カタチをのこして

モストロラウンジのキッチンで、2人は並んで下拵えをしている

「小エビちゃんはさ、いつか帰っちゃうの?」

フロイドは不意にそう隣の生徒に尋ねた

「どうなんでしょう。もしかしたら、来た時のように明日にはもうこの世界に居ないのかもしれませんし」

もしかしたら、二度と帰れないのかもしれません。

フロイドは隣を見下ろす。監督生は野菜の皮を剥く手を止めていた。

視線は手元に注がれたまま

フロイドはふーん。と興味無さそうに言って、魚を捌いていく

監督生がまた手を動かし始める

「小エビちゃんはさ、元の世界に帰りたいの?」

「………。」

また手が止まる。

「正直、わかりません。元の世界に残してきた家族には会いたいけど、ここの世界と別れたくもありません。」

「ふーん。」

またフロイドは興味無さそうにそう言った。

監督生は野菜をじっと見つめ、隣の男を見ようとはしなかった

どんな顔をしているのか、見られたくなかったし、見たくもなかった

「小エビちゃんさ、帰ったら俺の事、忘れちゃう?」

「…忘れたく、ないです。」

「そっか。」

フロイドは捌いていた魚を鍋に放り込んで、生臭くなった手を洗う

監督生はまた野菜の皮むきをはじめる

フロイドは、隣の生徒が頑なに顔をあげないのがなんとなくムカついた

いつでも帰れるように、ものを増やさない。他人と線引きして深く関わりたがらない。

それでも孤独に耐えられるほど強くなくて、本当は縋りたいのか誰かの隣にいる。

憐れで小さな、一口で食べれてしまいそうな小エビちゃん。

「小エビちゃん、こっち向いて」

フロイドはそう優しく声をかける

「いま、忙しいので」

監督生は顔を上げなかった。

フロイドはスッと無表情になり、監督生の肩を掴んで無理やり自分の方を向かせる

驚いた顔をした監督生を腰を折って至近距離で見つめ、ニコリと笑う

「小エビちゃん、忘れられないようにしてあげよっか?」

「…どうやって?」

「こうやって。」

フロイドは自分の右耳につけていたピアスを外す。

「動いちゃダメだよ、小エビちゃん」

フロイドは屈んで、監督生の右耳にピアスをあてる

「待って、まさか!」

「えい!」

「いたっ!!」

監督生の耳にピアスをぶっ刺して留め具を嵌め、フロイドは目を細めて嬉しそうに笑う

「あーあ、傷物にしちゃった。これ、とったらダメだからね。」

ジンジン痛む右耳を抑えて、監督生はフロイドを見上げる

「小エビちゃん、絶対にこれだけは外さないで。何があっても、このピアスだけは、外さないで」

フロイドはいつの間にか笑っていなかった。何を考えているのかわからない表情で、少し切なそうにそう言った

監督生は頷く。この大男が泣いてしまいそうな気がしたから

「約束します。外しません。」

「ん、」

フロイドは監督生の頭をくしゃりと撫でて下拵えに戻る。

「血が出てる…」

監督生は耳に触れて、少し笑った

フロイドに穴を空けられた右耳がジンジンと痛んだ



☆☆☆
帰らないでとは言わないから、

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