他人に未来をあげちゃうなんて
結局何にも変わってないじゃん

助かったとお思いですか?
アズールはあなたを大切にして
アズールはあなたを守り抜く

だけども決して逃がさない

馬鹿だね馬鹿だねウミガメちゃん
馬鹿です馬鹿ですハルトさん

お前は結局、皿の上
あなたは結局、腹の中


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