神様にならないで
カリムは人の心理を読むのに長けている
熱砂の国1番の商人の家の長男であり、今までたくさんの人と出会ってきたし、商談に連れていかれたことも多い
その中で、無意識に養われた能力だ
1番わかりやすいのは目だ。どこを見るか、目線を外すタイミング、視線の動き、瞬きの回数、凝視する時間…様々な要素がある
次は手を見る。組んでるか、開いてるか、力加減はどうか、動かすタイミングはどうか、無自覚に触れるところはどこか、指は動いているか等…
一つ一つ説明しろと言われても言葉には出来ないが、カリムはなんとなく感覚的に理解していた
カリムは最近、同じ寮のハルトが気になっていた
「あいつ、またアレをしてる」
カリムが呟き、ジャミルがちらりと視線をやる
ハルトはにこにこと寮生達と談笑を楽しんでいるようだった
ハルトは穏やかな生徒だ。いつもほほ笑みを浮かべ、人当たりがよく優しそうな印象をうける
特別優秀ではないが悪目立ちもせず、協調性があるタイプだろう
しかし、カリムはハルトがどうしても気になっている。
ハルトは人と話す時、必ず胸の前で祈るように手を組むのだ
「アイツが気になるのか?」
ジャミルはカリムにそう尋ねる
「んー、なんかなぁ。上手く言えないけど、なんか変な感じなんだよな」
カリムは自身の後頭部をガリガリと掻いた
「なぁ、ハルト」
「寮長、なんですか?」
カリムが声をかけると、ハルトはいつものように穏やかに笑って、祈るように手を組む
カリムはそれをじっと見て、ハルトの手を掴む
驚き肩を揺らすハルトを気にせず、手を解く様に開かせて、優しく握り込む
「何が不安があるなら、力になるぜ。怖いなら守ってやる。だから、話してくれ」
カリムはじっとハルトの目を見る
ハルトは目を泳がせて、何度かもぞもぞと指を動かして、諦めたようにふっと力を抜いた
「…カリム寮長は、神様って信じます?」
「神様?」
ぽつぽつとハルトが話したのは、親の話だった
「いつでも優しく、怒らず、泣かず、憎まず…「神様」のようになれと、母は昔から俺にそういいました。」
それが守れないと、母は狂ったようにヒステリーをおこして殴るんです
「今、この学園に入って母の目はありませんが、どうしても母のヒステリーを思い出して、人と話すのが怖いんです。望まれるように話せているのか、「神様」のように振る舞えているのかと」
ハルトは握られたままの手をもぞもぞと動かしたり、横を向いたり、中々カリムを見ようとはしなかった
「俺たちは人間だ。神様になんかなれっこないと思うぜ」
カリムはハルトの手を引き寄せて笑う
「神様になんかならなくても、ハルトはいつも頑張ってる良い奴だって、俺にはわかる!」
ハルトはようやくカリムを見た。
少し眩しそうに目を細めて
「カリム寮長は母の言う「神様」みたいです。でも同時に「神様」にならないで欲しいと思います。」
そういつもとは違う、不器用な笑顔を浮かべる
「「神様」にだって、怒りも悲しみも苦しみもあるから、隠さなくていいんです。きっと。」
カリムはハルトの揺れる瞳を見ていた。
「お前は、きっと優しすぎるんだな。」
カリムも目を細めて笑う
ハルトと指を絡めて、手を合わせる
「お前は人の子だよハルト。俺もお前と一緒の人の子だ。」
額を合わせ、至近距離で微笑んで、カリムは笑う
「泣いてもいいし、怒ってもいい。笑えない日があってもいい。」
だって俺達は、神様じゃないんだから
カリムがそう言うと、ハルトは崩れ落ちるようにして泣き始めた
カリムはそれを優しく抱きしめて、背中を叩く
「よしよし、我慢しなくていいからな。お前は「ハルト」でいいんだからな。」
☆☆☆
いつからだったか、悲しみに鈍くなったのは。
いつからだったか、怒りが忘れられたのは。
いつからだったか、笑っていることがあたりまえになったのは。
いつからだったか、俺達が神様になり始めたのは
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