自己嫌悪
ハルトは完璧な人間だ。本人もそうあろうとしていたし、周りもそう評価している
いつでも笑顔で、優しく、人の悪口は決して言わない
なにごとも率先して手伝い、嫌な顔ひとつせず頼まれ事をして、どんなつまらない話もニコニコ楽しそうに相槌を打つ
人の中心にいて、穏やかで、真面目だが真面目過ぎず、軽いジョークも言えて、どこからみても完璧な人間
「気持ち悪いのよ、アンタ」
ヴィルはニコニコと笑っているハルトを見下ろし、そう言い放った
ハルトは少し眉を寄せ、困ったように笑う
「すみません。何か、気に触ることをしてしまったようで…」
「そうね。自覚がないのなら尚更タチが悪いわ」
ヴィルは腰に手を当て、軽く首を振る
「あんたって、中身が空っぽのプレゼント箱みたいね。外ばっか豪華に飾り付けて、ゴージャスなリボンと綺麗な包装紙貼り付けて…そんなことしたって、中身がカラなことに変わりないわ」
「……そうですね。しかし、箱を開けようとは誰もしません。箱の中身に自分の理想と空想を詰めて、勝手に期待する。それでよいのでは?」
ハルトはニコニコ笑ったまま答える
ヴィルは顔を顰めた
「その顔をやめなさいって言ってるの。本当に気持ち悪い。」
アタシ、あんたのこと嫌いよ。とヴィルが告げる
ハルトの表情が消える
「嫌いならわざわざ近付いてくんなよ…」
無表情で、口だけを動かし吐き捨てるように低く呟く。周りにいた生徒が多少ざわめいた。ハルトが毒づくところなど、1度も見た事がない
「あら、その顔の方がさっきの顔より随分とマシだわ」
ヴィルは馬鹿にしたように笑った
ハルトは立ち上がり、自身を見下ろす男と対峙するように向き合う。
「そりゃどうも」
ハルトはニッコリと笑って、ヴィルの横っ面を力一杯殴りつけた
ヴィルの口の端から血が流れる。ハルトはまた無表情に戻り、ヴィルの胸ぐらを掴み睨みあげる
ヴィルも美しくニッコリと笑ってハルトの手を力任せに引き剥がし、横腹に強烈な蹴りをお見舞した
食堂にいた生徒たちが目にしたのは、髪を乱しマジカルペンを構え魔法を放つヴィルと
それに対峙しボロボロにされながら叫ぶハルトの姿だった
「誰が気持ち悪いだと?!誰を嫌いだと?!もう1回言ってみやがれ!!人の苦労も知らねぇで俺を否定しやがって!!テメェのその綺麗なツラボコボコに凹まして仕事出来なくしてやらぁ!!」
「何度だって言ってやるわ!その胡散臭い顔を見てると虫唾が走るのよ!全てスクリーン越しに起きてる他人事だって顔して!悲劇のヒロインにでもなったつもり??」
ハルトはヴィルの魔法にぶっ飛ばされて机を薙ぎ倒す。皿が割れ、他の生徒が慌てて避難していく
ハルトは痛みに顔を歪めるがすぐによろよろ立ち上がり、唾を飛ばしながら獣のように喚き続ける
「生憎そちら様とは違って生まれも育ちもクソなもんでなぁ?!俺自身をひとつたりとも残しておきたくねぇんだよ!てめぇのせいで台無しだがなぁ!!!」
ハルトの体の周りがキラキラと光る。ハルトは舌を出し、牙を見せつけるのように口を開く
「『目には目を…お前も地獄に落ちろ…カウンター・ファング』」
ヴィルの身体が後方に大きく吹き飛んだ。ハルトは大口を開けて笑う
「責任取っててめぇもボロボロになりやがれ!道連れだ!!」
ヴィルも痛みに顔を顰めつつ、すぐにスッと立ち上がり背筋を伸ばす
「なかなかやるじゃない」
ヴィルもハルトも牙をむき出す獣のように笑う。互いしか見えてないように、瞳孔をかっぴらいて見つめ合って、マジカルペンを構えた
「で、お前はやっすい挑発にのって本性晒して、ヴィル相手に喧嘩ふっかけて返り討ちにあったと」
レオナは寮長としてヴィルに呼び出され、ハルトを回収しに来た。ハルトは立つことも出来ず、床の上で恨めしそうに呻いていた
レオナの肩に荷物のように抱えられたハルトは
「俺の今までの努力が全部水の泡です。無になりました」
と力なく呟いた
「あぁ?あの完璧ぶったお前よりボロ雑巾みたいな今の方がマシじゃねーか。タコ並みに胡散臭かったぞお前」
「胡散臭くても嘘くさくても、嫌われなきゃなんでもいいじゃないですか。」
「万人に好かれるなんざどうせ不可能だろ。馬鹿なこと言ってねぇで、負けたんだからさっさと諦めろ。」
レオナは面倒くさそうに言ってから、そういやと呟く
「負けたとはいえ、よくアイツに何発か当てられたな。」
「…俺のユニーク魔法です。食らったダメージをそのまま返すんですけど、結構防がれたみたいですね。最後までヴィル先輩立ってたし。」
ハルトは悔しそうに顔を歪める。
「明日からどんな顔して生きろって言うんですか」
「普通にしてりゃいいじゃねーか。」
レオナはまた面倒くさそうに答えて、抱えたハルトの背中をポンポンと叩いた
「ありえないわ!このアタシの顔を傷つけるなんて!!」
ヴィルは腫れた頬を冷やしながら鏡を確認する
「ヴィル、君があんなことをするなんて珍しいね。どうしたと言うんだい?」
「…顔が気に入らなかっただけよ」
ルークが笑顔で問えば、ヴィルは鏡から視線を外すことなく不満そうに呟く
「そう言えばあの子は」
少し君に似ているね。とルークはニコニコ笑った。鏡越しにヴィルと目が合う
「ふん」
と鼻を鳴らすだけで、ヴィルは何も言わなかった。
☆☆☆
どこの誰が撮っていたのか、食堂でヴィルの顔面を殴った映像がマジカメでバズったし
大暴れしたことで離れた奴らも多いが、より仲良くなった奴も多少いた。
「意味わかんねぇ。」
ハルトは唇を尖らせ、ぶすくれた顔で呟く
「そっスか?俺は完璧君のハルトより、今のアンタの方が親しみやすくていいっスよ」
ラギーはニヤニヤ笑ってハルトの背中を叩く
「いってぇ!!ヴィル先輩にボコボコにされた傷が痛いんだから、優しくしてくださいよ!」
「へいへい。」
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